Vol.517 ドラマ演出/監督 井上剛(『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』)

OKWAVE Stars Vol.517は『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』の井上剛監督へのインタビューをお送りします。

Q 『LIVE!LOVE!SNG!』の企画はどんな経緯で生まれたのでしょうか。

A『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』井上剛脚本の一色伸幸さんが考えて来られました。神戸と福島をつないで何か物語を書きたいという想いがあったそうです。劇中に出てくる「しあわせ運べるように」という神戸の震災の時に小学校の先生が作られた歌があります。それをモチーフに子どもたちが出てくるロードムービーがやりたいとのことでした。それをプロデユーサーが聞いて、僕のところに話が来ました。それでみんなで考えましたが、一色さんが考えた脚本が土台になっています。

Q 福島の立ち入りが制限されている区域で撮られています。

A井上剛実際には線量が高いわけではなく、許可証があれば入れる区域ですが、制限があるということで怖く見える部分もありますので、表現として使わせていただきました。ストーリーとしてはそういう地域に行くんだということは最初からあって、出演者の子どもたちや関係者の方々には放射線に関する正しい知識をレクチャーして臨みました。

Q 普段見る機会がない制限区域の映像そのものが衝撃的でした。

A井上剛制限区域を分けるゲートが“中と外”という感覚にさせてドキドキする部分はあると思います。厳密に言えば、入れないわけではないのですが、自分たちも最初はそういう感覚がありました。

Q キャスティングについてお聞かせください。

A『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』井上剛先生役の渡辺大知さんは神戸の出身なのでぜひ出ていただきたいと思い声をかけました。彼は実際に神戸の震災を経験し、「しあわせ運べるように」を歌ったことがあって、いまの彼のバンドでも歌っています。子どもたちは皆オーディションで選びました。主演の石井杏奈さんは当時15歳でした。石井さんを含め、なるべく演技経験の少ない子を選びました。

Q 彼らにはどのように演出をしましたか。

A『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』井上剛選んだ子たちは皆東北に行ったことがなくて、想像を膨らまして行きましたが、想像を遥かに超えていたと思います。
撮り方も工夫して、子どもたちには「芝居をするな」と言いました。石井さんには「15歳の女の子の休日の姿を見せて」と神戸の街を歩かせて、石井さん自身のテンポや何に興味があるのかを探ったりしました。撮影に入る前に福島でも地震で崩れた建物などを見せて彼女自身の反応を見ました。その時にはミッキーマウスの何かを見つけてそちらに反応を示したので、そういう大人が考える感覚との違いをなるべく大事にしました。
撮影中は、大人が書いた脚本や演出を分かった気にならならないようにとずっと言い続けました。そして実際のシーンが始まる5分前をイメージさせて、そこに至る部分を実際にカメラを回しながら演じさせた上で、誰かがシーンに入るセリフをつないでいくというやり方でした。ですので、立ち位置などの距離感もこちらで決めずに自分たちでふさわしい立ち方、座り方を自然に考えさせました。時には「役ではなく自分でもいい」「言えないセリフは無理して言うな」とも言いました。
最初はみんなキョトンとしていました。撮影前に都内でワークショップもやりましたが、現場に行ったらみんな僕の意図を理解できたようです。演劇のようなことを期待しているわけではなく、現地で感じたことを大事にするということを段々と分かってもらえました。そういった演出でドキュメンタリーのようにも見えると思います。
それと、子どもたちに目的地までの地図を渡して先頭を歩かせました。カメラがあらかじめ待っていてそこに向かう、ということではなく、役者が歩いて最初にその土地に立つ、ということを徹底しました。カメラが待っていると緊張もするし、表情も作ってしまいます。彼女たちの目の前に、あるがままの風景が広がっていてほしいと思いました。芝居の境界がない作りなので、何か失敗をしたら成立しないという難しさはありました。『その街のこども』という神戸の震災を題材にした作品で同じ手法を取り入れていますが、その時は森山未來さんと佐藤江梨子さんという神戸出身の役者を起用したので自分事として捉えてやってくれました。今回は福島とも神戸とも関わりのない子たちを主に起用したので、そういう気持ちを持つのは難しかったと思います。

Q 撮影前後で、彼らには何か変化はありましたか。

A『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』井上剛そんなに長く現地にいたわけではないですけれど、変化はあったと思います。この旅を終えて受け止めたものがみんな大きかったようです。実際に旅をしたことで「ここも日本だ」という、自分たちの日常と地続きであるというのが彼女たちには印象深かったようです。どこか違う所の話、ではなくなっていたと思います。

