OKWAVE Stars Vol.604は2015年香港映画年間興収No.1の実話を基にした感動作『小さな園の大きな奇跡』(2016年11月5日公開)のエイドリアン・クワン監督と脚本のハンナ・チャンさんへのインタビューをお送りします。
Q ルイ園長とこの幼稚園のことは実際にはいつ頃に香港で話題になったのでしょうか。
Aエイドリアン・クワン2009年です。最初は幼稚園の理事長が4,500香港ドルで園長を募集している、というニュースで、そんな安い給料ではおそらく誰も応募なんかしないだろうとみんな笑っていました。そして3~4ヶ月経ってルイ先生が応募したということが報じられて、私たちも新聞記事で知ったのです。
Q そのニュースを見た時はどんな感想を抱きましたか。
Aエイドリアン・クワン香港は少子化を迎えています。とくに幼稚園がどんどん閉鎖されていく時代です。それを仕方がないことだと思っていました。新聞記事を見た時、私はなぜルイ先生が5人のためにがんばろうとしたのか疑問でした。ルイ先生はそれまで500人もの児童がいる有名幼稚園の園長を務めていたので、たった5人のためになぜそのようなことができるのだろうと。
この作品に共同脚本家として関わっているハンナは心理カウンセラーで、10年来、行動を共にしてきましたが、私たちは社会を良くしたいという気持ちを持っていました。このニュースを聞いた後、私たちは恵まれない家庭を助ける慈善団体の仕事を1年間しました。その1年間で、どんな子どもでも重要な人生を送っているのだと気付かされました。
ハンナ・チャン最近、世界では幸福を得るためにはどんな行動をすべきかというリサーチが進んでいて、最も幸福な人たちは自らを他人や社会のために尽くす人たちだという結果が出ています。他の人のために貢献するということが幸福の鍵ということです。つまり使命感や情熱をもって何かに取り組むことが大切だということなのです。心理カウンセラーとして私は今30人以上の方を看ていますが、セラピーの最終段階ではどの患者にも、何かボランティア活動をすることを勧めています。
ルイ先生のエピソードで私が感動したのは、少ない報酬でその仕事を引き受けたことよりも、子どもたちと共にいようとするその志です。5人の子どもたちに、私はあなたたちと一緒にいるよ、というメッセージを出し続けていました。社会にとって重要なことはたくさんの人が社会に貢献していくことで、子どもたちが自分たちは愛されているという承認要求を満たされることにあるのだと思います。
Q 映画化に向けてどのようなことに気をつけましたか。また、どの程度脚色をされたのでしょう。
Aエイドリアン・クワンストーリーのほとんどは現実に即しています。映画化で難しかったのは、いちばん重要なことが何なのか、その要素を見出すことでした。ルイ先生の困難な課題への挑戦は、2時間の映画に収められるようなものではありませんでした。私自身にとって感動的だったのは、卒園式のシーンです。これをこの映画の最後に持ってこようと考えました。
私たちが初めてルイ先生に会ったのは2013年です。卒園式の様子を見させていただきました。その年は15人くらいが卒園して、その様子に私は号泣してしまいました。おそらく2009年の卒園式はもっと心が震えただろうなと思います。卒園児はひとりだけですし、ルイ先生がたとえひとりでも卒園式をやるということを約束していたからです。今でも思い出して涙が出てしまうのです。
Q ルイ先生を演じたミリアム・ヨンとその夫役のルイス・クー、そして5人の園児役の子たちへの演出についてお聞かせください。
Aエイドリアン・クワンミリアムはルイ先生に何度か会ってもらっていたので、彼女はどんな演技をしようか探りながら先生との会話を交わしていたと思います。ルイス・クーにはこの映画では自然な芝居をしたいという話をしました。オフィスで彼に初めて会った時、面会時間を30分もらいましたが、3ヶ月後に彼と再会したら「君の話は最初の5分しかわからなかったよ」と言われました。「後の25分は君はずっと泣いていたからね!」と。でも、それでどんな映画になるか伝わったようです。心が出発点の映画を目指していたということです。彼らは誇張的な演技は必要ないとすぐに理解してくれました。FBIなどではない普通の夫婦の日常を演じることを理解して演じてくれました。
ハンナ・チャン子どもたちのキャスティングは400人以上の中からオーディションで選びました。最終候補には10人を選んで、2ヶ月に渡って共に過ごしました。その2ヶ月は演技指導ではなく、私たちがどんな使命感をもってこの映画を作ろうとしているのかを知ってもらうことに費やしました。香港にはこういう境遇の子どもたちがいるということを幼い子どもたちにも分かってもらいたかったのです。そんなハートを彼女らは感じてくれて、私たちの情熱に感染してくれたのだと思います。なので、重要なのは演技の技術ではなく、他の人と一緒に共感することを身に着けてもらうことでした。涙はどれも演技ではなく本当の涙です。実話としての園児たちの話を分かち合うことで、子役のみんなはその境遇を理解してくれたのだと思います。
Q 撮影のエピソードをお聞かせください。特に苦労したところはどのシーンでしょう?
