Vol.1002 映画監督 清水ハン栄治(アニメーション映画『トゥルーノース』について)

映画監督 清水ハン栄治(アニメーション映画『トゥルーノース』)

OKWAVE Stars Vol.1002は映画『トゥルーノース』(2021年6月4日公開)清水ハン栄治監督へのインタビューをお送りします。

Q 北朝鮮の政治犯強制収容所での人権蹂躙の真実を描いたこの映画を作ろうと思ったきっかけをお聞かせください。

Aアニメーション映画『トゥルーノース』清水ハン栄治ヒューマン・ライツ・ウォッチという人権団体の代表の方から北朝鮮の政治犯強制収容所について書かれた本を送られて読んだのがきっかけです。その本には実際に収容所から逃げてきた人の話が書かれていて、そのあまりに悲惨な状況に、それこそ眠れない日々が続いたんです。その頃はドキュメンタリー映画『happy -しあわせを探すあなたへ』を手掛けた後で、次の映画を何にしようかと考えている時期でした。この問題の大きさは全力を持って世界に広めなければならないと思いました。アニメーションという手法にはパワーを感じていましたので、僕はこれまでにアニメを作ったことはないけれど、この映画はアニメでやろうと決めました。そんなフライング気味な思いでこの映画の製作に飛び込んでいきました。

Q 10年かけて製作をされたとのことですが、その道筋についてお聞かせください。

A清水ハン栄治まず収容所の状況を正しく把握しようと、世に出ている書籍や、そもそも希少ですが映像もできる限り調べました。いろいろな証言を聞いていくと、まさにいま起きていることなんだと確信が深まりました。そのようにいろいろな人に取材をしていくのと同時に、作品としてどう表現するのかも考えていきました。悲惨な状況をただ伝えようとしても伝わらないので、アニメ作品にするという手法もそうですし、ストーリーも主人公の成長を通して観た人が等身大に感じて、それ故に心が動かされるものにしなければならないと思いました。そんな風に情報を収集しながら、同時に、どうすれば人の心を動かせるだろうかと考えながらの製作でした。そして、10年のうちの半分くらいは資金集めへのトライと失敗の繰り返しでした。

Q 資金集めにおいては、こういった題材では反応はいかがだったのでしょう。

Aアニメーション映画『トゥルーノース』清水ハン栄治この映画は特殊ですし、“危なっかしい題材”ということで敬遠されるケースもありますが、周りのドキュメンタリー作家に聞くと、やはり有名監督でない限りなかなかスポンサーが付かないそうです。もちろん出資側の気持ちも分かります。“鶏と卵”ではありませんが、結果が出なければおいそれとお金は出せません。けれども結果を出すためには資金が必要です。どこかでどちらかがフライングする状況がない限り、作品は生まれないのかなと思います。僕の前作は出資者側がフライングしてくれたから映画を完成でき、それで評価を得ることもできました。両者がうまくシンクロしてできるタイミングはなかなか難しいのだと思います。

Q では本作の話に戻って、どんなところに力点を置こうと考えましたか。

A清水ハン栄治いまの状況を変えたいという考えがあるので、悲惨な話だけを淡々と語っていくのは正攻法ではあるけれど結果的にうまくといくとは思いませんでした。悲惨な状況を描くからこそ、ヒューマニティの部分、観客の皆さんが同じ様に痛みや喜びを感じて、自分を投影できるエピソードやビジュアルを作らなければ、観客を置き去りにしてしまうだろうと。そこに力点をおいて、どこか他の星で起きている悲劇のおとぎ話にならないようにしました。

Q 北朝鮮側からすると彼らのルールに違反した人を収監しているという理屈になるかと思います。この「政治犯強制収容所の現実を伝える」ことに、どこまで踏み込もうと考えましたか。

A清水ハン栄治映画の冒頭で「TED Conference」(テッド・カンファレンス)に登壇した男性が「これは政治の話ではありません。私の家族の話です」とこの物語を語り始めます。僕も政治には踏み込まないようにしました。北朝鮮の体制やトップを変えればこの問題が解決するかは分かりません。けれども絶対に分かっていることは、無実の子どもたちが餓死寸前で働かされているということで、それは誰がどう見ても許されることではありません。その部分だけを主張していますので、そこには誰も反論できないと思います。

