Vol.707 映画監督 黒沢清(『予兆 散歩する侵略者 劇場版』)

黒沢清監督(『予兆 散歩する侵略者 劇場版』)

OKWAVE Stars Vol.707は映画『散歩する侵略者』(公開中)のスピンオフドラマを自ら手がけた『予兆 散歩する侵略者 劇場版』(公開中)について黒沢清監督へのインタビューをお送りします。

Q まずは『散歩する侵略者』本編の映画化についてお聞きしますが、舞台原作の本作を映画化する上で、どんなところを大事にしようとされたでしょうか。

A『予兆 散歩する侵略者 劇場版』黒沢清宇宙人が侵略してくるということは非常に大掛かりで全世界的な異変が起こることです。ハリウッド映画ではそういうジャンルの作品は多いですし、莫大なお金もかけられています。日本でそういう映画をやりたいと思ってもなかなかそういった規模ではできません。また、日本という世界の中では片隅の国でそういったテーマを扱う発想もなかなか出てきません。この原作は舞台用に書かれたものですが、ある夫婦の物語と、その周辺の街の片隅だけで起こる出来事が全世界の状況を表しているのが素晴らしいアイデアだと思いました。前から一度はやってみたかった宇宙人侵略モノというジャンルを、この規模ならできると思って映画化しました。

Q 『予兆 散歩する侵略者 劇場版』は本編とはまた違ったテイストの作品となりましたが、このスピンオフ作品の製作の経緯についてお聞かせください。

A『予兆 散歩する侵略者 劇場版』黒沢清『散歩する侵略者』本編の準備をしている頃に、映画が完成したら、さらにスピンオフを作らないか、という提案がプロデューサーからありました。その時は何のアイデアも浮かんではいませんでしたが、ぜひやりたいと思いました。『散歩する侵略者』は夫婦がメインの話ということもあり、原作の演劇のタッチを尊重して、大変なことが起きてはいますがどこかコミカルなラブストーリーとして描きました。実際には恐ろしいことが起きているので、「怖い」という描き方もできるはずだったのですが、あえてそれは抑えました。怖くしすぎるとコメディにならないですし、愛も描きにくくなります。作りながら、これならいくらでも怖い表現ができるな、と思っていましたので、本編では遠慮していた怖い表現をこのスピンオフでやってみたいと思いました。
それで、脚本を作るにあたって、僕の友人で、『リング』『呪怨』などを手がけてきた高橋洋なら、きっと同じアイデアで恐ろしい話を書いてくれるだろうと思って、彼に依頼しました。

Q 「概念を奪う」という侵略者の行為についてはどう描こうとしましたか。

A黒沢清概念を奪われるとどうなるのかは、想像を絶するものがあります。本編では、概念を奪われた人は、それまで重荷だったその概念から解放されて自由になる、という方向で描きました。今回は人間としての大切なものが奪われてまるで廃人のようになってしまいます。東出昌大さんが演じた侵略者は、概念を奪って人間のことを知るという目的よりも、相手にダメージを与えるためにあえて奪うという、より悪意に満ちていることが、本編との違いです。

Q 夏帆さん、染谷将太さん、東出昌大さんに期待したところはいかがでしょう。

A『予兆 散歩する侵略者 劇場版』黒沢清夏帆さんとは初めてですが、染谷さん、東出さんとはこれまでにやっていたのである程度想像はできました。3人とも、考え出すと悩む役どころだと思います。しかし悩む暇も与えず、とにかくやってみようという姿勢でドンドン撮影していきました。彼らも理屈抜きでとにかく演じていったのですが、演じるほどに調子が上がっていきました。俳優の直感と瞬発力というのは凄いもので、理屈で考えたらありえないところにドンドン到達していました。ですので、撮っていて面白かったですし、彼らが演じているのを見て興奮もしました。
染谷さんは人間と侵略者の間に挟まれた矛盾のようなものを演じていて、ダメだと思っていても泥沼にハマっていくような感じを上手く表現してくれたと思います。

Q 夏帆さんの演じる悦子の持つ力は実際のところ何だったのでしょう。

A『予兆 散歩する侵略者 劇場版』黒沢清彼女がなぜそのような力を持っているのかは、宇宙人侵略モノという虚構にさらに上塗りになってしまうのでいっその事、説明はやめました。そもそも、侵略者である宇宙人がどこから来たのか、東出さん演じる真壁を乗っ取る前の正体が何なのかも説明していません。侵略者の見かけは東出さん演じる真壁なので、夏帆さん演じる悦子が対抗できる力を持っていてもこの作品なら大丈夫だと思いました。夏帆さんが最初は弱々しい、頼りないところから始めて、段々と対抗できるのは自分しかいないと覚悟を決めていくところを実にうまく表現してくれたので、観ている人も対抗できるのは彼女しかいないと納得できると思います。

