OKWAVE Stars Vol.1035は映画『草の響き』(公開中)斎藤久志監督へのインタビューをお送りします。
Q 本作に携わる経緯をお聞かせください。
A斎藤久志2018年の函館港イルミナシオン映画祭に『空の瞳とカタツムリ』で招待されて、初めて函館に行きました。そのときシネマアイリスの菅原さんが観に来てくれて、「飲みませんか」と誘ってくれたんです。初対面でした。僕の映画を観るのも初めてだったそうで、他の作品にも興味を持ってくれたので、東京に戻ってからDVDを送りました。そうしたら2020年1月ぐらいに菅原さんから「今年は佐藤泰志没後30年とシネマアイリス25周年が重なるので5作目として『草の響き』をやりたいと思っている。興味はありますか」と電話がありました。原作を読んでなかったので「読んで連絡します」と答えましたが、もうその時点でやりたいと思っていました。
Q 映画化する上でどんなところに力点を置こうと考えましたか。
A斎藤久志自律神経失調症と診断されて、狂わない為に走る男の話です。これをこのままやるとしたら主人公の心の声(モノローグ)を使うという方法論にしかならないと思いました。モノローグを使った優れた映画もあるとは思いますが、狂っていく主人公の主観というのは難しい。世界がおかしいって、話にしかならない。ただ僕個人的には、元々狂うということには興味はあったんです。父がアル中の躁鬱で、僕が15歳のときに自殺しているんです。それも亡くなる日の昼間、病院に見舞いに行って会っている。母はそれを僕が18歳になるまで隠していました。元々癌で入院していたので、それで亡くなったと僕は疑わなかった。だから初めて聞いた時はショックでした。父は42歳。佐藤さんが亡くなったのとひとつ違いです。だから僕も自分が42歳を越える時にちょっと複雑な思いはありました。ただ自分は狂わないだろうという確信があって、変な言い方かもしれませんが、狂える奴に対する羨望のようなものがあるんです。どこまで行っても自分は自分でしかない。変われない絶望みたいなものが自分の中にある。だから逆に狂ってしまうことへの恐怖みたいなものに取り憑かれている主人公に憧れる部分もあったんです。でもそれって自意識の問題って考えもあって、この映画の中で自律神経失調症を病気と捉えるかどうかで作品が左右すると思いました。そこで客観的視点が入った方がいいと思い、脚本を加瀬仁美に頼みました。
Q 脚本の加瀬仁美さんは監督の奥様とのことですが、脚本作りで考えていったことなどお聞かせください。
A斎藤久志『スーパーローテーション』(11)『なにもこわいことはない』(13)『dishes』舞台(16)と彼女と一緒にやるのは4作目になります。結婚してからは初です。彼女が最初にあげたプロットからほぼ今の設定でした。主人公には原作にはない奥さんがいて、妊娠している。それは福間健二さんの書かれた佐藤泰志略年譜を参考にしているのと、自分たち夫婦の問題も入って来ているとは思います。「思います」と言うのはその辺のことは怖いので妻には直接聞けないので想像です。ただ若干思い当たる節があるってことです(笑)。原作の世界が客観的になったと思いました。主観では病気でも外から見たら単なる自分勝手という側面も見えて来たりして、夫婦という関係性の中での孤独や痛みが具現化できたと思います。その上でこれも原作では主人公の主観でしか登場しなかった若者たちを客観的存在に膨らませてもらいました。膨らませるにあたって佐藤さんのいくつかの他の作品を参考にしています。
Q 主人公・和雄役の東出昌大さんほか、現場での演出についてお聞かせください。
A斎藤久志東出昌大さんは自律神経失調について勉強して臨んでこられました。当然それも大切なことではありますが、それよりも現場に立って、セリフに対してその瞬間に彼自身が感じたことを演じる方がいいと思いました。彼が自由に演じられる状況を作るということに務めていました。
奈緒さんに関してはずっと芝居をしないでくれ、とお願いしました。観客に見せる、感情を分からせようとする芝居というのが僕は嫌いなんです。結果溢れてくる感情を掬いあげたいと思っている。だから映ったものは奈緒さんが出した答えです。そこに僕が何かを求めていた訳ではないです。
