OKWAVE Stars Vol.673は映画『ブランカとギター弾き』(2017年7月29日公開)にて長編初監督となった長谷井宏紀監督へのインタビューをお送りします。
Q 『ブランカとギター弾き』の着想をお聞かせください。
A長谷井宏紀僕はこれまでにスラムへの旅を長い間してきました。フィリピンのスモーキー・マウンテンというスラム街には、すべての人から「いらない」と捨てられたモノが集まってくるんです。そこに住むとてもたくましい子どもたちと出会いました。今の自分たちの社会は生産していくことを止められないので、消費され尽くしていろんなものが捨てられていきます。そうなると、お金を出せば何でも手に入るし、手に入るんだ、という思想になっていきます。ではお金で買えないものは何だろうと考えました。今回の映画にはゴミの山は出てきませんが、消費され尽くして、いらなくなったモノが集まる場所で温かい愛というものを表現したいなと思いました。
Q キャストにはプロの俳優ではない方々を起用されましたがその狙いは。
A長谷井宏紀自分で台本も書きましたので、台本と向かい合うと、その場所に住んでいる人と一緒に作るのが正しいと思いました。この映画を撮った今は「役者」という仕事のことが分かるようになりましたが、「演じる」ということに対して、よりリアルさを追求していたからです。
最初はフィリピン人のエージェントに頼んでオーディションを開いたんです。ブランカ役には120人集まりましたが、探しているのは歌の上手な女の子なのに、25歳のアクロバットが得意な男性もやって来ました(笑)。これでは埒が明かないと、それで自分で探しました。
ブランカ役のサイデルはいわゆるストリート育ちではなく、フィリピンの小さな島の出身です。演技のワークショップを行った際に路上の子たちと遊ばせたりして役の感覚を掴んでもらいました。
セバスチャン役の子どもを探すのには2ヶ月近くかかりました。台本に書かれたキャラクターとほぼ同じような子どもでしたので、見つけた時にはすごく嬉しかったです。
ピーターは元々の知り合いでしたが、映画に出演してもらおうと思ったら居場所が分からず、探すのに1ヶ月かかってしまいました。ですので、撮影が始まる前は人を探してばかりしていました(笑)。
Q 演出上ではどのように進めたのでしょう。
A長谷井宏紀演技のワークショップを2週間行って、アクティングコーチと助監督と演技を指導して、ブランカやセバスチャンのキャラクターに近づけていきました。ピーターに関してはあのままです。そこでキャラクターを掴んでもらったので、現場で苦労することはなかったです。サイデルは「今からはブランカだよ」と言えばブランカになりきることができました。その分、感情が止まらなくなったことが一度ありました。閉じ込められて泣き叫ぶシーンで、カットがかけられないくらいブランカの感情に入り込んでしまったので、しばらくハグをして撮影を中断しました。そのくらい、みんな心をオープンにして演じてくれました。
Q サイデルさんの歌のシーンはいかがでしたか。
A長谷井宏紀この映画の中ではサイデルのスキルの半分くらいしか発揮していないとは思います。フィリピンの伝統的な曲「カリノサ」を原曲に僕が歌詞を書いた「ホーム」という歌ですが、役柄を汲み取って歌ってくれたと思います。
Q 本作を作り終えて新しい発見などはありましたか。
A長谷井宏紀撮影の際に僕は通訳を入れていませんでした。撮影中に、台本にある決められたことをするだけでは面白くないと思ったので、即興で演じるシーンを幾つか入れました。その即興のシーンで話している言葉を僕は理解できていませんでした。アシスタントが話している内容は教えてくれましたが台詞としては飲み込めていなかったんです。それが編集をしている時に、例えばセバスチャンが「ブランカは僕のお姉ちゃんなんだ」と言う台詞は台本にはない即興で演じたシーンだったので、セバスチャンというキャラクターを理解して台詞を話してくれたんだと気づいて、ありがたい気持ちにもなりました。
Q 監督のフィリピンとの関わりや海外に活動を広げられたきっかけをお聞かせください。
A長谷井宏紀フィリピンとの関わりは28歳くらいの時にスモーキー・マウンテンに行ったのがきっかけです。その数年来、クリスマスに子どもたちにプレゼントを配るという自分で決めた行事があって、それでフィリピンに行きました。そこで写真や映像を撮りました。それがエミール・クストリッツァ監督の目にとまって、彼の映画祭でグランプリを頂いて、彼の村にも滞在するようになりました。エミールの映画のプロデューサーのカール・バウハウトナーさんと一度映画の企画を立ち上げたものの、その彼が亡くなってしまって企画は頓挫してしまいました。それで一度は帰国をしましたが、ヴェネツィア国際映画祭からの出資企画に応募して、そこで認められてこの映画を撮ることができました。
