Vol.636 映画監督 熊谷まどか(『話す犬を、放す』インタビュー)

OKWAVE Stars Vol.636は映画『話す犬を、放す』(2017年3月11日公開)にて長編デビューを飾る熊谷まどか監督へのインタビューをお送りします。

Q 本作を撮ろうと思ったきっかけをお聞かせください。

A熊谷まどか私の母はいま80代ですが、2年前にレビー小体型認知症を発症して、幻視を見るようになりました。母から聞いたその幻視の話が、面白がってはいけないのかもしれませんが、ありもしない物が見えるということにすごく興味を惹かれて、何か映像化できないかなと思ったのがきっかけです。それ以来、母と過ごす機会が増えましたが、母は老いてどんどん子どもに返っていっているんだということと、母が身につけたことが子である私に引き継がれているんだということに気づきました。母の人生が始まって、すべてを無くして赤ちゃんに返っていくという人生の輪っかと私の人生がどこかでつながっていることを感じました。そういうつながりが感じられる作品を作りたいなと思って、この作品の脚本を書きました。

Q SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の映画化プロジェクトに選ばれた時にはどう感じましたか。

A熊谷まどか自主制作の映画を作り始めて、若手と言われて早10年、という感じでしたので、今回やっと長編を作ることができてホッとしたところはあります。映画を作り始めたのが30代後半です。元々映像には興味があって、一時はCM制作の仕事についたこともありました。30代になって映画に対するやり残したものがあるような気持ちがあって、自分で撮影して自宅で編集できる時代になったので、自分でもやってみようと取り組んだ短編作品が、PFFアワード2006グランプリ、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞を受賞することができました。それで作品を作り続けましたが、最初は楽しくて作っていたのが、段々と私が作っている作品はどこに届いているんだろうという不安が大きくなっていました。作れば作るほど、面白い作品とは何なんだろうとか世の中に届く作品とは何なのだろうと考えるようになっていたので、こういう機会に恵まれて本当にホッとしています。

Q 映画を撮る上でどんなところを大事にしようと思いましたか。

A熊谷まどかまずはレビー小体型認知症をモチーフに映画化していますので、その病気のことで嘘があってはいけないということには気をつけました。
親子のつながりの部分を声高に言うつもりはありませんが、作品の中で、一人の人生のサイクルとそれがつながっていくということが何となく感じられるものにしたいと思いました。
それと、私は関西出身で笑わせてなんぼという部分があるので、くすっと笑えるところは入れたいと思いました。

Q 親子役を務めたつみきみほさんと田島令子さんのおふたりについてはいかがでしたか。

A熊谷まどかつみきみほさんの演じたレイコはお芝居が好きでずっとやっているうちに気づいたら40代になっていて、決して子どもっぽいわけではないけれど、どこかピュアなところが残っている人物です。そこが違和感のない方がいいなと思っていました。つみきみほさんはアイドル女優として活躍されていた頃の輝きを今も残していらっしゃったので、お願いしました。母親のユキエは病気ではあるけれどどこか面白みのある人と考えていました。田島令子さんはアニメ「ベルサイユのばら」のオスカルの声だったり、できる上司のような役のイメージがありましたが、「美女と男子」というドラマではちょっと天然なかわいいお母さんを演じられていて、こういう役がお似合いだと思ってお願いして、すごくハマったと思いました。
お二人には、この作品はコメディなんだということをお伝えしました。それで台本を読んで受けた印象で演じてもらったものをそのまま使わせていただきました。お二人は親子感をすごく醸し出していらっしゃったので、いい化学反応が起きたと思います。

Q 幻視の見せ方はどのように考えられたのでしょう。

A熊谷まどか映画で表現する以上、幻視をきちんと視覚化したいと思いました。でも、誰も見たことがないものなので、何が見えるのか、どう見えるのか、というところから、撮影部、編集部のスタッフを交えて話し合いました。壁にかけた服が人のように見える、という幻視はこの病気で一番よくあるとのことなので、まずそれは見せたいなと思いました。これは患者の方にとってはすごく怖いことだと思いましたので、観客の方にもそれを体験してもらうため、そこに至る映像も暗くして少しおどろおどろしさを出すようにしました。公園で看護婦さんとはっさくが出てくる幻視は、同じ空間に居るのにこんなに混沌としたものが見えてしまう、ということを表現したかったので、何をどう見せるかかなり話し合いました。消え方を母に聞いても「ぱっと消える」とのことでしたので、幻視の消え方にも工夫しました。

Q 重要なモチーフとなる犬のチロについてはいかがでしたか。

A熊谷まどか撮影前はみんな狙い通りに撮れるのか心配していましたが、杞憂に終わりました。チロ役の雑種犬めんまちゃんはいい味を出してくれて、撮っている私もすごく和みました。テーブルの上に座っているシーンもトレーナーさんが座らせたら上手に座っていました。部屋の中をチロが動いていくシーンは最初は予定になかったのを、どうしても撮りたいと思って「これはお母さんの心のメタファーなんです」と周りを説得して入れました。実際に犬が部屋の中を歩く動線にトレーナーさんが餌を配置したりして、撮影は本当にうまくいきました。