Q 収容所で強制労働させる、という行為が長年続いていることが物語の時間軸でも描かれていますが、生産性の観点でそもそもそのやり方は合っていると思いますか。

A清水ハン栄治人権という大事な価値を無視するのなら、北朝鮮のやり方はある意味システムとしては完成形だと思うんです。振り返ると、民主主義の国はいつの時代も北朝鮮のことを「いつか崩壊する」と言ってきました。世界中の国で選挙や経済活動によって政権が変わったり、国力に変化がある中で、北朝鮮の指導者層は権力を持ち続けているという状況は変わっていません。国連の安全保障理事会で制裁決議が採択される度に制裁措置は強まっています。6カ国協議といった枠組みも作られました。それでも北朝鮮は変化していません。思っている以上に北朝鮮は狡猾に且つ堅牢にシステムを保持しているのです。そして、国内の不満分子をどう抑えるのかについても相当勉強しているのだと思います。その結果、旧ソ連のグーラグと呼ばれる収容所のシステムと日本の戦時中の隣組のような密告システムと連座制を体制維持のために取り入れたのでしょう。本人だけでなくその親と子の三世代が罰せられる、その場所が地獄のような強制収容所であると。それがあると、どんなに血気盛んな方でも立ち上がれません。そんな彼らの“完成度の高い圧政のデザイン”こそが北朝鮮の政治体制の要ですので、そこについて描きたいと思いました。

Q 中盤で主人公たちが歌を歌う場面があり、後半の展開にもつながっていきます。

A清水ハン栄治炭鉱で歌われる歌はこの映画オリジナルです。アニメ映画ではサントラ(Sound Truck)が重要な要素ですし、『アナと雪の女王』のようにサントラやテーマ曲が映画の成功をもたらす要素でもあるので力を入れました。音楽監督に『ムーラン』のマシュー・ワイルダーを起用したこともそうです。その中で北朝鮮っぽさを出せる何か分かりやすいフレーズはないかと考えて「マンセー(万歳)」という歌になりましたが、これも特に力を入れて作りました。

Q この映画を作って気づいたことはいかがでしょう。

Aアニメーション映画『トゥルーノース』清水ハン栄治まだ劇場公開前ですが、こういった固い話題をソフトパワーで伝えていく方法は有効だと感じています。人権活動をされている方々は行き詰まってしまっているんです。声を枯らしてプラカードを抱えて一生懸命活動していても、活動が広がらず、結局は同じ人にしか届いていないという問題があります。この映画は、強制収容所という問題にアニメーションという変化球で迫ったことで、クールジャパン・コンテンツが人の命も救えるかもしれないというワクワク感にもつながっています。シリアスな問題をソフトコンテンツの力で多くの人に伝えたい、ということを狙っていましたので、前評判通りに、いい結果になることを期待しています。

Q 清水ハン栄治監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!

A清水ハン栄治この映画のタイトルの『トゥルーノース』には「真実の北」という北朝鮮で起きている現実の意もありますが、英語の慣用句の「絶対的な羅針盤」という意味もあるんです。皆さんが限りある人生をどう生きるのか、お仕着せの人生ではなく、時々振り返って自問自答してほしいなと思います。そのためのヒントがこの映画にはありますので、自分はなぜ生きているのかを考え直す機会になればと思います。

Q清水ハン栄治監督からOKWAVEユーザーに質問!

清水ハン栄治監督この映画をもっといろいろな人たちに広げていきたいと思っています。例えばTikTokにハマっているような若者たちに伝わるには何が必要だと思いますか。
それと、次の映画の準備をしていますが、出資者をどうやって見つけたらいいでしょうか。いい売り込み方などを教えてください。

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■Information

『トゥルーノース』

アニメーション映画『トゥルーノース』2021年6月4日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開

絶望の淵で、人は「生きる意味」を見つけられるのか?1960年代の帰還事業で日本から北朝鮮に移民した家族の物語。平壌で幸せに暮らすパク一家は、父の失踪後、家族全員が突如悪名高き政治犯強制収容所に送還されてしまう。過酷な生存競争の中、主人公ヨハンは次第に純粋で優しい心を失い他者を欺く一方、母と妹は人間性を失わず倫理的に生きようとする。そんなある日、愛する家族を失うことがキッカケとなり、ヨハンは絶望の淵で「人は何故生きるのか」その意味を探究し始める。やがてヨハンの戦いは他の収監者を巻き込み、収容所内で小さな革命の狼煙が上がる。

監督・脚本・プロデューサー: 清水ハン栄治(『happy – しあわせを探すあなたへ』プロデューサー)
音楽: マシュー・ワイルダー
配給: 東映ビデオ

公式サイト www.true-north.jp

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■Profile

清水ハン栄治

映画監督 清水ハン栄治(アニメーション映画『トゥルーノース』)1970年、横浜生まれの在日コリアン4世。
「難しいけれど重要なことを、楽しく分かりやすく伝える」をモットーに映像、出版、教育事業を世界中で展開。
2017年のTED Resident、University of Miami MBA、著書に「HAPPY QUEST」がある。東南アジアのアニメーターのネットワーク「すみません」主宰。2012年より62ヵ国で公開され、世界の映画祭で12の賞を獲得したドキュメンタリー映画『happy – しあわせを探すあなたへ』をプロデュース。人権をテーマにプロデュースした偉人伝記漫画シリーズは世界15ヶ国語に翻訳されている。帰還事業で北朝鮮に渡航後に消息を経った在日同胞の話を幼い頃から聞いて育ってきた。本作『トゥルーノース』は初監督作品となる。