Aエイドリアン・クワン大雨のシーンですね。個人的にも大変なシーンでした。両親をなくした園児チュチュが雨に向かって手を出すシークエンスを100回くらい練習してもらいました。これまで雨が怖かったチュチュが初めて雨に手を差し出す気持ちをつかむためです。演じたケイラ・ワンは育ちのいい家庭の子でしたので、親を亡くすという経験はもちろん知りません。それで私の話をしました。私は母を亡くしていて、母のことを思い出すと必ず泣いてしまうのですが、話しているうちに彼女も一緒に泣いてくれました。最初「監督、泣いてるの?」と聞かれたので「家族を亡くすというのはそういうことだよ」と答えました。彼女は僕に共感してくれました。このシーンを見返すときに私は自分の母親のことを思い出してしまうので、つい泣いてしまいます。
ハンナ・チャン私は卒園式のシーンです。卒園するカカ役の子と時間を共にしながら、卒園式でのカカの感情の変遷を細かく説明しました。段階ごとに感情の変化があるのですが、非常に頭の良い子で、ぴったりに感情を合わせてくれたので、みんな驚きました。
エイドリアン・クワン卒園式のシーンは重要なシーンですので、爆破シーン並みに用意周到に挑みました。カメラマンにはリハーサル無し、1テイク1ショット、ノーカットだと伝えました。非常に長いセリフがありますが、一発撮りでいくぞと。5歳の子どもたちの芝居ですからカメラマンからは本当にできるのかと聞かれましたが、私は子どもたちを信じていたので絶対できると答えました。午後3時くらいからの撮影でしたが、その前の2時間、ハンナはカカ役の子をずっと抱きしめていました。その間、外部の人は誰も二人に話しかけることはできませんでした。一発撮りで行かないと自然な感じは出せないので大きなリスクを背負っていましたが、ハンナとカカ役のフー・シュンインには200%の信頼を置いていました。この撮影の時、俳優は皆揃っていて、カメラに映らない俳優もその場に静かに座っていました。カメラ4台で撮影しましたが、どの瞬間も永遠のように感じられました。終わった後は全員で泣きました。考えられないような体験でした。
Q この映画を作り終えて改めて気づいたことや発見したことはありますか。
Aエイドリアン・クワンこういったポジティブなエネルギーを生み出す映画を作ることには非常に価値があるという確証を得ました。これからも続けていく勇気を与えられましたね。
ハンナ・チャンこの映画の成功は私たちに大きな力を与えてくれました。この映画は香港ではカテゴリー1という誰でも観ることができるカテゴリーの作品です。それまでカテゴリー1の映画は観客が観ないと思われていました。それが年間興行成績1位ですので、奇跡のようでもあり、観客にとっても驚きだったと思います。愛と希望というメッセージを映画を通して発信し続けることが良いことだという勇気を得られました。
エイドリアン・クワン香港で上映中に面白い出来事がありました。ある劇場で上映後にトークショーを開くことになって、映画館で上映が終わるのを待っていました。そこに映画館のスタッフのおじいさんが通りがかって「この映画を観るのかい?」と聞かれました。「そうだね」と言うと「絶対観た方がいいよ。この映画を観ると誰もが夢を持つべきなんだと思えるんだから。ハンカチを忘れずにね!」と言われました。この方は自分が観終わった後に他の人に勇気を与える行動を知ったのだと思います。これを光栄に思っています。映画から得たものをまた次の人に伝えていくという分かち合いの精神に感動しています。こういう映画を作り続けなければという勇気を得ました。
Q 監督はこの取材中にも思わず涙がこぼれてしまていますが、どう思いますか。
※監督はお話いただいている間、何度も感極まっていらっしゃいました!
