Vol.499 映画監督 プ・ジヨン

OKStars Vol.499は韓国で実際に起きた事件を基に映画化した『明日へ』(2015年11月6日公開)のプ・ジヨン監督へのインタビューをお送りします。

Q 『明日へ』は2007年の事件を基にしていますが、2015年時点の韓国の労働者の状況はいかがでしょうか。

Aプ・ジヨンこの映画は2007年の出来事を出発点としていますが、現在進行形のものとして映画は作りました。現在の韓国を取り巻く非正規雇用の問題についての資料も取り寄せて作っています。今も人々は雇用不安に晒されていますし、非正規保護法が2年から4年に伸びるという話もありますが人々はそれを快く歓迎しているわけでもありません。正規雇用よりも非正規雇用が50%以上を占めるようになっている状況を見ると、以前にも増して不安定な状況になっているようにも見えます。

Q キャスティングの狙いについてお聞かせください。

Aプ・ジヨンこちらが意図した通りにキャスティングできましたが、こんなにすんなりと皆さん引き受けてくれるとは思っていませんでした。オファーしてすぐに快諾していただけたのでむしろびっくりしました。キム・ヨンエさんはこの映画の前に弁護人の役を演じていて、やはり社会問題を扱った作品でしたので、女優としてのイメージを気にして断られてしまうかなと思いましたが、彼女は快諾してくれた上に「50代、60代になっても重要な役を演じられる機会が増えてほしい」と言っていました。

Q ド・ギョンス(EXOのD.O.)を起用した決め手は何だったのでしょう。

A『明日へ』プ・ジヨン初めて会った時に、彼がどんなふうに育って、どんな背景で歌手になったのか、生い立ちをじっくり聞くことができました。それで、テヨンの気持ちを彼なら十分に理解できるだろうという確信が持てました。彼自身、アルバイトの経験もありますし、家庭環境が貧しかった時期も経験していました。それまでは明るく天真爛漫なアイドル、というイメージを持っていましたが、実際に会ったらそういう面が分かり、彼ならできると思いました。演技は初めてだったので、その時に本読みをし、セリフを幾つか喋ってもらったところ、とても上手でした。2、3回やって上達していくのを見て、彼の可能性も感じました。
それと、ネットに出てくる彼の写真は歯を見せてニッコリ笑っているものが多いですが、私の前に座ったド・ギョンスさんの表情には漫画によく出てくる暗さを表す縦筋があるように見えたので、それが決定打になりました(笑)。こんな顔もあるんだなと思いました。

Q ソニとテヨンの親子の描き方について、ヨム・ジョンアとド・ギョンスのふたりにはどんな話をしたのでしょう。

A『明日へ』プ・ジヨンセリフや感情の多くは台本に書かれていますが、ヨム・ジョンアさんには高校生の息子がいるわけではありませんので、高校生の息子がいる母親役というのは彼女が想像力を発揮して役を作っていかなければならない部分でした。そこを私があれこれ注文して干渉するよりも、ふたりが現場で話して、そこから作り上げていったものの方が大きかったと思います。
ソニはスーパーマーケットで「私たちの声を聞いてください」と叫びますが、その前に、テヨンが連れて行かれた警察署で初めて勇気を出して発言します。この映画の中でもっとも重要なシーンですが、私がヨム・ジョンアさんに言ったのは「ソニは饒舌でもないし、普段大声を出すようなこともない。だけどここでは息子のために立ち上がって、堂々と自分の考えを語るんです」ということでした。普段はそうでもないけど、あの場面では息子のために勇気を出した、ということを何度も話しましたが、それ以外では、彼女たちが作り上げていきました。テヨンに関しては、男の子なので、母が親身になって助けてくれていることを分かっていても、それに言葉で感謝の気持ちを伝えられない、という点について話しました。

Q 占拠のシーンなど、会社側と対立する緊迫した場面の演出についてお聞かせください。

A『明日へ』プ・ジヨンレジを占拠するシーンは、ソニら非正規雇用者たちが組織的に占拠しようとしていたわけではなく、ストライキをしている中、アルバイトの派遣職員たちがレジに入ってこようとしたため、それを阻止するために、怒りと当惑がない混ぜになって右往左往しながら占拠していく、という演出をしています。あのシーンで使われている音楽は、闘っているシリアスな場面にしては、あえて軽快なものを使っています。主婦たちが組織的に準備をしてきたわけではなく、ある種のハプニングが生じて、無我夢中で占拠していった状況を表そうとしました。

Q ソニら、主婦たちがビラを配ったり抗議をしている時に、市民の反応が薄い場面も出てきましたが、これは映画としての演出なのでしょうか。

Aプ・ジヨン「ストライキのせいでどうして私が買い物ができないんだ」というような、いわゆるクレーマーのような顧客もいて、そういう人たちはストライキをしている状況に理解を示しませんでした。ストライキ中の状況を見て静かに立ち去る人もいれば、あえて嫌味を言う人もいたので、それを映画の中でも描きました。

