Vol.570 福森伸、茂木綾子(『幸福は日々の中に。』)

OKWAVE Stars Vol.570は知的障がい者施設鹿児島しょうぶ学園の日常を綴った『幸福は日々の中に。』(2016年7月2日公開)の福森伸施設長と茂木綾子監督へのインタビューをお送りします。

Q 映画化のきっかけについてお聞かせください。

A茂木綾子私と夫のヴェルナーがプロデューサーの相澤久美さんから鹿児島しょうぶ学園のことを紹介されて、園生が参加するotto&orabuのライブを観に行ったのがきっかけです。雨の中、鹿児島のデパートの屋上で開催されたライブを私は前情報なく観たのですが、ヴェルナーさんは何か心に触れるものがあったのか、1、2曲目から傘を振り回して一緒になって踊っていました。私も今までに見たことも聞いたこともない何かだと思って、すごく衝撃を受けました。障がいのある園生の方々は思うまま力いっぱいやっていましたし、職員の方たちも絶叫していて、「?」が浮かぶ一方で、音楽の原点のような、お祭りのトランスするような感覚になりました。
その後、福森さんともお話をさせていただいて、しょうぶ学園に滞在しましたが、学園の中は何もかもが新鮮に映りました。ヴェルナーさんはライブを観た時にすぐに「僕は映画を撮るから」と宣言していました。

福森伸映画にするという話を聞いた時は「あ、そう」という感じでした。僕らは演技をするわけではないから、入ってくる分にはいいですよと。最初はそのくらいの気持ちでしたね。

Q 取材なども含め、しょうぶ学園はカメラを向けられることは多いでしょうか。

A福森伸インタビューは多いです。鹿児島なのでメディアの数が多いわけではないですが、今年はNHKとラジオ番組で取り上げてもらいましたし、他の地方からの取材も多いです。

Q 撮影の時に、園生の皆さんの反応はいかがだったのでしょう。

A『幸せは日々の中に。』福森伸そんなに気にしてはいなかったです。

茂木綾子カメラを向ける時に福森さんに一緒にいていただいたので、そういう信頼もあったとは思います。

福森伸みんな写真を撮られるのが好きですし、いつも自分が作った作品を見ろという感じです。僕らだったら自分で作った作品を出来が良くてもあまり他人に見せたりはしませんが、彼らは全部いい作品だと思っているので「見てくれ、撮ってくれ」と。でも、そうなってきたのは最近ですね。自分を表明することを臆さなくなりました。今まではそういうことをすると「違うでしょ」と言われてきたので、理由は分からなくても萎縮してしまっていたわけです。学園ではそれを取り払ってきました。自分が考えたことをダイレクトに外に発信できるようになったので、撮ってほしい人はそう言うし、撮ってほしくない人は拒絶するので分かりやすいです。だから映画の中でNGなものはなかったです。

Q 撮影にあたって、事前に何か撮影テーマのような狙いなどはあったのでしょうか。

A茂木綾子とくにないですね。最初のインパクトと感動があったので、それが何なのかを知りたいという気持ちが強かったです。すぐに分かるものでもないだろうから時間をかけて、外側からではなく、なるべく同じ目線で、しょうぶ学園の中で暮らしている園生と近いところから撮りたいと思いました。

Q 映画の中では園生へのインタビューが多く見られますが、その時の皆さんの様子はいかがだったでしょう。

A『幸せは日々の中に。』茂木綾子福森さんと一緒に回っている時に話を聞きたいなと皆さんに声をかけました。こちらが求めている答えが返ってくるわけではないので、そこで何を話すかは撮ってみるまで分かりませんでした。

福森伸言われた言葉は半分くらい分かっていて、ニュアンスで返すので的確な答えではないけれど、やり取りしている事自体を喜んでいましたね。やり取りの内容を全て理解しているわけではないので、その時の自分の気持ちを返すんです。僕は彼らとずっと接しているので何を言っているのか分かりますが、初めて会う人は何を言っているのか分からないと思います。「運転免許の勉強をしています」と言い出して、「何でですか」と聞いたら「分かりません」と答えてくる(笑)。でも彼らにとっては嘘ではないんです。

