Vol.1004 映画監督 山本起也(映画『のさりの島』について)

映画監督 山本起也(映画『のさりの島』)

OKWAVE Stars Vol.1004は映画『のさりの島』(公開中)山本起也監督のインタビューをお送りします。

Q 本作は京都芸術大学映画学科のプロのスタッフと学生による映画製作プロジェクト「北白川派」による映画とのことですが、「北白川派」についてご紹介いただけますでしょうか。

A映画『のさりの島』山本起也京都芸術大学に映画学科が立ち上がって10年以上経ちます。普段、授業で脚本や編集などについて僕らが学生に講義をしていますが、僕ら自身は映画づくりを現場で学んできました。最近でこそ、映画づくりを学べる場も増えましたが、教室の中で授業をやっているだけで学生たちに映画というものを伝えられているのだろうかと議論する機会がありました。それで、ここには監督もカメラマンも俳優もいるし、機材も施設もあるのだからやはり映画を作るしかないだろうと。しかもそれを劇場公開するという“恐ろしい目”を味わうことで、初めて映画づくりを学ぶことができるだろうという話になりました。京都市左京区の北白川に大学があるので、文学の世界に白樺派があるように、映画の世界には“北白川派”があってもいいのではないかとこの名前が付きました。前回の『嵐電』まで6本の映画を作ってきました。これが7本目になります。

Q プロのスタッフと学生による映画製作プロジェクトということでは、1本の映画を撮るのにどのくらいの期間をかけるものなのでしょう。

A山本起也『のさりの島』の場合は、学生を巻き込んで準備から撮影まで1年ですかね。2018年の春から準備を始めて、撮影が2019年の2月、3月です。ただ、ストーリーに関しては2014年頃から考えていたものです。そういう意味では結構長い時間をかけた作品ですね。

Q では本作についてお聞きしますが、天草のシャッター商店街を物語の舞台とした狙いをお聞かせください。

A山本起也天草は京都芸術大学副学長の小山薫堂さんの地元です。オレオレ詐欺が主人公の映画を特定の地域で撮るのは簡単なことではないので、薫堂さんの地元の熊本に行ったら話を聞いてくださるんじゃないかという下心もありました(笑)。熊本県庁でシャッター商店街を舞台にしたこの映画のあらすじを説明したら、やはり苦笑されてしまいましたが、天草にはそういった商店街があると教えてもらい、伺ったのが銀天街です。確かにシャッターは閉まっているのに殺伐とした感じでもなくて、映画の舞台としての雰囲気があって、ここで撮りたいという気持ちにさせられました。
薫堂さんが市民の方を集めて説明する機会をセッティングしてくれました。主人公がオレオレ詐欺をする人物だという話をするとたいてい皆さん嫌な顔をするもので、他の地域ではなかなか進まなかったんです。それが、オレオレ詐欺の男がおばあちゃんを騙して家に行ったら、そのおばあちゃんは男のことを本当の孫のようにご飯をごちそうしてくれて、男は数日その家で過ごすことになる、と話したら皆さんニコニコしながら聞いてくれて、「監督、その話は天草だったらあるかもしれんばい。そういうおばあちゃんはここにはいっぱいいるよ」と言われて、まさにこの映画はここで撮らなければならないなと思いました。そんな寛容さや精神性がある場所を舞台にすることで、この映画はフィクションですが作る僕自身が本当の話のように信じられるのでは、と思いました。それで天草を舞台に脚本を書き直して準備を進めました。完成した映画を天草出身の方が観た際には、「天草の雰囲気や人間性をそのまま伝えられる映画ができたのが嬉しい」と言ってくれました。観光地や食といったものではなく、雰囲気や精神性が映し出せたのかなと思います。もちろん、田舎ならではの生きづらさや息苦しさはあるので、天草をユートピアのように描くこともしませんでした。

Q 藤原季節さんのような若手ながら経験豊富な俳優と、京都芸術大学在学中の俳優もいる現場で、どのように演出をされたのでしょう。

A映画『のさりの島』山本起也藤原季節さんは京都芸術大学出身の俳優陣と仲が良いそうで、どうしてここから次々と俳優が出てくるのか興味があったそうです。季節さんが興味を持って飛び込んできてくれたので、出演者の学生たちともすぐ仲良くなり、今でも交流があるそうです。
出演者の学生たちには天草で準備スタッフを兼務するように言いました。天草の人たちとお喋りをしたりすることが、天草の人を演じる上で必要だと伝えました。方言の練習も地元の人に何度も指導してもらい、地元FM局のパーソナリティの清ら(きよら)役の杉原亜実の方言は地元の方から完璧だと言われました。やるなら中途半端ではいけないので、みんなベストを尽くしていました。