Q レイコが抜擢された出演映画の監督は、レイコとその母よりも若い世代の女性ですね。その狙いをお聞かせください。

A熊谷まどか世代の違う女性の生き方を描こう、と思ったわけではありませんが、興味のあることを書いたことで結果的にそうなりました。レイコとお母さんの関係は私自身と母の関係に近いです。母は私のやろうとしていることをすごく応援してくれていました。一方で、私は30代なかばから映画を撮り始めて、結果的に私には子どもがいないのですが、よく接している30代の女性映画監督たちは、映画を撮り始めてから結婚、出産をして、また映画を撮ろうとしているので、すごく格好いいなと思います。劇中でレイコは監督のことを「ちょっと前ならムカついたかも」と言っていますが、私自身もそう思っていた時期もあって、今は彼女たちのことを格好良く思っているので、そういう人を出したいなと思いました。

Q この出演映画の劇中劇は何だか不思議な話で、あらすじが気になります。

A熊谷まどか『ボロボロ天国』という題名で、人魚の肉を食べると不老不死になるという伝説がありますが、その人魚の肉を食べてしまったと勘違いしている漁師が、自分は不死身だと思って、身体を張って人助けをしたりする、という内容です。面白い題材ですが映像化はなかなか難しいかなと思っています(笑)。

Q 作品作りを通じて気づいたことは?

A熊谷まどか私は長編を撮るのが初めてで、映画を撮り始めた当時は何でも自分でやっていました。監督だから何でも自分で決めて正解を出さないといけない、という気負いが撮る前にはありました。実際に撮影が始まってみると、全てそうできるわけではなく、家に帰ってから泣いてしまうこともありました。撮影最終日が物語終盤の草原のシーンでしたが、私はカメラに映り込まないようにちょっと離れたところにいなければなりませんでした。その時に、自分がやりたいと思ったことをプロのスタッフたちがどうすれば実現できるかを考えてやってくれていたので、「そうか、手を放せばいいんだ」と思いました。手を放せば映画という気球はもっと上がっていくものなんだと、最終日になって気づきました。今後の作品ではおまかせ方式でいこうと思いました(笑)。こういうことがやりたいと言い出すのが監督の仕事で、みんなで作っていくものなんだなと。監督はビジョンを伝えなければなりませんが、後はみんなを信頼してやっていくことが大切だと思いました。

Q 熊谷まどか監督からOKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。

A熊谷まどかこの映画ではレビー小体型認知症という病気を扱っていますが、決して闘病モノではなく、コメディとして作りました。主人公のレイコは女優としては成功していませんが、演劇学校の先生として取り組んでいたことが遠くから回って自分に返ってきます。自分がしたことがどこかにつながっている、親と子もつながっている、人と人はつながっていくんだということを感じてもらえたらと思います。この映画を観てぜひそれを感じてください。

Q熊谷まどか監督からOKWAVEユーザーに質問!

熊谷まどか皆さんにとっての「あったかもしれない人生」はありますか。それと現在の生活とどう折り合いをつけていますか?

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■Information

『話す犬を、放す』

2017年3月11日(土)有楽町スバル座他 全国順次ロードショー

俳優スクールで教えながら、芝居を続ける売れない女優・下村レイコ。
彼女のもとに、人気俳優になった学生時代の劇団仲間・三田大輔から映画出演の話が舞い込む。
突然のチャンスに舞い上がるレイコに、母ユキエから電話がかかってくる。
昔、飼っていた犬のチロが時々帰ってきて困惑しているのだと。ユキエは“レビー小体型認知症”を発症し“幻視”に悩んでいた。
一人にするわけにもいかず、映画出演と母との生活を両立させようとするレイコ。
しかしそんな折、母から意外な告白が…。

監督・脚本:熊谷まどか
出演:つみきみほ 田島令子 眞島秀和 木乃江祐希
配給・宣伝:アティカス

http://hanasuinu.com/

©2016 埼玉県/ SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ


■Profile

熊谷まどか

大阪府出身。
同志社大学卒業。CM制作会社に3年間勤務後、様々な職業に就く。2004年、自主映画製作を開始。06年、『はっこう』が、ぴあフィルムフェスティバル2006グランプリ/ゆうばり国際ファンタスティック映画祭審査員特別賞など受賞。08年、文化庁「若手映画作家育成プロジェクト」に選抜され35mm作品『嘘つき女の明けない夜明け』を発表。13年、『世の中はざらざらしている』がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭/ソウル国際女性映画祭などに入選。他、数々の短篇映画やドキュメンタリー等をコンスタントに製作し、国内外で上映されている。