OKWAVE Stars Vol.586は『ストリート・オーケストラ』(2016年8月13日公開)のセルジオ・マシャード監督へのインタビューをお送りします。
Q 『ストリート・オーケストラ』を撮ることになったきっかけについてお聞かせください。
Aセルジオ・マシャードプロデューサーからこの企画に声をかけられたことが直接のきっかけですが、エリオポリス交響楽団のことは以前から知っていました。プロデューサーに声をかけられて、エリオポリス交響楽団を生み出したバカレリ協会を見学に行きましたが、そこでの経験が大きかったです。そこは感心ばかりしてしまう所でした。若い人たちを音楽で変えていくということを目の当たりにしました。若者だけではなく、その家族、おじいさんやおばあさんの世代にまで影響を与えているプロジェクトなのだと思いました。
この企画を映画にする上では、僕の母がファゴットを、父がピアノの演奏家でもあるので、彼らへのオマージュの気持ち、そして希望を与える映画を作りたいという思いがありました。ブラジルでは、いろいろな問題が山積していますが、ブラジルを変えようとがんばっている人がたくさんいることも見せたいと思いました。
Q ヴァイオリン教師を務める主人公ラエルチの心の成長という側面もありますが、彼のことをどう描こうと思いましたか。
Aセルジオ・マシャードラエルチが教師としてファヴェーラ(スラム街)の生徒たちに何かを与えることよりも、ラエルチが彼らからどんな影響を受けるのかということに関心を持っていました。ラエルチは僕自身のことも考えながら作ったところがあります。脚本を書いていて自分に対して自信を失いかけていたことが以前にありました。自分は映画を作ることしかできないし、もし自分が映画を作ることができなくなったらどうなるのだろう、と悩んでいた時期があります。そんな自分の心象をキャラクターに反映させました。ラエルチは小さな頃からヴァイオリン奏者になることを夢見ていて、周りからの期待のプレッシャーも大きく、オーケストラのオーディションでは怖くなって演奏できなくなってしまいます。そんな彼にファヴェーラがもたらす変化や成長の物語を描きたいと思いました。
Q ラエルチを演じたラザロ・ハーモスにはどんなところを期待しましたか。
Aセルジオ・マシャード彼とは15年来の親友です。最初は主人公ではなくその友人役でオファーしました。当初、彼を主人公に考えなかったのは自分をイメージして主人公を書いていたので白人を想定していたからです。どちらかと言えば僕の撮った『Lower City』にラザロと一緒に出演していたワグネル・モウラをイメージしていましたが、ラザロは「最初で最後のお願いだけれど、これは“僕の映画”だからぜひ出たいんだ」と言ってきました。ラザロ自身、母を幼くして亡くして貧しい環境で育って、ある先生と出会ったことでその環境を抜け出して俳優になったという経緯があります。今や大スターでいわばブラジル版の三船敏郎さんのような人物です(笑)。彼にそう言われて最初は逡巡しましたが結果的には良かったです。彼を起用したことでこの映画はさらに深遠な内容になったと思います。ラザロもファヴェーラの出身ですし、生徒役の子どもたちもファヴェーラの出身です。子どもたちはラザロに未来の自分の姿を見ただろうし、ラザロもまたかつての自分と向き合う機会になったので、彼らには厚い絆が生まれました。それがある意味この作品の一番の魅力だと思います。
ラザロに期待したことは、彼自身のエッセンスをキャラクターにもたらしてほしいということでした。そうすることで、キャラクターが真に迫ったものになります。ですので、演じるというよりもそこに居て、自分自身としてリアクションしてほしいと言いました。
ちなみに、僕は役者を驚かせるのが好きなので、ラザロに指示した演出プランは生徒役の子たちには伝えなかったし、逆にラザロには伝えずに生徒役の子たちにだけ伝えた演出もあります。ですので現場はいつもサプライズでした(笑)。脚本や台詞を頭に入れてくるだけではなく、アドリブ奨励というか、自分の個性を活かしながら演じてそこに存在してほしいと思っているのです。これは今回の映画に限らずいつもそうですね。
Q 生徒役の演技もリアルでしたが、生徒役の若者たちに期待したことは何でしょう。