Q 原知佐子さん演じるおばあちゃん、艶子さん役についてはいかがだったでしょう。

A映画『のさりの島』山本起也原さんは現場を離れて久しかったので、初日の午前中はワンカットもOKが出なかったんです。セリフが出てこなかったり、オーバーアクション気味で30回以上はNGを出していました。そのまま昼休みになって、原さんは一人で考えたいと席を外されて。僕らは「これはまずいことになったぞ」と心配していたんです。ところが、昼休み後に戻ってこられた原さんに「もう一度やってみましょうか」と演じてもらったら、その時点で映画の中の艶子さんになっていたんです。僕が何かサジェストしたのではなく、昼休みの1時間の間に原さんご自身が修正されたんです。艶子さんのキャラクターにはさっぱりした感じを求めていて、初日午前中はそれが出てこなかったのが、短時間で修正してきたんです。そんな経験は初めてでした。すっかり手玉に取られたような気分でした(笑)。原さんの遺作にして代表作の1本になれたのかなと、いいものをいただけたなと思います。

Q 吉澤健さん演じる商店街の会長からは「最近は買い物はみなインターネットでしょ」「インターネットに何でもある」といった風刺の効いたセリフも出てきます。

A山本起也天草の方から聞いて脚本に落とし込んだセリフも多くありますが、会長のセリフは僕が考えたものです。インターネットが過度に進化していくと、すべてが自動化されて、人間の働く場所はどこにあるのかと、かなり深刻な社会問題になると感じています。シャッター商店街どころの騒ぎではない。いまコロナで苦しんでいる演劇などの実演芸術は、そうは言っても生で観てこそのものですのでいずれ劇場に人も戻ると思いますが、映画のような複製芸術は、家で配信で観ればいいということになりかねない。何でも家の中で完結してしまうような状況で、地方の「町」はどうなってしまうのだろうと。僕は映画を映画館で観たいし、街に出かけていって、映画を観たり、音楽を聴いたり、お茶を飲んだり、本屋で本を探したいので、そんな楽しみがなくなることへの心配を吉澤さんのちょっとしたセリフに込めています。

Q 清らたちが商店街の映画館で昔の天草の映像や写真を集めた上映会を開くことがもう1つのストーリーとして描かれます。

A山本起也劇中に登場する映画館は、本渡第一映劇という天草に実在するミニシアターです。上映会を開くというサブストーリーについては、薫堂さんが本当にやってみたかったことだったと思います。古い映像を探し始めたところ、天草で実際にあった大火の8ミリ映像が出てきたんですね。この映画の登場人物はみんな何かが抜け落ちてしまっています。オレオレ詐欺の男は、自分を偽って嘘の中に生きています。おばあちゃんにも辛い過去があり、清らは祖父と父が内装屋として手掛けてきた商店街のお店の内装がすべてシャッターの向こう側に閉じ込められてしまっています。彼らに共通するのが、過去の記憶の欠落です。人間は未来に向かって生きていますが、過去がなければ生きられないとも思います。天草の大火という、一瞬にしていろいろなものが消え去ってしまったというエピソードが、そこに重なりました。かつては賑わっていたシャッター商店街の過去の記憶を探す旅は、それぞれの記憶を辿る旅でもあるのです。

Q 映画タイトルにもある「のさり」をどう描いていったのでしょう。

A山本起也『のさりの島』というタイトルは薫堂さんが脚本の最終段階につけて下さったこともあって、「のさり」という言葉は映画の中には出てきません。熊本や天草では、運が良いというときにも、不幸が来たときにも「のさっているね」と言います。全く逆の意味を同じ言葉で表す珍しい言葉です。起きた出来事を良い悪いで判別するのではなく、「のさり」という言葉ですべて受け入れるんです。おばあちゃんの前にオレオレ詐欺の男が現れたのも「のさり」、オレオレ詐欺の男がおばあちゃんに出会ったのも「のさり」。男はおばあちゃんに「のさった」んですね。全部のさり、と受け止めると、喪失や欠落も辛いばかりではない。シャッター商店街も、目を閉じて耳をすませば、かつては人で賑わっていた様子が聞こえてくる。そんな感じ方こそまさに「のさり」なのだと思います。
この映画は昨年の上映予定がコロナの影響で延期になって、僕も周りから「大変だね」と言われました。でも、延期されたことでまた新しい出会いもあるので、「コロナにのさった」と考えると穏やかに受け止められるのかなと思います。むしろ、コロナの到来によってこの映画の持つ意味はさらに深まったとさえ言えるのかと。コロナは人間を分断し、外出やマスク一つとっても他人の行動や思考に疑心を芽生えさせます。そんな人と人の間にある分断も、「のさり」という発想で受け止めることで、穏やかな心持ちに変わっていくのではないでしょうか。