Q 最も思い入れのあるセリフは何でしょう。

Aプ・ジヨン「私たちの声を聞いてください」というところですね。

Q 韓国での上映の際、当事者たちの反応はいかがだったでしょう。

Aプ・ジヨン当事者の方々には映画を作る過程からたくさん助けていただきました。それで映画を観ていただいてとても満足をされていました。何度も観て泣いた、という方もいましたし、「作ってくれてありがとう」とも言われました。私はそのように言われる立場ではありませんが、この映画を作った時の目標に、当事者の方々をがっかりさせてはいけない、という思いがありましたので、その目標はクリアできたかなと思います。

Q プ・ジヨン監督が映画作りで大事にしていることは何でしょう。

Aプ・ジヨン自分が関心を持てる物語や、自分がよく分かっていることを映画に撮るということです。私が脚本を書かずに誰かの脚本で映画を撮ることもできますが、その脚本に書かれている人物や状況に私が全く共感できなかったら映画を撮ることはできません。例えば、シンデレラの物語には私は全く共感できません。王子様に見出されて生きていくシンデレラの人生が本当に幸せなのか私にとっては疑問で好きになれないからです。そういう意味では、ファンタジーよりも現実的な物語を映画にしていくと思います。

Q D.O.(ド・ギョンス)が歌うエンディング曲「叫び」についてお聞かせください。

A『明日へ』プ・ジヨン映画の途中に出てくる集会のシーンでギターに合わせて歌を歌っている曲の歌詞は私が書いて、音楽監督の方に作曲してもらったオリジナル曲です。エンディングの主題歌も私が歌詞を書こうとしましたが、イマイチと言われてしまって、別の作詞家の方が手がけました。歌詞が入った曲でエンディングを締めくくるというのは当初からあった考えでした。D.O.が歌う曲の歌詞を手がけたい気持ちはありましたが、残念ながら選んではもらえませんでした。

Q プ・ジヨン監督からOKWaveユーザーにメッセージをお願いします。

Aプ・ジヨン日本にも非正規雇用は多いと聞きますが、韓国と似通った問題も起きるのではないかと思います。そんな時に、人はとかく自分のせいにしがちですよね。「あの時もっと頑張らなければならなかったんだ」「私がもっと頑張れば良かった」と思いがちですが、もっと勇気を持って自分の権利を主張してほしいですし、自分と同じ状況に置かれている人がいれば話し合って共感して、連帯することに想像を働かせてほしいと思います。そうすることで、人と人とが共に生きていけるより良い社会になっていくと思うんです。ですが韓国もだんだんと生きにくい社会になっていって、共に生きることが段々と難しくなってきています。この映画をご覧いただく時は、自分と違う環境に置かれている人たちのことを特別視せず、そういった人々の困難に一緒に共感してもらうきっかけになれば嬉しく思います。

Qプ・ジヨン監督からOKWaveユーザーに質問!

プ・ジヨン皆さんが会社や学校で不当な目に遭った時に、皆さんに共感してくれる人は周りにいましたか?またはそういった方を見かけた時に共感した経験はありますか?

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■Information

『明日へ』

『明日へ』2015年11月6日(金)TOHOシネマズ新宿ほか全国順次公開

入社5年でようやく大手スーパーで正社員への昇格が決まったレジ係のソニは、度重なる残業や上司のイヤミにもひたすら我慢し、家族のために懸命に働いていた。しかしそんなある日、突如、非正規雇用者全員に一方的な「解雇通達」が下される。
準社員の立場から一転、職を失ってしまう運命となったソニと同僚たち…。途方に暮れる彼女たちだったが、家族のため、そして自分の誇りを守るために、強大な企業権力を相手に解雇撤回を求めるため一致団結し、職場を取り戻そうと奮闘するのだが…。

監督:プ・ジヨン
キャスト:ヨム・ジョンア、キム・ヨンエ、キム・ガンウ、ムン・ジョンヒ、チョン・ウヒ、ド・ギョンス(EXO)
配給:ハーク

http://www.ashitae-movie.com/

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■Profile

プ・ジヨン

プ・ジヨン監督『明日へ』1971年生まれ。
韓国フィルムアカデミーを卒業後、ぴあフィルムフェスティバル上映作品『透明でしょっぱい液体』(02)など短編映画を発表。ホン・サンス監督作『秘花 ~スジョンの愛~』の演出チームや、イ・ジェヨン監督作『スキャンダル』でスクリプターを担当。
韓国映画振興委員会の支援による長編監督デビュー作『今、このままがいい』は、釜山国際映画祭、ソウル国際女性映画祭、東京国際女性映画祭などで好評を博し、「09年女性映画人祭 監督賞・シナリオ賞」を獲得した。オムニバス『視線の向こうに』の一編「ニマ」やドキュメンタリーでも一貫して女性を主人公にした作品を発表している。