OKWAVE Stars Vol.553はレオナルド・ディカプリオ主演のアカデミー賞受賞作『レヴェナント 蘇えりし者』(2016年4月22日公開)の音楽を担当した坂本龍一さんへのインタビューをお送りします。
また、レオナルド・ディカプリオさんの来日記者会見レポートもあわせてご紹介します。
Q 『レヴェナント 蘇えりし者』の作品のテーマについてどう感じましたか。
A坂本龍一僕は初めて観た時から主役は“自然”だと感じていました。大きな自然の中に、自然から見れば非常に小さな、人間の復讐のドラマがあります。ディカプリオの演じたヒュー・グラスは瀕死の重傷を負いながら、何百キロも生き抜いて復讐を遂げようとする。アメリカやヨーロッパでは「この映画は復讐劇だ」というシンプルな評価もありましたが、僕は復讐の物語よりも、それを手の平に載せて見ているような大きな自然こそがテーマだと思って、音楽もそういうつもりで作りました。
Q 坂本さんご自身も療養中に取り組まれましたが、瀕死の重傷を負った身から復讐を遂げようとする男の物語ということでの音楽への影響は何かあったでしょうか。
A坂本龍一まだ体調が半分くらいしか回復していな時期に依頼されました。自分の体調を回復させることと、この映画の音楽を完成させることを平行してやっていたので、すごくきつかったです。ヒュー・グラスと自分を重ねるようなことはありませんでしたが、復讐という負の感情のために生き残ったという生命力はなかなか面白いなと思いました。ヒュー・グラスを置き去りにした、トム・ハーディが演じたジョン・フィッツジェラルドも一見、悪い男に見えますが、彼なりにこの大自然の中でプラズマティックに生きようとしている人間です。ですので、単純に善人と悪人の戦いではないし、もう少し複雑なテーマの作品だと思います。
Q 音楽の制作はアレハンドロ・G.・イニャリトゥ監督とどんなやり取りで進められたのでしょう。
A坂本龍一監督は細かかったですよ(笑)。最初に映画を観た後に、監督からの意向を聞いて、参考になりそうな音楽も一緒に聴きました。それをヒントに「こういうものは?」というものを聴かせて、彼がどういうものを望んでいるか想像しました。音楽を口で表すのは誰にとっても難しいことです。それを音で表現するのは、言わば翻訳のような作業です。なるべく彼が望んでいることに忠実に音楽で表現しようと、実際にいろいろ作って聴かせるわけです。監督の指示は本当に細かかったです。「この瞬間のディカプリオの表情に合わせて、ここで気持ちがこう変わるから、音もこう変えて」というように。編集が全て終わってそこに音楽をつけるのが理想ですけれど、この映画ではバージョン1から始まって新たなシーンが付け加えられたり、順番が替わって最終的にはバージョン8.5まで変わっていきました。僕らもそのたびに新しい音楽を次々作りながら、作った音楽をシーンに合わせて調整もしなければならなかったので、ある編集版に合わせているうちに次の編集版が来てしまうこともあって、新しい音楽を作る時間が足りなくなり大変でした。
Q 映像だけでなく、音の要素も印象的な作品となりましたが、音に込めた想いをお聞かせください。
A坂本龍一ディカプリオが瀕死の重傷を負って、復讐のため這ってでも前に進もうとします。その時の荒い息遣いも効果音として使われています。広い自然の中で一人取り残された無力感や緊張感によって、自分の息遣いの音以外の周囲の音が聞こえなくなる感覚はあると思います。そういった状況が映画の中で作られていましたので、それに合った音楽を作る必要がありました。そこでいきなり情緒的なメロディが流れたら合いませんから(笑)。広い雪原の中で自分の息遣いの音しか聞こえない、というような場面に合った音楽を作りましたので、間もありますし、音楽としては最小限の動きしかないものもありますが、それも作品のテーマの一つとして最初から意識して作っていました。
Q オーケストラとシンセサイザーやノイズなども重ねた音作りでした。
A坂本龍一僕が作りたかったものでもあるし、監督が望んでいる部分もあります。「電子音と普通の楽器の音を融合させてほしい」というのは最初に監督から強く要望されたことでした。ノイズ的な音楽も、息遣いや風の音の合間に切れ切れ聞こえてくるような、最小限の音の世界を作ろう、という双方のやりたいことが一致した結果ですね。
Q ポピュラー音楽と映画音楽を作る上での違いについてお聞かせください。