茂木綾子ナンセンスなんだけど本当のことを言っているんですよね。庭で動物を撮っていたら勝手にカメラに入ってきて歌を歌い出したり(笑)。本当に面白いです。

福森伸ある人が「otto&orabuは世界に行けるんじゃないですか」と話していたのを覚えていて、ある時突然「僕らは世界に行きますから」と言い出して、どんどん話が大きくなっていくんですけど、園生のそういう空想か妄想かという空気感がこの映画には撮られています。“障がい者ががんばってます”というものではないです。なので、茂木さんとヴェルナーさんが撮る内容には何の心配もしなかったです。“障がいを乗り越えて社会に復帰する”ということを僕はやっていないので、そういうジャンルの映画でもないですね。

Q otto&orabuはどのようなやり方で園生が参加して音楽を作っていくのでしょう。

A福森伸13~14年前に始めた頃は違うやり方をしていましたが、最近は、まずビデオでヒントになるものを見せて一緒にやるところから始めています。手を打ったり、雨の音をイメージして音を出したりして、そこから音のつながりになりそうなものを見つけていきます。もしくはメロディをいくつか誰かに弾いてもらって、その合間に雨や風や光というイメージで園生が出す音のパートを加えたりしています。遊びの中からヒントがあって、それを組み合わせて作って、また合わせて変更したり、だいたい1ヶ月くらいかけて作っていきます。

茂木綾子見ていて音楽を作っているというよりも掛け合いが面白かったです。園生がぼやっとしている時の福森さんの注意を惹かせるやり方なども面白いんです。いつもみんな楽しんでいるなと。そういう空気感なので、毎回行くたびに癒やされますし、気持ちも楽になりますね。

Q 園生の方々は音楽そのものとみんなが集まることとどちらに興味があるのでしょう。

A『幸せは日々の中に。』福森伸両方あると思いますが、音楽というよりは音そのものです。音を出す、ということは調子に乗るということですし、五感の中では耳で聞いて反応するという大事なことだと思います。きれいな音、嫌な音、聴く人それぞれですけど、面白みのところではみんな共通だと思います。職員の出す音と彼らの出す音はだいぶ違います。僕らはうまくやろうとしますけど、彼らは音を出すことが楽しいので、ひとつのグループを作ってひとつの目標に向かって音楽を作りましょう、ということではないです。みんな考えが違ってもいい。職員でも以前は強制的に参加させていたからやる気のあまりない人もいました。それでも最近は気持ちが近くはなってきましたね。このようになるだろうという予測があってできたものよりも、予想しなかったものの方が面白いです。練習風景の映像になっている部分はうまくいったときのものですけど、音も出さずに30分話しているだけの時もあります。

