OKWAVE Stars Vol.619は不朽の名作『Smoke デジタルリマスター版』(2016年12月17日公開)について、オリジナル版の製作総指揮を務めた井関惺さんへのインタビューをお送りします。
Q 『Smoke』の映画化のきっかけをお聞かせください。
A井関惺監督のウェイン・ワンが別作品の仕事で来日した時に、「ニューヨーク・タイムズ」に発表したポール・オースターの短編小説「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」を映画化したいという話をユーロスペース代表で映画プロデューサーの堀越謙三さんという方に持ちかけたそうです。堀越さんから電話をもらって「話を聞いてみないか」と言われました。ウェイン・ワンの作品は観ていて興味があったので会いました。
当時、ポール・オースターの「ニューヨーク三部作」が日本で翻訳されたばかりで、僕も読んで好きだったので、この「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」のことも気に入って「ぜひやろう」と盛り上がりました。短編なので映画用にシナリオを用意しなければならないので、僕がウェイン・ワンに「ポール・オースターが書いてくれたら最高だよね」と言ったら、ウェイン・ワンはその日のうちにポール・オースター本人に電話をしてしまったそうです。「日本で映画を作る金が見つかったぞ」と。「だけど条件を出された。君がシナリオを書くことだ」と言ったそうです。僕はそんなことは一言も言ってないのですが(笑)。後でポール・オースターに聞いたら、日本で製作資金が集まると思っていなかったから、映画化にOKを出しても、実際に書くことはないだろうと思っていたそうです。ウェイン・ワンは翌日には「ポール・オースターが書くって言ったよ」と電話してきました。
それで実際に動き出しましたが、そこから先は資金集めに時間がかかって大変でした。その間にポール・オースターは「ミスター・ヴァーティゴ」という新作小説を書き始めていました。いろいろな紆余曲折がありましたけど、結果的にうまくいって、3、4年をかけて映画化できました。でも、どんな映画でも3、4年はかかります。資金があれば簡単にできますが、何も無い状態から映画を作るのは本当に大変でした。
Q 製作総指揮を務める上で大変だったことは何でしょうか。
A井関惺やはり資金集めですね。鶏が先か卵が先かという話で、シナリオやキャストが決まっていないと資金を出せないという人もいますし、逆にキャスト側からしてみれば、本当に製作できるのか分からないと出演が決まりません。「あなたが出演すれば出資が決まります」と言ってしまえば「それなら出演料を上げてくれ」という話になってしまいます。アメリカやヨーロッパでは、映画プロデューサーが自分のお金を使うわけではないということをみんな分かっています。ですがとくに日本の場合は、「あなたはリスクを取らないのですか」という話になってしまいます。日本はそういう意味で非常にやりにくいのですが、欧米では他の人の名前を使うのを理解していますし、だめな場合は契約書にそのように書かれるだけです。日本では今でもその傾向がありますね。
Q 映画化に向けて動く中で、周囲の反応はいかがだったのでしょう。
A井関惺僕はポール・オースターという名前に反応しましたが、アメリカでも西海岸では彼の名前は全く浸透していませんでした。N.Y.をはじめ、東海岸側ではほとんどの人が知っていましたが、そのくらいアメリカ国内でも違いがありました。西海岸で反応してくれたのが当時サンダンス映画祭のディレクターをやっていて、この映画を配給することになるミラマックス社に入社したばかりのトニー・サフォードでした。彼はウェイン・ワンとポール・オースターの組み合わせをすごく褒めてくれました。僕がその組み合わせを考えたわけではないんですけどね(笑)。
Q 製作総指揮としては実際に製作が進み出してからはどのような仕事をされるのでしょうか。
A井関惺資金集め以外では全体の構造を作ることが製作の大きな仕事です。たとえばスタッフを決めることです。ウェイン・ワンがサンフランシスコにいましたので、僕ひとりで決めたわけではありませんが、映画作りは不思議なものでケミストリーというものがあります。組み合わせ次第で上手くいったりいかなかったりします。ですので、できる限り実際に会って上手くいくかどうかを、最後は勘でしかないですが、そうやって決めていきました。とはいうものの、クランクイン直前までミラマックスと契約書のやり取りをしていましたし、資金調達もギリギリまでやっていました。撮影などのクリエイティブな作業が始まってしまえば、僕は現場で楽しく見てるだけでした。
振り返ると、今までの仕事の中でこの作品が一番大変でした。というのも、自分で出資せずに、集めた資金だけで作った最初の映画だからです。この経験があったので、後に同じようにして何本か映画を作ることができました。
Q 映画製作上で、スタッフ間やキャストなど、意見が合わないような苦労はありましたか。