Q ブルースハープの演奏シーンが印象的です。

A映画『のさりの島』山本起也ブルースハープ奏者の小倉綾乃さんのことは数年前から知っていて、ぜひこの映画に出演していただきたいと思っていました。この映画の人物たちのコミュニケーションは一見、すべてが一方通行なんです。おばあちゃんは商店街でお店を開いていますが客がやってくるシーンはほぼありません。清らはラジオのパーソナリティとして喋っていますがリスナーがどんな表情をして聞いているのか知りません。そしてブルースハープの女は誰に聴かせるでもなく商店街の一角で演奏しています。でも、はおばあちゃんはお店で売上金を勘定しているときに彼女の奏でる音を聴いているんですね。ブルースハープの女はそのことを知らない。このように、目の前でつながっていないことも、どこかで誰かにつながっている、どこかで誰かに伝わっているということをやってみたかったんです。一見つながっていない関係性もどこかで繋がっている。これもまた「のさり」なのかなと思います。

Q 山本起也監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!

A山本起也こんな時代だからこそ、良いこともとそうでないこともすべて「のさり」という受け止め方を僕自身が欲しているのかもしれません。皆さんも映画館でそれを感じていただけたらと思いますし、そして、そこで受け止めたものを誰かに伝えていただけたらと思います。コロナと言う人の対立を助長させる厄介な存在に対し、僕たちがいかに寛容な気持ちを持ち得るかが試されている。それができないと、それこそコロナの思うツボなのかと思います。こういう時期だからこそ、人を許すという寛容さをもって、もちろん感染症対策をした上での話ですが、映画館に『のさりの島』を観に来ていただけたらと思います。

Q山本起也監督からOKWAVEユーザーに質問!

山本起也あなたにとって「のさり」とは?

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■Information

『のさりの島』

映画『のさりの島』2021年5月29日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開中

「もしもしばあちゃん、俺だけど…」
オレオレ詐欺の旅を続ける若い男が、熊本・天草の寂れた商店街に流れ着いた。老女の艶子は、若い男を孫の“将太”として招きいれる。あたたかいお風呂、孫が好きな美味しい料理、そしてやさしいばあちゃん。若い男はいつの間にか、“将太”として艶子と奇妙な共同生活を送るようになり、やさしい“嘘”の時間に居場所を見つけていく。
地元FM局のパーソナリティを務める清ら(きよら)は、昔の天草の8ミリ映像や写真を集め、商店街の映画館で上映会を企画する。ひょんなことから“将太”も、上映会の企画チームに連れ込まれてしまう。賑わいのあった頃の天草・銀天街の記憶を取り戻そうと夢中になる清ら。かつての銀天街の痕跡を探す中で、艶子の持っていた古い家族アルバムに、“将太”は一枚の写真を見つける。
本渡の大火、焼け跡を片付ける町の人々、復興後の祭りの様子…。街に流れるブルースハープの音色と共に、スクリーンに映し出された天草のかつての記憶。
「将太さん、本当はどこのひとなの…」

藤原季節 原知佐子
杉原亜実 中田茉奈実 宮本伊織 西野光
小倉綾乃 酒井洋輔 kento fukaya 水上竜士 野呂圭介
外波山文明 吉澤健 柄本明

プロデューサー: 小山薫堂
監督・脚本: 山本起也
製作/配給: 北白川派
製作協力: 熊本県天草市 京都芸術大学

公式サイト:  www.nosarinoshima.com
Twitter: @nosarinoshima
Instagram: @nosarinoshima

©北白川派


■Profile

山本起也

映画監督 山本起也(映画『のさりの島』)1966年4月9日生まれ、静岡県出身。
無名の4回戦ボクサーたちの姿を6年にわたり追った長編ドキュメンタリー映画『ジム』(03)、90歳になる実の祖母の「住み慣れた家の取り壊し」をモチーフにした第2作『ツヒノスミカ』(06)などのドキュメンタリーを発表。『ツヒノスミカ』で、スペインの国際ドキュメンタリー映画祭 PUNTO DE VISTA ジャン・ヴィゴ賞(最優秀監督賞)を受賞する。2012年、初の劇映画『カミハテ商店』(出演・高橋惠子、寺島進ほか)を監督。同作は島根県隠岐郡海士町の全面支援のもと撮影され、第47回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭でメインコンぺ部門12作品の1本に選ばれた。京都芸術大学(旧京都造形芸術大学)映画学科で、プロのスタッフと学生による映画製作プロジェクト「北白川派」を推進。『のさりの島』はその第7弾にあたる。


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