Vol.547 映画監督 田中圭(『桜の樹の下』)

OKWAVE Stars Vol.547はドキュメンタリー映画『桜の樹の下』(2016年4月2日公開)の田中圭監督へのインタビューをお送りします。

Q 『桜の樹の下』を撮ろうと思ったきっかけをお聞かせください。

A田中圭今回の舞台となっている川崎市の市営団地に別の取材で通っていたことがあって、団地の中で出会うおじいちゃんやおばあちゃんの皆さんが個性的で、生々しいエネルギーを感じていました。それが何なのか気になったのがきっかけです。
最近の団地には、人気もなく静かで、冷たいイメージがありました。それに比べてこの団地には温かさがあって、なぜここは他と違うんだろうと思いました。

Q ドキュメンタリー映画を撮るにあたって、どのように皆さんの懐の中に入っていったのでしょう。

A『桜の樹の下』田中圭最初はそれこそ飛び込みで、団地の中を歩いている方や草刈りをしている方にいきなり声をかけて「映画を撮りたいのですけど」と相談しました(笑)。それで、この映画の中で取り上げさせていただいた一人で、当時、団地自治会の副会長だった川名俊一さんを紹介していただきました。当時は私も学生だったからか、自治会の皆さんも協力的で、撮影があることを団地内に掲示していただいたり、団地の催しがあれば誘っていただいたりしたので、撮影中にも住んでいる方たちから「ご苦労さんだね」と声をかけていただいていました。

Q 撮影に入る時から完成形は見えていましたか。

A田中圭一般的には先に考えて撮り始めるのでしょうけど、私は撮り始めてからどうまとめるかを考えることにしました。最初の1年は週1回くらいのペースで撮りに行っていました。撮影は3年に及びましたが、山形国際ドキュメンタリー映画祭への出品を目標に進めていきました。

Q 映画の前半は団地に暮らす高齢者の方々の生活密着ドキュメントのようでしたが、後半になると、生と死のようなテーマが見えてきます。意図としてはいかがだったのでしょう。

A田中圭高齢化や孤独死といった問題は知識としては持っていて、自治会の会長さんからも「この団地では孤独死が多い」という話をお聞きしていました。ですが、そのテーマに絞らず、何か面白いことが出てこないかなと思いながら撮影を始めました。住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんの生活を追い、皆さんの中には友情が芽生えたり、けんかしたりする出来事もありましたが、そういった些細なことこそ大切にして、最終的には生と死のようなテーマに立ち返っていきました。撮影の途中で、出演者の一人が亡くなられてしまったことも大きかったです。想定していない急な出来事でしたし、出演者さんが死について語ったり、同じ時期に川名さんが「遺言を書こうかな」と言い出したり。それもあってそういったテーマを持った内容になりました。

Q 撮影中に気をつけていたことはありますか。

A『桜の樹の下』田中圭おじいちゃん、おばあちゃんが相手なので、私にできることはなるべくお手伝いするようにしていました。それこそ電球の交換とか(笑)。そうやって自然に仲良くさせていただきましたが、私自身が子どもの頃からおじいちゃん、おばあちゃんっ子だったので、そういうところが伝わったのかなとも思います。

Q 撮影中に自分の数十年後に思いを馳せることはありましたか。

ありました(笑)。私も将来この団地に住んでいるのかなと想像して、私は岩崎さんタイプで関口さんのような友人に世話を焼かれるのもいいかなと思いました(笑)。

Q 膨大な量を撮影したかと思いますが、どのように編集していきましたか。

A田中圭映像の中からこれがいいと思うものを挙げて、その中から骨組みになるようなものを見つけ出して、それを肉づけするような映像を選んでいきました。撮りながら考えていた部分もありますが、この作品の土台になったのは、皆さんの故郷やペットや息子や宗教や友人、何を生きがいにしているかだったので、そういうところが最終的に残っていきました。

