Vol.1029 映画監督 今井友樹(ドキュメンタリー映画『明日をへぐる』について)

ドキュメンタリー映画『明日をへぐる』

OKWAVE Stars Vol.1029はドキュメンタリー映画『明日をへぐる』(公開中)の今井友樹監督へのインタビューをお送りします。

Q 和紙づくりを支えてきた楮(こうぞ)づくりを見つめる本作を撮ったきっかけをお聞かせください。

Aドキュメンタリー映画『明日をへぐる』今井友樹この映画の中にも登場した『絵の中のぼくの村』(96)という劇映画が26年前に作られていて、今回の撮影も同じ高知県いの町吾北地区にて行っています。『明日をへぐる』の企画協力者である吾北地区の田岡重雄さんから、吾北の生活を支えてきた和紙の原料である楮のある暮らがいま風前の灯のようになっていて、その現状を見てほしいと本作の企画・製作の山上徹二郎さんのところに相談がありました。僕は、山上さんに声をかけていただいて現地を訪ねました。廃校になった小学校の体育館で、楮の外皮を何度も何度も削り落とし、繊維だけを残す“へぐり”をやっている90代のおばあさんたちにお会いしました。その作業の様子を見て、これは映画にしなければという気持ちになりました。僕は日本各地のお祭りや芸能など、フォークロア(民俗)の記録映像を専門的にやってきましたので、自分の体験を活かすこともできると思って、協力させていただきました。

Q 『絵の中のぼくの村』で描かれた昭和23年の設定の楮づくりの様子が今も脈々と受け継がれているのも興味深いです。

A今井友樹高知で楮の栽培が始まったのは文献によると8世紀頃とのことです。ですので少なくとも1,300年くらいは経っています。紙漉きは長年に渡って洗練されてきたとは思いますが、楮をへぐるという行為は今の時代にも変わらず伝えられていて、また機械化もできないので今でも同じ工程を手作業で行っています。楮をへいでいるおばあさんたちは今よりももっと楮栽培が盛んで忙しかった頃は自分たちがへいだ原料がどこにいっているのかもよく分かっていなかったそうです。今は紙を漉いている人たちと一緒に楮を守っているので、却って手が抜けないし、一体感があるとも仰っていました。

Q ドキュメンタリー作品として制作していく上では、どのようなところを大事にしましたか。

A今井友樹今まで自分がやってきた民俗の記録では、目の前で起きている起承転結を丁寧に押さえていくことが大事な部分でした。一方で、映画館でお金を払って観てもらう作品であると考えると、娯楽性も必要になってきます。その点は山上さんからアドバイスをいただきながら、いの町の皆さんやスタッフと一緒に作り上げていくということを大事にしました。当初から考えていたのは、植物である楮の1年の成長と栽培をしっかり見ようということでした。これまでの紙漉きを扱う作品では、原料はすでにあるところから始まることが多く、和紙が作られる工程を押さえるだけでも30分くらいかかる作品が多かったです。この映画では原料の楮を中心に据えたことで、これまでとは違った視点で和紙を描くことができたと思います。

Q 撮影が始まって、地元の皆さんの様子はいかがでしたか。

Aドキュメンタリー映画『明日をへぐる』今井友樹僕のこれまでの作品では僕自身がカメラを回さずにカメラマンが同行して撮るというスタイルがほとんどでした。僕は現場のお膳立てをする事が多かったです。今回はコロナ禍ということもあって自分でカメラを回すというスタイルを取りました。そうなると映っている方々と直接対面して距離を縮めさせていただく、という方法になっていきました。高知の皆さんの懐の深さだと思いますが、カメラを向けても嫌がることなく、僕にいろいろと話してくださるので、本当に皆さんに助けられました。

Q 楮の1年間を追っていく中で、監督自身が面白いなと感じたところはいかがでしょう。

Aドキュメンタリー映画『明日をへぐる』今井友樹楮が和紙の原料のひとつであることは知っていたものの、楮がどんな植物であるのかは詳しくは知りませんでした。毎年枝を刈り取るので、楮の株は枯れてしまうと思っていました。それが春先になると新芽が出てくるんです。月一度おうかがいしてカメラを向けていましたが、滞在期間の1日だけでも楮の成長が分かりますし、1ヶ月空くと、ものすごく成長しているんです。人間を撮っていると植物は動かない存在のように思えますが、いざ植物に目を向けると、人間生活よりもゆったりと長い時間を生きていて、ちゃんと生きているという実感を受けました。野生の楮は3年くらい経つと実をつけて花を咲かせて、実をつけて子孫を増やしていきます。けれども栽培楮は花を咲かす前に1年で枝を刈り取ってしまうので、種から子孫を増やすことができません。そのために根から子孫を増やしているんです。無性生殖と言うそうです。楮畑の土の中は一体どうなっているのかとても興味が湧いて、夏の頃から畑を掘ってみたいと思いました。それで畑の所有者の筒井良則さんに相談したら快諾していただけて、刈り取りの時期に地元の方々と穴を掘ったんです。ぜひ映画で観ていただけたらと思いますが、自分の体以上に外に広がるように根を張っていて、そこから自分の分身を増やしている姿は、人間の能力を遥かに超えていて、人間の存在の小ささを感じました。