A井関惺そういうものはなかったですね。非常にチームワークが良かったです。チームワークの良さは不思議なことに画面に表れるものです。僕は個人的にはこの映画の持つ温かさはチームワークの良さから来ていると思っています。何本か作っていると、現場の雰囲気が何故か画面に反映されることが分かります。表面的に仲良くするだけではダメで、本当に理解し合っていると、そういうものが画面に出てきます。僕が知る限り、この『Smoke』が一番チームワークが良かったので、それが表にも出てきています。
エピソード的なことを言えば、この映画の最後に白黒のシーンが出てきます。最初はその手前のハーヴェイ・カイテルがウィリアム・ハートに話しているシーンに挿入しようとしていました。ラッシュ映像を見ていると、話している言葉よりも映像の方が強くて、ハーヴェイ・カイテルのセリフが頭に入ってきませんでした。彼が喋っている真か嘘かわからない微妙なニュアンスが抜けてしまうので、やむをえず、ハーヴェイ・カイテルがウィリアム・ハートに話しているシーンは本当に話しているだけにしてしまいました。その時はどうなるだろうと思いましたが、結果的にはすごく味がありましたし、計算と実際の映画は違うんだとも思いました。
この映画を通して、そういう経験と、ポール・オースターという大変素晴らしい方と知り合えたこと、この映画がいい出来だったことから、企画を持っていって断られた人たち全員から「お前の言うことを聞いておけばよかった」と言われたのが良かったです。ソニー・ピクチャーズ・クラシックスという会社に最初にこの映画の企画を持っていって断られてしまったのですが、その後に『始皇帝暗殺』という映画の企画を持っていったら、「あの時はすまなかった。今回は君を信用するから」と言われてすごく嬉しかったですね。そういう意味でも『Smoke』はありがたい映画です。
Q 日本でも1館で9万人を動員するなど大ヒットしましたが、公開前は日本での反響は想像できましたか。
A井関惺できなかったですね。こういったどう説明していいのか分からない映画は難しいです。この映画は引っかかりどころが言葉にしにくいジャンルの映画ですが、25週に渡って公開されて9万人ものお客さんが来てくれて嬉しかったです。オリジナル版を配給したヘラルド映画の宣伝の方に僕は「性別、年齢で区切った宣伝だけはしないでほしい」とお願いしました。「この『Smoke』を観る層に広めてほしい。それ以外は好きにやっていいから」と。宣伝担当の方は「私には良さが分からない」と最初は言っていましたが、公開が終わる頃には「この映画の良さが分かるようになりました」と言っていました。引っかかりの少ない映画がこれだけ成功したのは、どこが良かったのか実はよく分かっていません。作っていると5年くらい経たないと客観的に観られないですが、この作品は作っている時から心地よさはありました。それがこうして再上映する機会があって、いい映画だと思ってくれている方が多いということなのでしょうし、ありがたいですね。
実際、20年、30年経って初めて良さが分かる作品もあります。逆に20代の頃に観て感動した作品を20年経って見直したら逆の感想を持つこともあります。新宿ミラノ座が閉館する際に『戦場のメリークリスマス』が上映されましたが、久々に観てすごく感動しました。自分が関わっていた作品で、当時はまさに渦中にいたので作品の良さを分かっていませんでした。それで「この映画すごいね」と周りにいた人に話したら「今頃気づいたのか」と笑われてしまいました(笑)。
■Information
『Smoke デジタルリマスター版』
2016年12月17日(土)YEBISU GARDEN CINEMA他、全国公開
1990年ブルックリン。 14年間毎日同じ時間に同じ場所で写真を撮り続けるタバコ屋の店主、オーギー。 最愛の妻を事故で亡くして以来書けなくなった作家、ポール。 18年前にオーギーを裏切り昔の男と結婚した恋人、ルビー。 強盗が落とした大金を拾ったために命を狙われる黒人少年、ラシード。 それぞれの人生が織りなす糸のように絡み合い、そして感動のクライマックスへと向かっていく……。
監督:ウェイン・ワン
脚本:ポール・オースター
出演:ハーヴェイ・カイテル、ウィリアム・ハート、ストッカード・チャニング、ハロルド・ペリノー、フォレスト・ウィテカー、アシュレイ・ジャッド
配給:アークエンタテインメント
(c) 1995 Miramax/N.D.F./Euro Space
■Profile
井関惺
1943年、東京都生まれ。
大学在学中に日本ヘラルド映画に入社。映画の宣伝、買い付け、邦画の海外セールス業務などを行った。ヘラルド・エースの設立とともに取締役に就任。大島渚監督の傑作『戦場のメリークリスマス』(83)、巨匠・黒澤明のアカデミー賞外国語映画賞受賞作『乱』(85)を製作し、全世界でキャンペーンを行い、成功させる。ジョン・ローン主演による柳町光男監督作品『チャイナ・シャドー』(89)を製作した後、NDFを設立。企画開発及び製作を行い、ディヴィッド・クローネンバーグ監督の『裸のランチ』、アカデミー賞3部門に輝くジェイムズ・アイヴォリー監督の傑作『ハワード・エンド』(91)、ニール・ジョーダン監督の大ヒット作『クライング・ゲーム』(92)の資金調達を行い、完成に導いた。その後も映画プロデューサーとして活躍中。