OKWAVE Stars Vol.536は『エヴェレスト 神々の山嶺』(2016年3月12日公開)の平山秀幸監督へのインタビューをお送りします。
Q 原作「神々の山嶺」の印象はいかがだったでしょうか?
A平山秀幸プロデューサーから原作の小説を渡された時は、僕はそれまで山には興味が無かったし、高所恐怖症なので、タイトルからしても、これを引き受けたら山で撮影するだろうから、高い所はいやだな、というのが正直な印象でした。読み始めてみると、真っ向勝負のような作品だと感じました。火の玉のような豪速球を投げつけられているようなすごさを感じて、自分の持っていた恐怖心を上回りました。これをやるなら、高所恐怖症も越えていかないと、という気持ちにさせられました。
Q 映画化する上で何が大事だと思いましたか。
A平山秀幸まず現地ロケですね。可能であればエヴェレストの頂上まで行くべきだし、それができないなら限界ギリギリまで行ってそこで撮影して、寒さや空気といったものを映画の中に取り込むことだと思います。もしこれをセットで撮るということであれば引き受けなかったし、あの原作を現地ロケでやらない企画は無いだろうなとも思います。簡単に行けるような場所ではないのに、現地に行くぞ、と思わせる強さがある作品でした。それで、まずは行ってみよう、とエヴェレスト直下にある海抜3,880mの「ホテル・エベレスト・ビュー」まで行きました。もしその時点で誰かが高山病にでもなれば自分が関われる企画ではないだろう、という気持ちでした。
Q その後はどのようにエヴェレストに順応していったのでしょう。
A平山秀幸最初の3,880mを乗り越えると、今度は6,000mくらいまで行ってみるか、という気持ちになりました(笑)。その2回目はアイランドピークというエヴェレストの逆側に行きました。そこは5,890mくらいで、そこにも無事に登ることができて、それでいよいよ初めてロケハンを行いました。それが1年くらい前です。毎回新しいスタッフが加わりましたが高山病になる人もなく、ついに撮影になりました。それまでは「高山病になったスタッフは参加できないね」という話をしていましたが、最後にやってくる俳優に関しては、誰もそんな心配をしていませんでした(笑)。高山病は一度登れたからといって、その時の体調などでかかってしまうそうです。みんなそれを口に出すと気持ちが折れてしまうので、言わないで毎回臨んでいました。一方で「山の上では絶対に無理をしないこと」とも言われていたので、すごく相反する精神状態でした。毎回、山に試されていた感覚ですね。ですので、撮影後には「もういい」というスタッフもいれば、「また来たい」というスタッフと半々でした。自分としてはまたこんな苦労をするのは嫌ですけれど、簡単に来られるような所ではないですし、この映画でそういう機会が得られたことに感謝しています。
Q 山には惹きこまれるような魔力のようなものがあるのでしょうか。
A平山秀幸朝、撮影に出発する時に、「今日はあの峰まで歩いて登ります」と言われて、「えーっ」という気持ちになって、夕方にそこに辿り着いて、翌朝も「今日はあの先まで」と言われて「えーっ」という繰り返しで10日間かけて5,260mの撮影場所まで辿り着きました。よく“一歩、一歩”という言葉がありますが、まさにそれを実感しました。僕らは映画を撮りに行ったので、そのためにやるべきことが一歩、一歩、歩くことであれば、それをやらなければならないなと思いました。目的は登山ではなく映画撮影なので、そこを間違えていたらうまくいかなかったと思います。
Q 岡田准一さんをはじめ、キャストの方々はエヴェレストでの撮影についてどんな反応だったのでしょう。
A平山秀幸尾野真千子さんは台本も読む前に、まずエヴェレストでの撮影と聞かされて、二つ返事で「行く」と答えたそうです。岡田准一さんは登山もやっているし、カメラも趣味。格闘技もやっているということで運動部的な素養がありました。阿部寛さんは撮影の合間にアイスフォールを見に行っていました。そこは数年前の雪崩事故でシェルパの方々が多数亡くなっていて、阿部さんも「自分はここまでだ」と感じたそうです。
キャストもスタッフもみんなポジティブな気分を持っている人ばかりでした。キツイと思っていると足も動かなくなってしまいますが、状況を楽天的に捉えている人ばかりでした。標高5,200mでの撮影の28日間は風呂に入ることもできない場所でしたが、それも体験として楽しむ強さや覚悟がみんなにありました。
Q 登る前のトレーニングなどはされましたか。
A平山秀幸岡田さんらには僕らが“山屋さん”と呼んでいる山岳部のトップクライマーの方々に指導していただきました。長野で氷壁の訓練をしたり、ボルダリングをやったり。三浦雄一郎さんが代表をされているミウラドルフィンズの低酸素室での訓練をしました。役者はそうですが、僕らスタッフは最初からエヴェレストに行ったのでトレーニングとしてはとくにしていません(笑)。でも、役者のプレッシャーは相当だったと思います。シェルパ役のネパール人の方が高山病になってしまったのと、山梨での撮影で落石が足に当たってしまったスタッフがいましたが、それ以外は大事も無く終えられたので本当に良かったと思っています。
Q 極限の状況での撮影で、役者の違った側面など見えましたか。
A平山秀幸標高5,200mで吹雪いていてマイナス15℃という時に「そこは4歩ではなく3歩で歩いて」みたいな小さな演出は意味が無かったです。そういう環境になると役よりも地が出てきます。岡田さんと役の深町のどちらなのか分からないくらいで、僕にとってそこは今回の撮影の醍醐味の部分でした。今回はエヴェレストでの撮影をしてから、東京での撮影を行いました。東京に戻ってからもエヴェレストでの芝居を踏襲していたので、正解だったなと思います。スケジュールとしては逆の場合もありました。ただ、もし東京での撮影が先だったら、カトマンズでネパール地震(※2015年4月25日に発生)に遭遇していたことになるので、結果的には助かりました。