大東駿介さんには助けられましたね。ずっと函館にいてくれたんです。それがこの映画のキーになっていると思います。東出さんも奈緒さんも研二との距離感で役が見えていったんじゃないですかね。それぐらい大東さんの懐は深い感じがしました。ある意味研二そのものでした。だから僕は何もしていません。僕のやったことは大東駿介をただ見ていただけです(笑)。
Kaya、林裕太、三根有葵の3人は、決まってから函館に行くまでの間にスケボー、水泳と3人揃って練習をしながらリハーサルめいたこともやりました。林を除く2人は、演技経験がなかったので、台詞を覚えて動くということに慣れるために何度かやりました。上手くなって欲しいというより上手くやろうとしないためのリハーサルですかね(笑)。
Q 撮影の中で印象的だったことなどはいかがでしょう。
A斎藤久志東出さん演じる和雄が初めて精神病院の娯楽室に来るシーンがあるんですけど、そこで「拘束解けたのか。きつかったろ」とタバコを勧めてくる初老の入院患者が出て来ます。それを演ってくれたのが漫画家の若林健次さんなんです。僕は若林さんコミック原作の『ドトウの笹口組』(95 キャイ〜ン主演、金田敬監督)というビデオ用映画の脚本を書いていて、その時お会いしてなかったんですが、今回なぜか制作進行で現場にいたんです。プロデューサーの鈴木ゆたかの飲み友達で、面白そうだから、と来てくれたくれたようです。あの風体です。出さない手はないな、と思いお願いしました。役者にはない独特の存在感がありますよね。ああゆうのが僕は好きなんですよ。クランクアップした時、若林さんから『ドトウの笹口組』の主人公・山が出ている色紙を頂きました。嬉しかったですね。
Q 斎藤久志監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!
A斎藤久志一本の映画を作るためにはこちらが意図した意味やテーマがありますが、答え合わせのようにそれを見つけなくていいと思います。観た人の中に生まれた答えが正解なんだと思います。だから見た人の数だけ『草の響き』が存在するっていうことです。そして今度は僕らがそれに出会えることが作り手の悦びです。映画はストーリーだけではできていません。『草の響き』を感じてくれれば幸いです。
Q斎藤久志監督からOKWAVEユーザーに質問!
斎藤久志子どもが生まれたばかりなので皆さんに聞いてみたいですが、自身の一番古い記憶は何でしょうか。どんなビジュアル、シチュエーションで何をしていたのか、ぜひお答えください。
■Information
『草の響き』
心に失調をきたし、妻とふたりで故郷函館へ戻ってきた和雄。病院の精神科を訪れた彼は、医師に勧められるまま、治療のため街を走り始める。雨の日も、真夏の日も、ひたすら同じ道を走り、記録をつける。そのくりかえしのなかで、和雄の心はやがて平穏を見出していく。そんななか、彼は路上で出会った若者たちとふしぎな交流を持ち始めるが…。
東出昌大 奈緒 大東駿介
Kaya 林裕太 三根有葵
利重剛 クノ真季子
室井滋
監督: 斎藤久志
原作: 佐藤泰志「草の響き」(「きみの鳥はうたえる」所収/河出文庫刊)
配給: コピアポア・フィルム、函館シネマアイリス
©2021 HAKODATE CINEMA IRIS
■Profile
斎藤久志
1959年生まれ。
高校在学中より自主映画制作を始め、1985年、『うしろあたま』がPFFに入選。スカラシップを獲得し『はいかぶり姫物語』を監督すると同時に審査員だった長谷川和彦監督に師事する。1992年、テレビ『最期のドライブ』(長崎俊一)で脚本家デビュー。Vシネマ『SMAP /はじめての夏』(93)、『夏の思い出〜異・常・快・楽・殺・人・者〜』(95)の監督を経て、1997年『フレンチドレッシング』で劇場監督デビュー。2000年には舞台『お迎え準備』の作・演出を手がける。その他の監督作に『サンデイドライブ』(98)『いたいふたり』(02)『ホワイトルーム〜重松清「愛妻日記」より〜』(06)『スーパーローテーション』(11)『なにもこわいことはない』(13)『空の瞳とカタツムリ』(18)など。脚本家としては『湾岸バッド・ボーイ・ブルー』(富岡忠文、92)、『「物陰に足拍子」よりMIDORI』(廣木隆一、96)『カオス』(中田秀夫、00)、『M』(廣木隆一、06)など。