Q 本編同様に「愛」を最後の要素に持ってきた狙いをお聞かせください。

A黒沢清そこは本編と自然と通じ合った部分です。こちらも夫婦の話ですし、男2人と女1人のほぼ3人で進行していきますので、ある意味、奇妙な三角関係とも言えます。真壁が悦子の特別な力に興味を持つことも、人間に置き換えると一種の愛情に近い感情なのかもしれません。こういった内容の作品に科学者や軍隊、政府をほとんど出さずに作ろうとすると、人間本来のシンプルな感情の一つである愛情が物語の基本になりますね。

Q 「恐怖」を描かれることは黒沢監督の特徴の一つかと思いますが、その意図などお聞かせください。

A黒沢清僕らの世代は、かつて映画を観る時は、劇場が暗くなって目の前のスクリーンがふわっと明るくなってオドロオドロしい音楽が鳴り出す、ということが常でした。そして怪獣映画では街が破壊されて人もバタバタ死んでいくような恐ろしい光景が映し出されるのが、映画の楽しみの基本でした。娯楽映画はどこか、ハラハラ・ドキドキする怖がり方が楽しい、という部分があるのだと思っています。

Q そしてそこにラブストーリーを描くのも黒沢監督の特徴かと思います。

A『予兆 散歩する侵略者 劇場版』黒沢清何か怖いことが起こるのが映画の基本ですが、それが実際に起こってしまうと、意外と観客は自分は安全だということに気づいてしまいます。ですので本当に観客がゾクゾクするのは何かが起きる前なんです。何かが起こるまで、どうやって観客をスクリーンの中に巻き込むことができるかが映画作りの最大のポイントと言ってもいいでしょう。そこで、まずは日常的な愛憎の物語から始めて、次第に何が起こるか分からないという緊張感を高めていくのが、映画を作る腕の見せ所なのかなとも思います。

Q 黒沢清監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!

A黒沢清タイトル通り、世界に恐ろしいことが起こる直前の予兆を描いています。主なキャストは3人だけですが、この3人の中で予兆らしきものがどう伝わっていき、最後にどう現実化していくのかをじっくり目撃してください。

Q黒沢清監督からOKWAVEユーザーに質問!

黒沢清いろんな世代、いろんな国の方に聞いてみたいのですが、夜、誰もいない暗い路地を一人で歩いていて、何か出てきそうで怖い、と思った時、何が怖いと思いましたか?

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■Information

『予兆 散歩する侵略者 劇場版』

『予兆 散歩する侵略者 劇場版』2017年11月11日(土)より公開中

山際悦子は、同僚の浅川みゆきから、「家に幽霊がいる」と告白される。みゆきの自宅に行くとそこには実の父親がいるだけだった。みゆきの精神状態を心配した悦子は、夫・辰雄の勤める病院の心療内科へみゆきを連れていく。診察の結果、みゆきは「家族」という《概念》が欠落していることが分かる。
帰宅した悦子は、辰雄に病院で紹介された新任の外科医・真壁司郎に違和感を抱いたことを話すが、辰雄からは素っ気ない返事のみ。常に真壁と行動をともにする辰雄が精神的に追い詰められていく様子に、悦子は得体の知れない不安を抱くようになる。ある日、悦子は病院で辰雄と一緒にいた真壁から「地球を侵略しに来た」と告げられる。冗談とも本気ともつかない告白に、悦子は自分の身の周りで次々に起こる異変に、真壁が関与しているのではないかと疑い始める。

出演:夏帆 染谷将太 東出昌大
中村映里子 岸井ゆきの 安井順平 石橋けい 吉岡睦夫 大塚ヒロタ
千葉哲也 諏訪太朗 渡辺真起子 中村まこと / 大杉漣
原作:前川知大「散歩する侵略者」
監督:黒沢清
脚本:高橋洋、黒沢清
音楽:林祐介
配給:ポニーキャニオン

公式サイト:http://yocho-movie.jp/

©2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ


■Profile

黒沢清

黒沢清監督(『予兆 散歩する侵略者 劇場版』)1955年生まれ、兵庫県出身。
大学時代から8ミリ映画を撮り始め、1983年、『神田川淫乱戦争』で商業映画デビュー。
その後、『CURE』(97)で世界的な注目を集め、『ニンゲン合格』(98)、『大いなる幻影』(99)、『カリスマ』(99)と話題作が続き、『回路』(00)では、第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。
以降も、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『アカルイミライ』(02)、『ドッペルゲンガー』(02)、『LOFT ロフト』(05)、第64回ヴェネチア国際映画祭に正式出品された『叫』(06)など国内外から高い評価を受ける。また、『トウキョウソナタ』(08)では、第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞と第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。TVドラマ「贖罪」(11/WOWOW)では、第69回ヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門にTVドラマとして異例の出品を果たしたほか、多くの国際映画祭で上映された。近年の作品に、『リアル〜完全なる首長竜の日〜』(13)、第8回ローマ映画祭最優秀監督賞を受賞した『Seventh Code』(13)、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞、第33回川喜多賞を受賞した『岸辺の旅』(14)、第66回ベルリン国際映画祭に正式出品された『クリーピー 偽りの隣人』(16)、オールフランスロケ、外国人キャスト、全編フランス語による海外初進出作品『ダゲレオタイプの女』(16)がある。