Q 絵を描いている園生の方もいますね。

A福森伸延々と描いていて、たまに違うものを描いたりもしています。今日僕が着ているTシャツは園生が描いてフジロックフェスティバルに提供しているものです。

茂木綾子出演はしないんですか。

福森伸話はありましたけど、園生の体力的にはハードなので見送りました。メンバーの園生の平均年齢が40代後半なので移動も大変ですので。

Q 撮っていて、園生との距離や、障がいというものに対する意識の変化などありましたか。

A茂木綾子しょうぶ学園に行って園生のみなさんと仲良くなってからは、電車の中などで障がいのある方を見かけても自分とは違うと思うような気持ちは薄まりました。

Q 福森さんの言葉で「社会に復帰させるのではなく、園で楽しく過ごせばいい」というところが印象的でした。

A『幸せは日々の中に。』福森伸映画の中で「リハビリ」と言ったのは、元々は社会に復帰させるための訓練をさせる社会復帰施設の立場だからです。音楽で言えば、皆がやるような音楽をできるようになるのが健常の証、ということになります。親にとっては子どもが普通の人のようにできないことが嘆きです。でも芸術は人のようにやらないことがひとつのステイタスです。彼らは元々新しいものを持っているということに気づいたので、僕はリハビリをやめることにしました。社会に合わせていくことは面白く無くする、ということです。でもその社会は面白くない人たちが支えています。だから「面白い人たちを守る」ということが彼らにとって幸せなことだと、徐々に考えが変わっていきました。僕は30年ここで働いてそういう考えに至りましたが、やはり今でも反対にあいます。同じような仲間がいないので負けてしまうこともありますが、第三者が「それでいいんじゃないか」と言ってくれることが力になります。この映画もそのひとつです。そういう見方をしてくれる人がいることで自分は間違っていないと思えて喜んでいるところが僕自身あります。だからこそ「リハビリさせない」と言えるようになりました。障がい者が地域で暮らせるのが幸せであればいいけれど、苦しんでいる人もいます。本当は苦しいのに「楽しい」と彼らは言ってしまいます。そういう人たちのために、この施設ではドレミの音階がないような音楽をやってもいいんじゃないかと。そういう音楽をみんなが認めなかったり「障がい者ががんばっているね」と言われるのが悔しくて、感動できるものをやってきました。otto&orabuが評価されて、ここまで広がるとは思いませんでしたが、そういう気持ちを確信させてもらえたのがありがたかったです。園生もそれが楽しいなら、広い世界にわざわざ行かなくてもいいんじゃないか、という感覚を、僕自身、日々学んでいます。僕は福祉の現場の立場なので、こうやって映画で正しく伝えてもらえてありがたいです。

茂木綾子芸術というものを考えた時に、私も世の中にそんなに合わせられるタイプではないです。それを何とか合わせながら映画を作ってきました。ヴェルナーさんは私の何倍も世の中に合わせられなくて、一緒に住んでいても迷惑な面もありますが(笑)、それは彼の中から出てくるエネルギーのようなものです。それを止めようとするとすごく怒るのでこれまでは何となくやり過ごしていました。しょうぶ学園に来てみて、ヴェルナーさんのことを考えてみると、世の中に合わせられないのがいけないと思う方が良くないんだと気づきました。

福森伸ヴェルナーは学園にいる時はいつもにこにこして穏やかだよ。

茂木綾子そうなんです(笑)。自分とそっくりな人たちが自分よりもっとパワフルに地で生きているのを見て安心するみたいです。福森さんがしょうぶ学園のみんなと接するみたいに私もヴェルナーさんに接すればいいんだと思いました。全てを肯定する気持ちを学ばせてもらった気がします。この映画を撮ってそういう刺激を受けました。

Q 映画を観て、しょうぶ学園の関係者の方などの反応はいかがでしたか。

A『幸せは日々の中に。』福森伸僕の家族はいい映画だったと言ってくれました。園生の家族の方たちも、普段の彼らの様子を見ているわけではないので、学園であたたかく過ごしていて良かった、という声が多かったですね。

茂木綾子園生のご家族向けの上映会では上映中みんなずっと笑っていて、終わったらお母さん方は笑いと涙で、お笑いの舞台を観に行ったような感情を出していただけて私たちにとっても特別な気持ちにさせられました。

Q OKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。

A福森伸僕は最近“I Love Me.”と言っています。彼らは自分のことが好きです。でも僕らはあまり自分のことを好きではない中にいる気がしています。もっと自分を好きになればいいかもしれないということを、彼らからもらいました。
昨年、工房しょうぶ「LOVE ME」展という展覧会を開いたんです。ある職員が企画して学園の障がいの重い人たちの作ったものを作品として展示したいと言ってきたのがきっかけです。僕が「それは見せるべきではない」と言ったらその職員は泣きながら「何で差別するんですか」と言うので「見せるものは僕が決める」と言いました。何でも見せてしまうと“障がい者アート”になってしまうので、「あなたのグループを紹介するつもりで、みんなのこだわっている作品を一点ずつ出しなさい」と。その職員は「私は彼らの作品を世に出したいんです」と言っていたので、「それは彼らのことを思ってのことではなく“I Love Me.”だね」と。「LOVE ME」展というタイトルなので、むしろその職員に向けた皮肉のようなものです(笑)。