Q 完成させた時の率直な感想をお聞かせください。

A田中圭まずは一つの作品にまとめられたことが良かったです。それを出演者に観ていただいて、皆さんにとても喜んでいただけました。
それと同時に、私の脳内の団地と現実のこの団地が離れてしまったような感覚もありました。

Q 山形国際ドキュメンタリー映画祭に正式出品されましたが、反響はいかがでしたか。

A『桜の樹の下』田中圭とても良かったです。2回上映して、2回目は立ち見でも入れない方もいらっしゃるくらいでした。観た方から「撮影の距離感がすごくいい」と言っていただきましたが、あの団地のあの方々だったから、向こうから歩み寄っていただいてできた距離感だったのだろうなと思います。

Q 撮影を経て気づいたことなどお聞かせください。

A田中圭私は生まれてからずっと川崎市で暮らしてきましたが、私の両親も周りもみんな故郷から出てきて川崎に住んでいるので、自分には故郷はないと思っていました。それがあの団地のおじいちゃん、おばあちゃんたちと出会って、故郷を感じさせる何かがあって、いろんな地方から集まって来た人たちの集合体が川崎なんだと思いました。その形があの団地に収まっている姿が面白いなと思いましたし、同時に嬉しい気持ちにもなりました。それで初めて、ここが私の故郷なんだという気持ちにもなりました。

Q 監督が映画を志したきっかけをお聞かせください。

A田中圭両親も映画好きで自分も子どもの頃から映画好きでした。それと家の近所に日本映画学校(※現・日本映画大学)という学校があったのも大きかったです。昔からこの学校に行きたいと親に話していました。その頃は映画学校なんですが農業をやる授業もあって、そういうところにも興味がありました。ドキュメンタリーは映画学校に入ってから観る機会が増えてその面白さに飛びつきました。次もまたドキュメンタリーを撮りたいと思っています。違った場所で違った切り口でおばあちゃんを撮りたいと思っています(笑)。

Q 田中圭監督からOKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。

A田中圭高齢化や孤独死、団地と聞くと暗いイメージや社会派の映画だと思う方も多いと思います。この『桜の樹の下』は全くそうではなく明るくてちょっと笑えるような楽しい映画になっていると思います。ぜひ観に来ていただけたらと思います。

Q田中圭監督からOKWAVEユーザーに質問!

田中圭皆さんは自分のおじいちゃん、おばあちゃんとどのくらいの頻度で会っていますか?

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■Information

『桜の樹の下』

『桜の樹の下』2016年4月2日(土)よりポルポレ東中野ほか全国順次公開

舞台は川崎市にある市営団地。戦前から工業都市として発展した川崎市は、高度経済成長期に多くの労働者を抱え、ベッドタウンとしての宅地開発が進められた。当時の公営住宅は地方から来る若き労働者の、現在は単身高齢者の受け皿となっている。団地の中には歌があり、踊りがあり、笑いがある。孤独を感じながらも楽しく逞しく生き、自らの死とも向き合う高齢者たちには、繰り返される生と死が生活の一部であるかのごとく存在している。

2015年、山形国際ドキュメンタリー映画祭日本プログラムに正式招待され、多くの評判を呼んだ本作の監督は、これが商業デビュー作となる二十代の田中圭。若き女性監督が着目した、小さなコミュニティーで繰り広げられる日常という名の人生劇場からは、生きることへの旺盛なエネルギーが優しく溢れてくる。

監督・編集:田中圭
撮影:前田大和、田中圭
プロデューサー:島田隆一
配給:JyaJya Films

公式サイト:http://www.sakuranokinoshita.com/

©JyaJya Films、だいふく


■Profile

田中圭

田中圭(『桜の樹の下』)1987年生まれ、神奈川県出身。
2013年、日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。訪問介護や結婚式ビデオで収入を得ながら映画を制作する。YIDFF2013のヤマガタ・ラフカット!、YIDFF2015の日本プログラムに参加。本作が初監督作品。