Aセルジオ・マシャード基本的には役者の皆さんはどんなことが起きてもオープンでいてほしいと思っています。『Lower City』にはアリシー・ブラガという今では世界的な女優に成長した方が出演しましたが、当時は演技経験も少なく、共演のラザロとワグネルはすでに大スターでした。彼女からどう演じていいかわからないと相談を受けた際に僕は「自分でいればいい。僕を信頼して山頂から飛び降りればいい」と答えました。これがいい例で、声をかけて共に模索しながらなぜこの役なのかとかどう役を動かしていくのかを考えていくことが好きです。僕はブラジル人の自由さも持っていますが、日本人の真面目な気質も持ち合わせているようで、キャラクターの設定を500ページに渡って書くくらい綿密に準備します。ですが撮影が始まれば何が起きてもオープンな気持ちでいます。生徒役のみんなには「オープンな気持ちで撮影を楽しもう」と言いました。眼鏡をかけた生徒役のジョアビ君はシャイで真面目な子です。ラエルチに「何で集中していないんだ!」と怒られてしまいますが、これは事前の脚本にはなく、現場で彼には伝えずラザロにそうするように言いました。むしろ真面目な彼があの中で一番集中していたと思うので、「まさか僕が!」といった自然発生的な驚きが生まれました。別の生徒役でジョークを飛ばす面白い子がいたので、ラザロには内緒で「ラエルチに不意にジョークを言って」と伝えてやってもらいました。そういうやり方が多かったです。
Q 生徒役には実際にバカレリ協会で学ばれている方も何名か出演されてはいますが、演奏の練習にはどのくらい時間を掛けたのでしょう。
Aセルジオ・マシャード撮影開始まで1年計画が遅れてしまったため、その期間に彼らにはバカレリ協会でレッスンを受け続けてもらいました。ラザロも生徒役の子たちもすごく上達ました。フェヴェーラ出身の少年たち、と聞くとみんなやんちゃで言うことを聞かないイメージもあるかもしれませんが、みんな真剣で規律もあって一生懸命だったので、それが撮影や演奏にも表れていると思います。
Q セルジオ・マシャード監督からOKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。
Aセルジオ・マシャード今回の来日という体験に僕は感激していて、またすぐにでも日本に来たいと思っているくらいです。元々、日本の文化や食が大好きで毎週一度は日本食を食べるくらいですし、日本の映画を100本以上所有しています。映画のいいところは異なる文化に触れることができることです。その違いも見えてきますが、大切なものは同じだということを確認できるのも映画の魅力です。心をオープンにさえすれば、そういう部分を見つけたり、キャラクターの中に良い部分を見つけることができます。ぜひこの『ストリート・オーケストラ』を心をオープンにして観ていただければと思います。
Qセルジオ・マシャード監督からOKWAVEユーザーに質問!
セルジオ・マシャード終盤に生徒たちが彼らの友人のために「マタイの受難曲 BMV.244」を演奏します。誰の曲か皆さんは知っていますか?
■Information
『ストリート・オーケストラ』
2016年8月13日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町他 全国順次ロードショー
憧れのサンパウロ交響楽団のオーディションに落ちたヴァイオリニストのラエルチは、失意のなか生活のためにスラム街の学校で音楽教師を始めるが、5分たりとも静かにできない子供たちに愕然とする。ある時、ギャングに襲われたラエルチは、見事な演奏で逆襲する。感動したギャングが銃をおろしたと聞いた子供たちは、暴力以外に人を変える力があることを知る。やがて子供たちは音楽の与えてくれる喜びに気付き、ラエルチもまた情熱を取り戻す。
そんな矢先、校長から次の演奏会で最高の演奏ができなければ、学校の存続は難しいと告げられる。一世一代のステージにしようと張り切るラエルチと子供たちに、思わぬ事件が待ち受けていた。
監督・脚本:セルジオ・マシャード
出演:ラザロ・ハーモス、カイケ・ジェズース、サンドラ・コルベローニ
特別出演:サンパウロ交響楽団、エリオポリス交響楽団
配給:GAGA
公式サイト:gaga.ne.jp/street
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■Profile
セルジオ・マシャード
1968年、ブラジル、バイーア州生まれ。
ブラジルを代表する映画『セントラル・ステーション』(98)と『ビハインド・ザ・サン』(02)で、助監督を務める。その後、『Onde a Terra Acaba』(02)で監督を務め、リオ、ハバナと、ビアリッツ映画祭で最優秀ドキュメンタリーに選ばれた。初の長編フィクション『Lower City』(05)では、カンヌ国際映画祭の「Award of the Youth」を含め18もの賞を受賞するなど世界でその実力が認められている。08年にはHBOのシリーズ物語「Alice」の監督を務めるなど映画のみならず、テレビ界でもその名を知られている。15年には、本作だけでなく、ドキュメンタリー『Aqui Deste Lugar』を完成させるなど、今後が最も期待される監督。