Vol.705 映画監督 ジェームズ・ポンソルト、社会学者 古市憲寿(映画『ザ・サークル』)

ジェームズ・ポンソルト監督、古市憲寿(映画『ザ・サークル』)

OKWAVE Stars Vol.705は映画『ザ・サークル』(2017年11月10日公開)のジェームズ・ポンソルト監督&社会学者・古市憲寿さんのツーショットインタビューをお送りします。

Q 原作もベストセラーとのことで、映画化にあたって、どんなところに興味を惹かれましたか。

A映画『ザ・サークル』ジェームズ・ポンソルトメイという主人公です。良くも悪くも自分自身を投影できました。最初、彼女は理想主義者のようなところがあって、世界を良い場所にしようとしています。サークルでその目的を見つけます。彼女が当初成功を収めるのを僕は応援していました。その後、悪い選択を立て続けにしてしまうので、フラストレーションも感じました。やがて本当の意味での権力を手に入れて怖い存在にもなっていってしまいます。彼女の目を通してこの小説を経験しました。小説自体は面白い作品ですが風刺的なところもあって、最終的には世界がこうなるかもしれない、というダークな一面にも触れて、悲しい気持ちにもなりました。僕は子どもがふたりいますが、子どもたちが大きくなった時、世界はこういう場所になっているかもしれないという恐怖を感じたんです。

Q 古市さんは映画をご覧になってどう感じましたか。

A古市憲寿これは僕たちのことだと感じることが多かったです。有名になりたいとか注目されたいという気持ちでドンドン心を壊していく主人公や、熱狂のあまり、悪意なく他者を追い詰めてしまうネットストーカーなど、世界で現在進行形で起きている問題が濃縮されていて、自分事として楽しめる映画だと思いました。

Q サークルのオフィスや会社組織をどう映像化しようと思いましたか。

Aジェームズ・ポンソルト小説が原作ですが、僕にはグーグルやツイッター、フェイスブック、アップルといった会社で働いている友人がいます。今回の美術を手掛けたスタッフたちとこれらの会社にも訪問させてもらってエッセンスとして取り入れるなど、参考にしました。心がけたのはちょっと先の未来にこういう会社があるだろう、と思わせることです。先に挙げたようなIT企業は建築デザインが似通っていたりします。人間的だったり有機的な素材やガラスを使っていたり、公園で仕事をしているような、ちょっとユートピア的な演出をしがちなのかなと思いました。オープンなスペースが多くて、民主的な雰囲気の環境づくりをされています。ある意味、正しいことですし、完璧な幻想なので、見学させていただいて面白いなと感じました。

Q メイの視点から描いたとのことで、エマ・ワトソンが常に画面にいる、という構成になっています。

Aジェームズ・ポンソルトメイがまるで自分の代理の存在としていてもらうことがこの映画には必要なことでした。僕だったらこんな選択をしない、と分かりきっていることをメイはしてしまいます。フラストレーションが溜まることですけれど、自分たちも例えば「ネットで他人に好かれたい」と思っていたら、思わず彼女のようなことをしてしまうかもしれないということを描きました。

Q この映画には明確な悪者が出てくるわけではなく、良いことをしようと思いながら物事が悪い方向に進んでしまいます。ネットで何かを叩いている人たちも悪意のもとで行動しているわけではないけれど、結果的に荒んでしまうような傾向をどう捉えていますか。

A古市憲寿地獄への道は善意で敷き詰められている、という言葉もあるくらいですので、正義感ゆえにフェイクニュースを流している人も多いのかもしれません。その場合、それを止めるのはなかなか難しいですよね。この映画がリアルだと思うのは、一人の絶対的な悪者がいるわけではないというところです。話題になったディストピア小説「1984」との違いはその点です。「1984」はビッグブラザーの支配する管理社会です。明確な悪者がいない、という点で現代的な映画だと思います。