Aハンナ・チャン監督の気持ちは良く理解できます。愛や希望についての話をしている時、監督は感動しやすいタイプなので涙を見せます。彼の涙は悲しみの涙ではなく、感動の涙なのだと思います。監督というものにはそういうスタイルが必要かなと思います。人の心を動かす映画を作るにはまず自分の頃が動かされなければなりませんから。監督は涙もろいわけではなく、こういう感動を伝える時だけ泣いてしまうんですよ。脚本を一緒に書いていた時はほぼ毎日泣いていました。
エイドリアン・クワン実は10年くらい、泣いた覚えがない日々を過ごしていました。それを自分でもおかしいなと思っていました。いわゆる“ゴスペルムービー”と言われるこういった福音書のような映画を作り始めてから、涙が戻ってきました。愛情や心の問題にまつわる作品が私の涙腺を刺激したのだと思います。
ハンナ・チャン人間には普遍的なものがあると思いますが、やはりエモーションというものは世界共通なのだと思います。
エイドリアン・クワン香港映画はアクション映画だけではなく、このような映画もあるのだと知ってもらえたので、今後もこういう映画を作っていきたいです。私は日本映画にはずいぶんと感動させられました。とくに山田洋次監督の作品からは多くのインスピレーションを受けました。日本映画は感動を語る達人だと思います。ですので私の映画が日本で公開されるのは非常に光栄です。
Q OKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。
Aエイドリアン・クワン夢を持ち続けてほしいです。年齢に関係なく、困難を乗り越える力をくれるのが夢です。私は夢想家ですが一人の力でどうにかできるとも思っていません。でも、一人ではないということをこの映画から知ることができます世界は間違った方向に向かってしまっているようにも見えますが、映画を通して愛と希望と喜びを世界にもたらすことで、世界はより良いところになっていくと信じています。
■Information
『小さな園の大きな奇跡』
2016年11月5日(土)新宿武蔵野館リニューアル・オープニング・ロードショー
全国順次公開
都会の有名幼稚園の園長ルイ・ウェホンは、エリート教育に疲れていた。結婚10周年を迎えたある夜、ルイは退職の決心を夫に伝える。博物館で働く夫のドンは、自分の仕事の契約が切れた半年後に、2人で世界一周の旅に出ようと提案した。
仕事を辞めたルイは、フランス語教室や、スポーツジムに通い始める。楽しいはずなのに、どこか心が宙ぶらりんになっているのを感じる日々。そんなある日、ルイはテレビで、閉園危機にある幼稚園のわずか給料4,500香港ドル(約6万円)の園長募集ニュースを目にする。家庭の事情で転園できない5人の園児が残され、新園長が来ないと園は閉鎖。5人は行き場を失うという。ルイは園長に応募する決意をするが…。
監督・脚本:エイドリアン・クワン
脚本:ハンナ・チャン
出演:ミリアム・ヨン、ルイス・クー、リチャード・ン、アンナ・ン、スタンリー・フォン、サミー・リョン
配給:武蔵野エンタテインメント
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■Profile
エイドリアン・クワン
香港生まれ。高校・大学をカナダで過ごし、カナダ時代に映画を学ぶ。卒業後、海外でドキュメンタリーを製作した後、1992年に香港へ戻り、テレビ局からキャリアをスタート。94年のピーター・チャン監督/レスリー・チャン&アニタ・ユン共演の『君さえいれば/金枝玉葉』に助監督としてつき、映画界で仕事を始める。ピーター・チャン監督作には、その後も『ボクらはいつも恋してる! 金枝玉葉2』(96)、『ラヴソング』(96)にも参加。本作のプロデューサーのベニー・チャンとは、ジャッキー・チェン主演の『WHO AM I?/フー・アム・アイ?』(98)で知り合う。99年に映画監督デビュー。2001年のナディア・チャン主演『Life Is a Miracle(原題:生命因爱动听)』が高く評価され、つづくイーソン・チャン主演『If U Care…(原題:贱精先生)』(02)が大ヒットし、人気監督に。その他の代表作にエイダ・チョイ主演『The Miracle Box (原題:天作之盒)』(04)、エリック・スーアン主演『Team of Miracle: We Will Rock You(原題:流浪汉世界杯)』(09)など。
ハンナ・チャン
心理カウンセラーとして仕事をする中で、映像が人の心に働きかける力に関心を持つ。エイドリアン・クワン監督とは今回が6作目で、共同脚本やプロデュースで参加している。