Q 和紙職人や和紙を使う版画作家の方々も映し出されています。

A今井友樹この映画に出てくる田村寛さんという手漉き和紙職人さんは、自分が漉いている楮がどこから来ているのか分からず、原料から向き合って紙を漉きたいという思いで「上東を愛する会」の人たちと協力して楮の収穫から原料づくりまで、地元の方たちと一緒に活動されています。
木版画画家の川村紗耶佳さんは、各地の和紙を試して、最終的に高知の楮の和紙にたどり着いたとのことで、映画では田村寛さんが漉いた和紙を使って版画を刷る工程を撮らせていただきました。何回も試し刷りをしていて、和紙と向き合いながら塩梅を掴んで版画制作をされていました。均一に同じものが版画作品にできるのではなく、和紙の特性も楽しみながら川村さんは制作されていました。

Q 楮づくりが廃れつつある中で、何があるといいと思いましたか。

A今井友樹文化財の保護にはいろいろな形があります。たとえば人間国宝と呼ばれる方は革新性と伝統性があってそのような評価が与えられると思います。今回の和紙でいえば、その工程のどこかひとつだけが評価されるよりも、この映画で映し出されている楮をへぐっているおばあさんたちの表情も見ていただけるといいなと思います。和紙一枚は思ったよりも安く入手できますし、障子などに使われてきた和紙の消費量も、化学繊維の障子紙も普及して年々減ってきています。日常生活から和紙を利用する機会が減っていけば和紙産業が衰退してしまうのは当然です。ですので、和紙に接する機会をもっと増やしていかなければならないのかなと思います。
この映画では、和紙の原料の楮を見ようとしたら、山全体であったり、山村の歴史まで見渡すことになりました。映画の中で手漉き和紙職人の田村さんがおっしゃっているように、どこかひとつを注目するのではなく、楮栽培から和紙を利用する人まで全てが循環する仕組みを考えていかなければならないのかなとも感じています。

Q 今井友樹監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!

A今井友樹現代社会を生きる僕自身に言い聞かせていることですが、自分の持っている効率性や便利さといった現代生活のモノサシでこの映画に出てくるおばあさんたちを見ているとまったく当てはまらないです。おばあさんたちがへぐっている作業は機械化できないし、機械化できないからこそ廃れていってしまっています。戦後の日本が高度成長の中で失っていったものがあの山村にはまだ残っているのだと思います。現代社会の発展の先に持ち得たモノサシが本当に正しいのか、改めて見直さなければならないなと思いました。1,000年以上の耐久性が証明されている和紙は、おばあさんたちのへぐりの佇まいがあってこそです。僕の日常生活では100年保つものを果たして持っているのか思いつかないです。この映画につけた『明日をへぐる』というタイトルは、現代社会の明日をへぐると果たして何が残るのか、そういう物を探していかなければならないなという思いを込めたものです。コロナ禍でいろいろなことを見直そうという、そういう時期だからこそ一緒に『明日をへぐる』を観て、模索していただけたらと思います。


Q今井友樹監督からOKWAVEユーザーに質問!

今井友樹皆さんはどんな明日をへぐりたいですか。

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■Information

『明日をへぐる』

公開中

土佐和紙の原料となる楮(こうぞ)をめぐる
山里の人々の暮らしを記録したドキュメンタリー。
高知県の中でもローカルな方言である「へぐる」は、特殊な包丁で土佐楮の皮から表皮部分を削ぎ取る作業のことを指す。
高知県の山あいの町で楮を丁寧にへぐっていく90代の女性たち。
楮の外皮を何度も削り落とし、繊維だけを残していく。
そうすることで、楮は1000年以上の耐久性を持つといわれる和紙へと生まれ変わっていく。
その手わざや佇まいからは、世代を越えて受け継がれてきた山里の暮らしが見え隠れする。
手間もかかり大量生産もできず、継承者もいないことからやがて失われてしまうのではないかと言われているへぐりの作業をはじめ、楮を栽培し、紙を漉いてきた人たちの暮らし、そして和紙の文化そのものを通して、効率性や利便性を求めるがゆえに余裕が失われてしまった現代社会の日常を見つめ直していく。

監督: 今井友樹
ナレーション: 原田美枝子
配給: Palabra/シグロ

https://palabra-i.co.jp/asuwoheguru/

© 2021 SIGLO / Palabra


■Profile

今井友樹

映画監督 今井友樹(ドキュメンタリー映画『明日をへぐる』)1979年生まれ、岐阜県出身。
2004年から民族文化映像研究所の姫田忠義に師事。以来、農山村漁村の生活文化の映像記録に携わる。2014年、鳥と人との関わり合いを描いた『鳥の道を越えて』で監督デビュー。文化庁映画賞優秀賞、キネマ旬報ベストテ文化映画部門第一位などを受賞。2018年、明治大正期の精神障害者が座敷牢に幽閉されていた実態を呉秀三医師の足跡から描いた『夜明け前』、人間の野性と自然が対峙する伝統猟を描いた『坂網猟』などを手がける。現在、ツチノコのドキュメンタリー映画を制作中。2022年公開予定。


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