Q 対立軸が目に見えて出てこないのは映画で描くには難しかったのではないでしょうか。

Aジェームズ・ポンソルトまさにそうです。テクノロジーへの反対派が出てきて、主人公が葛藤するような内容なら作りやすいけれどそれはあまり現実的ではないです。今の時代は、アンチ・テクノロジーということは成り立たないです。空気や食物と同じように身近なものなので、僕たちがどのくらいそれに依存しているのか、それを提供する企業にはどのくらい力を与えればいいのかが問われています。もし監視国家の下で暮らすことになるのなら、それは自分たちが一つ一つ選んだ結果なんだと思います。自分たちが依存してそのようになっていくのだろうし、個人情報をそれだけ預けてしまっているというわけだから、もう戻る道は無いのかもしれませんね(笑)。

Q 間違いに気づいたら、すぐに引き返さないといけませんね。

Aジェームズ・ポンソルトメイは観客にとってはヒーローでもあるしヴィランでもある主人公です。自分の日常生活のすべてをカメラで晒すということをやってしまいます。自分の生活をみんなと共有することで有名になりますし、一方で個人的な関係を誰とも保つことができなくなります。

Q エマ・ワトソンという世界で最も有名な女優の一人を起用して、彼女自身はこの役をどう受け止めていたでしょうか。

A映画『ザ・サークル』ジェームズ・ポンソルトエマはメイの葛藤にはすごく共感できたようです。彼女自身、10歳の時からある意味で公人になってしまったので、管理社会のようなものへの自分の考えを持っています。エマは自分の政治的なポジションを表明するためにいい形でその見られる立場ということを使っています。メイを演じるという点では、エマはハーマイオニーという聡明で良い子を長年演じてきたので、間違った選択をするキャラクターを演じることを楽しんでいました。それはトム・ハンクスも同じで、良い人を演じることの多いトムが、社会を滅ぼすきっかけにもなるようなプランを立てるキャラクターを演じることを楽しんでいました。彼らは彼らのパブリックイメージがあるので、それを逆手に取って楽しんでいましたね。

Q この映画のメイも含め、ネットで「見られる立場」を自覚しながら何かを発信するという心理はどんなものなのでしょうか。

A古市憲寿ひとつは、単純に楽しいからだと思います。承認欲求と言い換えてもいいとは思います。自分の周りで起きた出来事にまつわる感情を自分だけにとどめておくことは難しいです。昔なら周りの友人や家族に話していたことをいまはネットで発信しているのでしょう。SNSが発展して世界中にそれができるようになったということで、個人の心理としては、家族や地域との噂話と意識はあまり変わらないとは思います。一方で、SNS疲れという言葉がありますが、無理して高い料理の写真をアップしたり、自分をよく見せるために画像を加工しすぎたり、目的を見失っている人がいるのも事実です。インスタグラム上の自分と実際の自分とどちらが本当の自分か分からなくなる、と言うと不思議に思うかもしれませんが、1日10時間スマホを見ていたら、そちらの方が本当の自分だと思うかもしれません。僕の友人は、スマートフォンで画像加工した自分の顔の方が見慣れていて、鏡にパッと映った自分の顔を見たらあまりにひどくてびっくりした、と言っていました。もはやどちらが本物か分からない、という人は程度の差はありますが増えていると思います。

ジェームズ・ポンソルトシミュレーションセオリーという言葉があります。もしかしたら僕たちはコンピューターのシミュレーションの中にいるのかもしれませんね(笑)。

Q この映画はどんな人におすすめしますか。

A古市憲寿僕が初めに感じたのは、映画に登場する巨大企業が、日本の古い企業に似ているということです。社員にあらゆる福祉を提供して、社員をまるで家族のように扱います。居心地が良いかもしれませんし、監視されていると感じるかもしれません。その気持ち悪さは日本人にとっては見覚えがある光景かもしれません。この『ザ・サークル』で描かれる会社は一見、最先端のようでいて、実は自分が住んでいたコミュニティや勤めている会社、友人関係に似ていると感じる人も多いのではないでしょうか。その意味で、幅広い世代の方に観てもらえる作品だと思います。