茂木綾子この映画は自分がハッピーではないと思っている人が観たら楽になれるんじゃないかと思います。

福森伸今日久々に映画を観て、僕は幸せの中にいるんだと思いました(笑)。園長としていながら、園生に頭や髭を撫でられて、僕があの場に浸っているんだなと。

茂木綾子ヴェルナーさんは「愛が育つ映画であってほしい」と言っていました。初めてステージに上がる彼らを見た時は何かやらされるのかなと思ったようですが、そうではなかったので、自分も一緒になって楽しんでいたと。彼らのことが大好きになって撮影に通い続けたということです。映画を観ている間に園生への愛が育って、日常に戻った時もそういう気持ちを持ち続けたら嬉しいとのことでした。

Q福森伸さんと茂木綾子監督からOKWAVEユーザーに質問!

福森伸みなさんは自分のことは好きですか。

茂木綾子みなさんが恥ずかしいと思うことは何ですか。

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■Information

『幸福な日々の中に。』

『幸せは日々の中に。』2016年7月2日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー、全国順次公開

園生が楽器を弾き、叩き、叫ぶotto&orabu、ひたすら布と糸と遊ぶnui project、そして魅力に溢れた多様なクラフトワーク。美しい園内には、アトリエに加えて、カフェレストラン、ベーカリー、蕎麦屋が点在し、今日も園外からのお客様が引きも切らない。ここには、これまで私たちが見たことがない風景が広がっている。2014夏に開催された東京都美術館の展示における衝撃はいまだ記憶に新しい、鹿児島しょうぶ学園。きれい事ではすまされない福祉事業の運営において、しょうぶ学園が取り組んできた活動は、今を生きる私たちにさまざまな問いを投げ掛ける。普通ってなに?優しさってなに?90年代に伝説となったインディペンデント映画『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』を制作したドイツ人映像作家ヴェルナー・ペンツェルと、『島の色静かな声』(08)を制作し、写真家でもある茂木綾子による共同監督作品。

監督・脚本・撮影:茂木綾子、ヴェルナー・ペンツェル
配給:silent voice

http://silentvoice.jp/whilewekissthesky/

© silent voice/werner penzel film production


■Profile
福森伸、茂木綾子『幸せは日々の中に。』

福森伸

1959年鹿児島生まれ。
知的障がい者施設しょうぶ学園施設長。
日本体育大学卒。82年単身アメリカを放浪滞在。85年障がい者施設の中に「工房しょうぶ」を設立。工芸・芸術・音楽等、知的障がいを持つ人のさまざまな表現活動を通じて多岐にわたる社会との活動をプロデュース。縫う事に拘ったプロジェクト「nui project」が国内外で高い評価を受け、個展を開催。また音パフォーマンス集団「otto&orabu」は全国のイベントなどでライブ活動を行っている。

www.shobu.jp

茂木綾子

1969年北海道生まれ。
東京藝術大学デザイン科中退。92年キャノン写真新世紀荒木賞受賞。97年よりミュンヘン、06年よりスイスのラコルビエールに暮らし、ジュパジュカンパニーを設立。多彩なアーティストを招待し、生活、製作、交流を実験的に行うプロジェクトを企画実施。09年淡路島へ移住し、アーティストコミュニティ「ノマド村」をヴェルナー・ペンツェルと共に立ち上げ、様々な活動を展開。06年、10年に雑誌『COYOTE』でフォトエッセイ「CARAVAN LOST」を連載。09年よりArt Gallery MISAKO & ROSEN所属。個展、グループ展など多数。13年写真集「travelling tree」を赤々舎から出版。映像・映画作品:『IN THE COUCH』(96)、『SUITCASE BABY』(00)、『風にきく』(02)はスイス二ヨン国際ドキュメンタリー映画祭特別賞、ミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭、台湾国際ドキュメンタリー映画祭出品、『FOR FAMILY』(04)、『島の色静かな声』(08)東京国際映画祭natural TIFF正式公開作品、ニヨン国際映画祭テンデンス部門出品、ドクフェストミュンヘン国際ドキュメンタリー映画祭出品、カナダモントリオール国際ドキュメンタリー映画祭出品。