Vol.712 映画監督/脚本家 エチエンヌ・コマール(映画『永遠のジャンゴ』)

映画監督/脚本家 エチエンヌ・コマール(『永遠のジャンゴ』)

OKWAVE Stars Vol.712は映画『永遠のジャンゴ』(2017年11月25日公開)のエチエンヌ・コマール監督へのインタビューをお送りします。

Q 初めての映画監督作品の題材として、ジャンゴ・ラインハルトに着目したのはどんなところでしょうか。

A『永遠のジャンゴ』エチエンヌ・コマールジャンゴの伝記映画にするつもりはありませんでした。2時間程度の長さで一人の人生を語るのは無理だと思いました。実在の人物からインスパイアされるのは大好きです。全体像ではなく、その人のことを一番雄弁に語る時代というものがあるはずで、その部分を切り取るのが好きです。数年前から芸術家、とくにミュージシャンについての映画を作りたいという気持ちがありました。私自身、音楽が大好きで、趣味でロックバンドを組んでもいます。それもあって、ミュージシャンが頭の中で考えていることに興味がありました。私自身、音楽に没頭していると周りのことが見えなくなるし、周りのことから解き放たれる感覚にもなります。音楽を演奏している時は家族のことも周りのことも忘れてしまうくらい入り込めてしまうんです。今回の映画を作る上で私に実体験はとても役に立っています。今回取り上げたジャンゴもまた、音楽に没頭するあまり、第二次世界大戦間近の混沌とした時代も、彼自身に迫っている危険にも無頓着でした。それが我がことのように分かります。彼を描くにあたって、他の時代には興味がわきませんでした。戦時中のジャンゴのことはあまり知られていないですし、みんなが知っているジャンゴのイメージを覆すような部分が浮き彫りになるのも描く動機になりました。

Q 2時間の作品として構成していく上で何を大事にしようと思いましたか。

Aエチエンヌ・コマールこの映画は二部構成のようになっています。第一部はパリでのジャンゴです。室内のシーンが多く、その時代のジャンゴは戦争のことにも当時のドイツ軍が彼にすり寄ってくることへの危険にも気づいていません。第二部になるとトノン=レ=バンに舞台を移し、外での描写が増えます。ジャンゴ自身、殻が破られるような内なる変化が現れます。パリでの冒頭のコンサートのシーンは彼の栄光を描いています。後半のアンフィオンのドイツ将校らの別荘で演奏をするシーンでは、演奏することを余儀なくされています。こういったパリのシーンとトノン=レ=バンでのシーンを呼応させる作りにしましたので、冒頭のシーンが音楽から始まり、ラストシーンも音楽で終わるのもそうです。私自身、二部構成は好きなので、ジャンゴの心の変化とストーリーがうまくいきました。観客の皆さんが何かを感じてくれるのを期待しています。

Q 冒頭のシーンではチューニング済みのギターを当然のように受け取って演奏を始めるジャンゴが、ドイツ軍に追われる時にはギターだけは手放さず、最後にはそのギターも壊してしまいます。「レクイエム」が演奏されるシーンではギターを持っていないのも印象的でした。

A『永遠のジャンゴ』エチエンヌ・コマール実際のジャンゴはギターに偏執的なわけではなく、ギターケースも持っていないくらいでした。会場に忘れてきたりすぐに誰かにあげてしまうこともあったそうです。ドイツ軍にトノン=レ=バンの家から追い払われてしまう時に自分にとってギターが大事なものだと気づき、自分の武器のように使わなければならないという自覚もあったのでしょう。アンフィオンでの演奏では、まるで機関銃を扱うかのように演奏をします。喜びや成功を与えてくれた楽器ですが、重荷のように持っていかなければならない時もあります。次のステップに行くためにギターが壊れなければならない、とも言えますし、ギターが壊れたことで「レクイエム」が生まれたと言うこともできます。ギターの扱い方についてはニコラス・レイの『大砂塵(Johnny Guitar)』という西部劇映画からもインスピレーションを受けました。『大砂塵』でもギターが象徴的に扱われています。