Q ちなみに、米国企業はこういう家族的なコミュニティの会社が多いのでしょうか。

Aジェームズ・ポンソルトシリコンバレーの企業は90年代以降に発展しました。80年代は日米の競争の時代でしたから、その時代の日本の企業から多くのヒントを学んでいたのかもしれません。アメリカの自動車産業、鉄鋼、炭鉱などはカンパニータウンという言い方をしますが、みんな同じ街に住んで同じ会社に勤めていたし、ある程度その会社に人生の面倒をみてもらっていました。とは言え、真の自由が与えられているわけではないし、会社によっては搾取されている構造もあったと思います。どちらかというと子ども時代に戻るような感触ですね。すべての面倒を見てもらって、心配することは何もない、まるで親のような存在なんだと思います。それによって収益が上がるのなら、企業はそういう環境を作るだろうから、サークルという会社は古市さんが仰ったような昔の日本企業やカンパニータウンを組み合わせた、善意もあるだろうけど、より収益を上げたい、という狙いがあるのだと思います。

Q ではジェームズ・ポンソルト監督からOKWAVEユーザーにメッセージをお願いします。

Aジェームズ・ポンソルト映画なのでまずはとにかく楽しんでほしいです。次に自分とテクノロジーの関係を考えるきっかけになればと思います。プライバシーの問題も自分はどう捉えているのか考える機会になると思います。スマホで無料のアプリをダウンロードするために自分の何を明け渡したのか、その情報で何をしようとしているのか考える機会にもなります。僕たちはすべての物事がシェアされる世界にすでに足を踏み入れてしまっています。アメリカやフランスの大統領選ではSNSが兵器のように使われました。日本でも今後似たようなことが起こるかもしれません。

Qジェームズ・ポンソルト監督からOKWAVEユーザーに質問!

ジェームズ・ポンソルト皆さんは自分の人生で何歳の時が一番楽しかったですか。
それと、世界中の情報にアクセスできるコンピューターと一体化できるとしたら、あなたは一体化したいと思いますか。

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■Information

『ザ・サークル』

映画『ザ・サークル』2017年11月10日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズ他全国ロードショー

世界No.1のシェアを誇る超巨大SNS企業<サークル>。憧れの企業に採用された新人のメイは、ある事件をきっかけに、カリスマ経営者のベイリーの目に留まり、<サークル>の開発した超小型カメラによる新サービス<シーチェンジ>のモデルケースに大抜擢される。自らの24時間をカメラの前に公開したメイは、瞬く間に1,000万人超のフォロワーを得てアイドル的な存在になるのだが…。

出演:エマ・ワトソン(『美女と野獣』)、トム・ハンクス(『ダ・ヴィンチ・コード』シリーズ)、ジョン・ボイエガ(『スター・ウォーズ フォースの覚醒』)、カレン・ギラン(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』)、エラー・コルトレーン(『6才のボクが、大人になるまで』)、ビル・パクストン(『エイリアン』シリーズ)
監督&脚本:ジェームズ・ポンソルト
原作:デイヴ・エガーズ著「ザ・サークル」(早川書房)
配給:ギャガ

公式サイト:http://gaga.ne.jp/circle/

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■Profile
ジェームズ・ポンソルト監督、古市憲寿(映画『ザ・サークル』)

ジェームズ・ポンソルト

1978年、アメリカ、ジョージア州生まれ。イェール大学で学士号、コロンビア大学でフィルム・プログラムのMFA(美術学修士号)を取得する。ニック・ノルティを主演に迎えた、長編映画監督デビュー作『Off the Black』(06)が、サンダンス映画祭でプレミア上映される。続く『スマッシュド 〜ケイトのアルコールライフ〜』(12・未)と『The Spectacular Now』(13・未)で、2年連続で同映画祭の審査員特別賞に輝き、豊かな才能を認められる。次の『人生はローリングストーン』(15・未)では、インディペンデント・スピリット賞の2部門にノミネートされる。その他の監督作は、TVシリーズ「シェイムレス 俺たちに恥はない」(14)、「マスター・オブ・ゼロ」(15)など。

古市憲寿

1985年東京都生まれ。
慶應義塾大学SFC研究所上席所員。
若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書「絶望の国の幸福な若者たち」(講談社)で注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。著書に「だから日本はズレている」(新潮新書)、「保育園義務教育化」(小学館)など。