Q 印象的なエピソードをお聞かせください。

A『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』井上剛映画のポスターで木下百花さんの後ろ姿が写っていますが、このポーズは数日後に控えている彼女のライブの振り付けの一部なんです。彼女にとってNMB48も日常で、福島に居るのも日常で、何かがつながっているんだと思います。目の前の風景を目の当たりにした感覚と、振り付けを覚えなければならない切羽詰まった感覚がない混ぜになっていて、そういうところも子どもだなと思いました。
突きつけられるものは大きかったので、彼女に限らずみんな精神状態の乱高下が大きかったです。だけど今の子どもたちはそういうものを表面に出さないんですよね。ロケバスの中で騒いでいたので「ここはそういう場所ではない」とロケバスを分けて乗せたら、みんなシュンとしてしまいました。その日の撮影が終わってよくよく考えてみると、彼女たちなりにメゲていた気持ちを吹き飛ばしたくて騒いでいたんだなと反省しました。そのくらい、あの区域の様子にやられてしまっていたんだと思います。なので、翌日に「みんな一緒に乗っていいよ」と言ったらみんなすごく喜んでいました(笑)。

Q 中村獅童さんら、大人のキャストについてはいかがだったでしょうか。

A井上剛あの役は、獅童さんでなければできないだろうなと思ってお願いしました。牛小屋のシーンは、南相馬などで牧場を出てしまった牛を確保して面倒を見ている方が実際にいらっしゃったので、そういう設定にしています。実際には牛たちは最後には屠殺することになっていて、その話も聞いた上で獅童さんには演じていただきました。それで獅童さんはずっと牛を触りながら芝居をしていました。普通なら子どもたちの方を向いて芝居をすると思いますが、セリフをまるで牛に語りかけるようにやっていましたので、すごいなと思いました。撮影は、牛がどう動くか分からないので一発で撮っています。その方の牧場に行って話をみんなで聞いて、獅童さんが先頭をきって撮影に臨みました。子どもたちは「くさい!」とか言いながらついていっていましたけど、実際にはそのお話を心底で受け止めていて空騒ぎするしかなかったんだと思います。
ともさかりえさんもよく受けていただけたと思います。撮影前には海辺で一緒に歩きながら「地元の人のようにするにはどうしたらいいですかね」という話をずっとしました。
祭りのシーンを撮る際に、今は各地に移り住んだ元々の住民だった方々が400人くらい集まってくれました。今はバラバラに住まれている方々が久々に集ったからか、リハーサルの時からすごくテンションが高かったです。その祭りのシーンにともさかさんも飛び込んで、そこで地元の方のパワーをもらったようでその後の撮影もできそうだと話していました。
僕たちが撮影していた場所は人がいなくなった場所で、人がいないだけでこんなにへこたれるんだと感じました。子どもたちもそうですし、ともさかさんもそうでした。だけど、その夜の祭りのシーンから希望をもらったので、翌日のともさかさんのシーンも頑張れたんじゃないかと思います。
その祭りを盛り上げたのが皆川猿時さんですね。あの役は猿時さんならではですね。

Q 「つもり」の歌についてはいかがでしょうか。

A井上剛脚本の一色さんが今の日本の気分を出したかったんだと思います。「こうであれば良かった」ということと、無かったかのようにしている曖昧な日本の雰囲気を歌にされたんだと思います。それを「馬鹿騒ぎでお願いします」と脚本に書かれていて、それはそうだなと。祭りのシーンでは大友良英さんやSachiko Mさんらの生演奏でやってもらっています。そして400人の方々とで作り上げました。本番だけ土砂降りの雨が降ったことも含め、印象深い撮影でした。

Q井上剛監督からOKWAVEユーザーに質問!

井上剛5年前の自分は何を考えていましたか?

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■Information

『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』

『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』2016年1月23日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
(1月16日(土)よりフォーラム福島、シネマート心斎橋、元町映画館にて先行公開)

神戸で女子高に通う朝海のもとに、故郷福島に留まる同級生・本気(マジ)から一通のメールが届く。
「立入制限区域になっている母校の校庭に埋めた、タイムカプセルを掘りに行かないか?」。 同じ誘いを受けた小学校時代のクラスメイト二人、神戸で暮らす勝と横浜の夜の街で働く香雅里 、そしてひょんなことから朝海たちに同行することになった教師・岡里は、一路福島を目指す。長い旅路の果てにたどり着いた地で、彼らは何を見て、何を感じるのか…。

石井杏奈 渡辺大知 木下百花 柾木玲弥 前田航基
津田寛治 二階堂和美 皆川猿時 ともさかりえ 南果歩 中村獅童

監督:井上剛
脚本:一色伸幸
音楽:大友良英、Sachiko M
制作・著作:NHK
配給:トランスフォーマー

http://livelovesing-movie.com/

(C)2015 NHK


■Profile

井上剛

井上剛(『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと 劇場版』)1993年にNHK入局。代表作に、劇場版も制作された『その街のこども』(10)、企画の立ち上げから関わり、チーフ演出を務めた連続テレビ小説『あまちゃん』(13)。その他にも『クライマーズ・ハイ』(05)、『ハゲタカ』(07)、『てっぱん』(10)、『64(ロクヨン)』(15)など多くのTVドラマの演出を担当している。