Q ジャンゴ役のレダ・カテブにはどんなことを期待しましたか。

Aエチエンヌ・コマールジャン・コクトーがジャンゴのことを同時代の人間としてよく知っていたそうです。彼はジャンゴのことを「優しい野獣(※「野蛮人」と紹介されていることが多い)」と評していました。レダ・カテプもまた優しさもありながら野獣のような本能を持つ、両義性のある俳優です。それを出してもらうようにしました。もちろん、ギターも1年半ほど特訓してもらいました。ジャンゴのことを理解するにはまず音楽から入ってほしいと思ったからです。歴史的にこうだった、ということよりも、“私たちのジャンゴ”を作りたかったので、そういったやり方で準備してもらいました。

Q セシル・ドゥ・フランスが演じたルイーズは架空の人物とのことですが、その役と彼女に期待したところはいかがでしょうか。

A『永遠のジャンゴ』エチエンヌ・コマールこの映画の中でセシルが最初に出てきた時にルイーズとジャンゴは愛人関係にあるんだということが分かるような登場シーンにしたいと思いました。ジャンゴとルイーズは映画に出てくる典型的なカップルにしたいと思っていました。ジャンゴはアメリカ映画が大好きだったので、ルイーズはローレン・バコールのようなハリウッド映画の女優のような感じで登場させようと思いました。ジャンゴとは別世界にいるような女性で、彼をそこに誘うような人物として登場させました。
セシルはレダとは演技の仕方が全く違います。彼女はセリフを完璧に暗記して、完璧に練習をして、できればそのセリフは一文字も変えたくないというタイプです。彼女が提案してくる発音は私が思っていたことと少しずれていて、それがとても興味深かったです。とてもオープンな感じで、いろいろな演技の提案をしてくれました。最初はルイーズの配役は彼女でいいのか確証はありませんでした。それがレダと並ぶと、このふたりがぴったりだと思えました。

Q ドイツ軍はジャンゴに演奏のことで細かに制限を課しました。日本でも1970年代くらいまでは当時の大人たちがロックなどの音楽を制限するような風潮もありました。音楽を制限することはジャンゴの自由を奪うという受け止め方もできると思いますが、これは当時の史実通りなのか、それとも監督が何かメッセージを込めたのかいかがでしょうか。

Aエチエンヌ・コマール映画の中に出て来ることは事実です。「シンコペーションは楽曲の5%まで」というような変なルールもありました。スウィングは当時からポピュラーな音楽でしたが、アメリカの黒人音楽が発祥ですので、純血主義のナチスからすると真逆な音楽と言えます。だから、彼らが許容できる範囲の音楽にするために、ああいった変なルールを押し付けてきたのです。
今でも音楽を制限する国はまだまだあります。ミュージシャンを刑務所に放り込むような国もありますし、独裁者の前で演奏させることもあります。なぜそういう制限がかかるかというと、独裁者も音楽の持つ、人々を扇動する力を抑制したいと思っているのでしょう。いろんな芸術がある中で、音楽は一番シンプルに人々を感動させたり、誘導したり、自由にさせる力があります。

Q ジャンゴの周りの女性たちの強さが描かれていますが、何か意図があったでしょうか。

A『永遠のジャンゴ』エチエンヌ・コマールジャンゴのお母さんも奥さんも実際にとても強い人でした。お母さんはジャンゴが子どもの頃からかなり厳しくしつけていたそうですし、ジャンゴの代わりに物事を全て決めていました。ジャンゴは女性好きでしたが、女性たちもジャンゴのことが大好きでした。ジャンゴと一緒に生きるためには強くなければならない、とも言えますし、そういう強い女性に囲まれていたからジャンゴはこれほどまでの人生を送れたとも言えます。