A坂本龍一僕の過去の楽曲で歌が入っていなくてもポップスの一種としてヒットしたこともありましたが、ポップスではだいたい歌が入っていますし、ノイズだけの曲がポップスとして扱われたことはないと思いますし、決まった形式がありますので、ポップスの方が狭い枠の中で作られていますね。映画音楽についてですが、僕は映画音楽を劇伴と呼ばれるのが嫌いです。映画音楽は本当に幅広い可能性があります。ノイズだけで構成することもあるでしょうし、全く音楽がないものもあります。ポップスやジャズが使われることもあるだろうし、古今東西あらゆる音楽を使う可能性もあります。逆に言えば、映画音楽にはこうしなければならないというルールが無いのです。そう考えると、ポップスの方がルールに縛られているなとずい分前から感じています。ただ、実際に音を作る作業としては似た要素は多いですよ。
Q 坂本龍一さんからの『レヴェナント 蘇えりし者』の見どころなどお聞かせください。
A坂本龍一それは難しいですね(笑)。自分のアルバムでも「どう聴くのがよいか?」などと聞かれても「聴く人の自由だ」としか答えられません。映画の楽しみ方も自由ですので、2時間36分、目を閉じて楽しむのも良いと思います(笑)。監督も僕らも予想しない楽しみ方を見出すこともあるだろうし、むしろその方が楽しいと思います。
スクリーンに見えているものだけが映画ではなくて、見えていない所にもいろいろな人の関わりや技術が織り込まれています。見えているのは雪原の中のたった独りのディカプリオかもしれませんが、それを撮るために様々な技術や作業が含まれています。カメラに興味のある人なら、カメラワークやシーンのつながりに注目してもいいと思います。音楽、キャスト、ストーリー、そしてその全てを統括するのが監督です。どこを見ても楽しいと思いますし、むしろ観ていただいてここが楽しかったと教えてほしいですね(笑)。
■Information
『レヴェナント 蘇えりし者』
2016年4月22日(金)TOHOシネマズ 日劇他 全国ロードショー
舞台は19世紀のアメリカの、広大な未開拓の荒野。狩猟中に熊に喉を裂かれ瀕死の重傷を負ったハンターのヒュー・グラスは、狩猟チームメンバーの一人、ジョン・フィッツジェラルドに見捨てられ置き去りにされてしまう。さらに反抗したグラスの息子までもフィッツジェラルドは容赦なく殺してしまった。
グラスは“生きる”という純然たる意志だけを武器に、大自然の脅威の中、厳しい冬の寒さに耐え、交戦中の部族の熾烈な襲撃を交わし、フィッツジェラルドに復讐を果たすため、約300キロの容赦ない旅を生き延びなければならない。彼は、生き延びることが出来るのか…。
監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ(『バベル』、『バードマン あるいは (無知がもたらす予期せぬ奇跡)』)
出演:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディ、ドーナル・グリーソン、ウィル・ポールター
配給:20世紀フォックス映画
公式サイト:http://www.foxmovies-jp.com/revenant/
(C) 2015 Twentieth Century Fox Film Corporation. All Rights Reserved.
■Profile
坂本龍一
1952年1月17日、東京生まれ。
1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年、YMOを結成。散開後も多方面で活躍。『戦場のメリークリスマス』で英国アカデミー賞他を、『ラストエンペラー』にてアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞他を受賞。常に革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的評価を得ている。環境や平和、原発問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」や東日本大震災被災地の子供たちと音楽を通じて交流する「東北ユースオーケストラ」の活動も行っている。2014年7月、中咽頭癌の罹患を発表し治療・療養に入ったが、2015年8月に復帰を果たした。