こう言うと、ずっと海外にばかりいるようですが、いまは日本を拠点にしています。
Q 映画の監督を元々目指していたのでしょうか。
A長谷井宏紀20代のはじめの頃から映画を撮りたいと思っていました。僕が続けていた旅というものも全て映画に集約されていくものです。僕はいろいろな人の暮らしを見て心を動かされてきたので、それを描くのが映画だと思っています。そのためにもいろんな人の暮らしを見ておきたいという気持ちが旅になりました。ヴェネツィア国際映画祭のプレジデントが「映画は武器だ」と言っていました。映画は何かを変える力を持っているんだと。武器というと野蛮ではあるけれど、その考え方自体は好きです。美しい武器であればあるほど人の心を変えられると思って、フィリピンの子どもたちに思い至りました。子どもたちは社会にいるけれど、彼らの声はなかなか届きません。映画はその声を届けることができると思います。この映画は10カ国で上映できて、映画祭は60カ国で上映できました。あの場所の良いエネルギーがいろんな国に広まっていると思うと、作って良かったなと思います。
Q 海外での反響はいかがでしたか。海外ではフィリピンという国自体、知られているものでしょうか。
A長谷井宏紀フィリピン人は英語を話せるし出稼ぎに行くので世界中にフィリピン人はいますよ。フィリピンで上映した時のフィリピン人の反応もとても楽しいものでした。日本でも試写会を開いて観終わった方たちのムードは世界各地での反応と似ていました。どの国の人間も持っているハートの部分に届いていると思いました。
Q 長谷井宏紀監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!
A長谷井宏紀憂鬱なことや野蛮なニュースが目を覚ませば飛び込んでくる日常ですが、この映画を通じて、ひとりぼっちだった少女が人の優しさに支えられて彼女なりの居場所を見つけるまでの彼女の旅を観ていただいて温かい気持ちになってもらえたらと思います。
■Information
『ブランカとギター弾き』
2017年7月29日(土)よりシネスイッチ銀座他にて全国順次公開!
“お母さんをお金で買う”ことを思いついた孤児の少女ブランカは、ある日、盲目のギター弾きピーターと出会う。ブランカはピーターから、得意な歌でお金を稼ぐことを教わり、二人はレストランで歌う仕事を得る。ブランカの計画は順調に運ぶように見えたが、一方で、彼女の身には思いもよらぬ危険が迫っていた…。
監督・脚本:長谷井宏紀
出演:サイデル・ガブテロ / ピーター・ミラリ / ジョマル・ビスヨ / レイモンド・カマチョ
配給:トランスフォーマー
HP:transformer.co.jp/m/blanka/
Facebook:www.facebook.com/blanka.jp/
Twitter:@blanka_jp
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■Profile
長谷井宏紀
岡山県出身。映画監督・写真家。
セルゲイ・ボドロフ監督『モンゴル』(ドイツ・カザフスタン・ロシア・モンゴル合作・米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)では映画スチール写真を担当。2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画『GODOG』では、エミール・クストリッツァ監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。
その後活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。フランス映画『Alice su pays s‘e’merveille』ではエミール・クストリッツア監督と共演。2012年、短編映画『LUHA SA DESYERTO(砂漠の涙)』(伊・独合作)をオールフィリピンロケにて完成させた。2015年、ヴェネツィア・ビエンナーレ&ヴェネツィア国際映画祭提供による『ブランカとギター弾き』にて長編監督デビューを果たす。現在は東京を拠点に活動中。