Q ジャンゴの周りの人たちをはじめ、ロマ族の迫害の歴史が描かれていますが、ロマ族の方々の写真を最後に見せた意図をお聞かせください。

Aエチエンヌ・コマールロマ族が当局によって撮られた身体測定の写真を見せましたが、迫害されてきた彼らへのオマージュの意味があります。フランスは彼らを一番迫害した国ではありませんが、それでもヴィシー政権下では激しいものがありました。この事実は歴史の中で認知されてこなかった側面です。ようやく彼らの悲劇を公式に認知させたのはとても遅くて、2016年のオランド大統領によるものでした。これらの写真には名前が入っていますが、この映画に出てくるロマ族の人たちと似通った名前がたくさん出てきます。戦時中に迫害されたロマ族に捧げられた楽曲「レクイエム」の演奏シーンが最後に出てきますので、そこに顔を与えるという意味で私はあの写真のシーンを作りました。

Q 初監督をされて印象深い発見はありましたか。

Aエチエンヌ・コマール発見したことはたくさんあります。興奮もしましたし感動もしました。監督業が好きだという実感もありました。始める前は好きかどうかは自分でも分かっていませんでした。プロデュースとも脚本執筆とも全く違う仕事です。ジャンゴのことでの発見もたくさんありましたが、自分自身への発見も多かったです。監督という立場に立つと、要求も志も高くなければなりませんが、それと同時に自分が弱くなった気もしました。周囲の人の意見が今までは気にならなかったのが、心の中に刺さるようになってきたからです。人の意見を聞き入れるのは良いことです。ですがそれで不安になったり、フラストレーションになることもありました。でも、それも良いことだと思って、次回作への良いモチベーションにもなっています。

Q エチエンヌ・コマール監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!

Aエチエンヌ・コマール日本の方はこの映画を理解する素養がすでにあるように思えます。細かなところにも目を配って観ていただけたらと思います。

Qエチエンヌ・コマール監督からOKWAVEユーザーに質問!

エチエンヌ・コマールあなたの人生において、最もインパクトを残した音楽や楽曲を、その理由も合わせてぜひ教えてください。

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■Information

『永遠のジャンゴ』

『永遠のジャンゴ』2017年11月25日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

1943年、ナチス・ドイツ占領下のフランス。ジプシー出身のギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトは、パリでもっとも華やかなミュージックホール、フォリー・ベルジェールに出演し、毎晩のように満員の観客を沸かせていた。まさに音楽界の頂点を極めるジャンゴだったが、一方で、ナチスによるジプシーへの迫害は酷くなり、パリをはじめ各地でジプシー狩りが起きていた。多くの同胞が虐殺され、家族や自身にも危険が迫り、絶望に打ちのめされるジャンゴだったが、そんななか、彼にナチス官僚が集う晩餐会での演奏が命じられる…。

監督・脚本:エチエンヌ・コマール
音楽:ローゼンバーグ・トリオ
出演:レダ・カテブ、セシル・ドゥ・フランス
配給:ブロードメディア・スタジオ

公式サイト:www.eien-django.com

(c)2017 ARCHES FILMS – CURIOSA FILMS – MOANA FILMS – PATHE PRODUCTION – FRANCE 2 CINEMA – AUVERGNE-RHONE-ALPES CINEMA


■Profile

エチエンヌ・コマール

映画監督/脚本家 エチエンヌ・コマール(『永遠のジャンゴ』)1965年、フランス生まれ。
1992年にパリの高等映画学校ラ・フェミスを卒業。エラト・フィルムズでアンジェイ・ズラウスキ監督の『Boris Godunov』(89)、モーリス・ピアラ監督の『ヴァン・ゴッホ』(91・未)の製作業務に携わった。1990年代末からプロデューサーとして数多くの作品を手がけ、『ブラウン夫人のひめごと』(02)、『迷宮の女』(03)、『屋根裏部屋のマリアたち』(10)などを世に送り出している。グザヴィエ・ボーヴォワ監督との共同で初めて脚本を執筆した『神々と男たち』(10)でセザール賞脚本賞にノミネート。その後はクリスチャン・ヴァンサン監督作品『大統領の料理人』(12)、グザヴィエ・ボーヴォワ監督作品『チャップリンからの贈りもの』(14)、マイウェン監督作品『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』(15)の脚本を手がけている。アブデラマン・シサコ監督作品『禁じられた歌声』(14)では共同製作を担当。『永遠のジャンゴ』が監督デビュー作となる。