Q クライマックスは圧巻の一言です。
A平山秀幸本来なら8,800mの所で撮りたい場面ですが、それに少しでも近い環境を、ということでマイナス20℃のセットで撮影しました。岡田さんはもちろん、阿部さんもあの場面は全て自分で演じています。阿部さんがいることで岡田さんの芝居も全然違うものになっているはずです。あの撮影は時間もかけましたが、とにかく寒くて大変でした。
Q ロケ撮影に関する考え方に変化はありましたか。
A平山秀幸ロケとセットはそもそも違いますが、ロケの時にあったものがセットにも欲しいなとは思いました。クライマックスの洞窟のシーンは、ロケ地であるエヴェレストで体験した寒さや風、氷と雪が欲しかったので、そういうセットを作りました。本物の雪でなかったらダメだったと思います。セットでも少しでもヒマラヤの空気を出したいというのは、僕もスタッフも共通の思いでした。映画の中では、その洞窟のシーンの後、ロケで撮ったシーンに戻りますが、やはり開放感はありましたね。ちなみにべースキャンプにいる尾野さんが双眼鏡で岡田さんの姿を確認する場面がありますが、あれは映画の嘘です。実際にはものすごく距離があるので豆粒ほどにも見えないんです。そもそもエヴェレストは異様に大きいんです。山を背景に写真を撮ると、何キロも先にある山がまるで真後ろにあるように見えます。そんな所で細かい演出をしようとすると自分が虚しくなるくらいでした(笑)。普段は引き算の演出ですが、今回はむしろ足し算の演出でした。映画の精神としても、小細工するよりもドンとぶつかる方が良かったなと思います。
Q 岡田さんらと国内組のキャストの方々と、エヴェレストを体験したことでの違いのようなものはありましたか。
A平山秀幸やっぱり行っていない人は“置いて行かれた感”というものは感じていたようで、そこは仕方ない部分ですね。ただ、皆さんプロとしての芝居を見せてくれました。それと時代設定は1990年代の話なので、その時代の空気感のようなものもしっかりと出してくれていました。
Q 撮影後はどんな気持ちになりましたか。
A平山秀幸ラストカットの岡田さんは演じているというよりもほとんどドキュメンタリーに近いです。カットをかけた時、岡田さんは雪の中に仰向けに倒れたんですけど、岡田さんに付いて撮っていたカメラマンも一緒に仰向けに倒れたのが印象的でした。その時のメイクと同じままで東京での撮影に臨もうとしたら、まるでゾンビのようにやつれすぎていました(笑)。それがエヴェレストでは普通に見えるので、やはりエヴェレストはそういうところなんだと思います。
5,200mでの撮影の後、引き続きカトマンズでの撮影があったので、下山はヘリコプターでした。わずか40分で降りてしまったので、もちろんありがたいのですけど、言葉にできないような虚しさがありました。
岡田さんも阿部さんも「また行きたい」と言っていました。自分としても素晴らしい経験でした。
Q 平山秀幸監督からOKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。
A平山秀幸原作の持っている男たちの魂のようなものをちゃんと描きたいと思いました。原作者の夢枕獏さんも仰っていましたが、この作品は男同士の魂の物語であり、「想う」ということが重要なキーワードになっています。キャストや、この映画に携わったネパール人のスタッフも含め、みんなの想いというものが観ている方に伝わればいいなと思います。
■Information
『エヴェレスト 神々の山嶺』
山岳カメラマンの深町は、カトマンドゥでエヴェレスト史上最大の謎を解く可能性を秘めた、ある古いカメラを発見する。失われたフィルムを追ううちに辿り着いた、孤高の天才クライマー、羽生(はぶ)。「山をやらないなら死んだも同じだ」と語り、他人を寄せ付けない人生を送ってきた彼が取り憑かれた、史上初の挑戦とは何なのか?羽生の目的に興味を持ちその過去を調べるうち、深町は彼の凄絶な生き様に飲み込まれていく。そして、羽生に人生を翻弄されながらも愛し続ける女性・涼子と出会う。
標高8,848m、氷点下50℃、呼吸すら困難な極限の世界。その中で、垂直の壁が待ち受ける、これまで誰も成し得なかった過酷な登攀に独り挑む羽生。その挑戦を見届けるため、彼の後を追う深町。男たちは自然の脅威の前に命をさらしながらも、限界を超えて、ただひたすら “世界最高峰”の頂きを目指す。彼らは生きて帰る事が出来るのか?その先には果たして、何があるのか。
原作:夢枕獏「神々の山嶺」(角川文庫・集英社文庫)
監督:平山秀幸
出演:岡田准一、阿部寛、尾野真千子、ピエール瀧 甲本雅裕 風間俊介 テインレィ・ロンドゥップ 佐々木蔵之介
配給:東宝 アスミック・エース
公式サイト:http://everest-movie.jp
(C)2016映画「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会
■Profile
平山秀幸
1950年生まれ、福岡県出身。
1990年『マリアの胃袋』で監督デビュー。その後、『学校の怪談』(95)が大ヒットを記録し、人気シリーズとなる。『愛を乞うひと』(98)で日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめとする国内外の賞を総なめし、米アカデミー賞®外国語映画賞日本代表にも選出される。その後も『ターン』(01)、『OUT』(02)、『レディ・ジョーカー』(04)、『しゃべれどもしゃべれども』(07)、『必死剣 鳥刺し』(10)、『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』などがある。