OKWAVE Stars Vol.754は映画『蝶の眠り』(2018年5月12日公開)のチョン・ジェウン監督へのインタビューをお送りします。
Q 日本を舞台にほとんどが日本人キャストの映画を企画した経緯をお聞かせください。
Aチョン・ジェウン私は以前『子猫をお願い』という映画を日本で公開した際に、日本の観客の皆さんに初めて直にお会いしました。その時に「必ず皆さんの国で映画を撮りたいです」という話をしました。韓国と日本は近い国ですし、文化的にも精神的にもたくさんのことを与えてくれた国です。国と国の違いは関係なく、映画は日本でもアメリカでも撮っていいものです。ですので、私にたくさんの影響を与えてくれた日本で映画を撮りたいと思いました。それと、私の映画を観た日本の方が感想を書いてくださっていて、私の映画を受け入れてくれる余地があるのだと思ったのもきっかけの一つです。その話をしてからだいぶ時間はかかってしまいましたが、こうして実現できました。
Q 遺伝性アルツハイマーという病気を扱ったねらいをお聞かせください。
Aチョン・ジェウン映画においてラブストーリーを描く時には「愛」という要素が存在します。本作の大きなテーマには「愛の永遠性」「愛の記憶」がありますが、その愛の記憶を二人から切り離してしまう重要な要素として病気のことを捉えました。この「愛の記憶」が消えてしまうということを中心に据えて台本を書きました。
私自身は周囲に遺伝性アルツハイマーを患っている人はいませんでした。ですが、記憶がなくなっていくということを考えた時、自分の経験というよりも普遍的な大きな問題として捉えました。例えば、ある愛し合っている二人が別れてしまった後に、相手は自分のことを忘れてしまっただろうなと考えてしまうこともあると思います。そんな愛の記憶を忘れるということを物語に関連付けました。
Q 中山美穂さんを主演に迎えたキャスティングについてのねらいは。
Aチョン・ジェウンこの映画はヒロインの涼子を中心とした物語になるだろうと思っていました。涼子役には誰がいいかと考えるまでもなく中山美穂さんしか思い浮かびませんでした。韓国でも映画『Love Letter』は絶大な人気があり『Love Letter』と中山美穂さんは日本を代表するイメージにもなっています。日本で映画を作るということもさることながら、韓国で公開する時にみんな喜んでくれるだろうとも思って提案しました。
中山美穂さんと一緒に映画を作ったことで、彼女への信頼はさらに深まりました。パリに長く暮らした経験もあるので、外国の監督と仕事をすることにも開放的な姿勢をもっていらっしゃいました。この映画を快く選択してくださったので、本当に感謝しています。
中山美穂さんのアップを撮っていた時に彼女自身は何も演技をしていなかったのに、哀しい気持ちが伝わってきました。新垣隆さんの音楽も一役買っていますが、中山美穂さんは愛を表現する卓越した才能があると感じました。
中山美穂さんが先に決まって、その後に相手役の男性を選ぶ作業を韓国で行いました。キム・ジェウクさんは、観客や、監督である私の視点も入るような終盤のあるシーンをうまく演じてくれるのではないかと思って選びました。
別々にキャスティングをしましたが、最初の衣装合わせの時に初めて二人が一緒にいる姿を見た時は、自分が選んだのに「これは素晴らしいキャスティングだ。誰が決めたんだろう」と思ってしまうほどお似合いでした。ですので、良い作用が働くに違いないと確信しました。
Q 涼子の衣装についてお聞かせください。
Aチョン・ジェウン中山美穂さんは何を着ても美しい方なので、衣装を手がけたスタッフとこの映画の涼子に何がふさわしいか考えました。全体の衣装を決める時に、映画冒頭はまだ涼子の意識がはっきりしているので、彼女自身の個性を見せようと決めました。最初は少しタイトめな服を着ていましたが、病気が進んでいくにつれ、ゆったりした服に変わっていきます。病気を抱えていく人の変化を衣装でも表現しています。
着物のような部屋着ですが、あるインタビュアーの方に袖が蝶のようだと指摘されて驚きました。まさにそのとおりだと言いたいです(笑)。
Q 万年筆が重要な小道具として登場します。作品の中では手書きの良さについて触れられていますが、監督自身は手書きで台本を書くのでしょうか。
Aチョン・ジェウン台本を書くには手書きでは大変な作業になってしまうんです。台本は常に修正を加えていくものですので、台本を書く時はPCを使ってしまいます。普段、メモを取ったり、アイデアを残す時には私も万年筆を使っています。
作品の中での万年筆の扱いですが、この映画の主人公の一人は小説家、もう一人は小説家を目指したいという漠然とした希望を持っている青年です。この二人が出会った時に何ができるかを考えました。もし、涼子がPCを使っていたとしたら、二人が一緒に何かをするというのは難しいなと思いました。それが手書きにこだわっている人物であれば、手をケガして書けないから男性主人公に頼むこともできると思いました。涼子本人は手書きで原稿を書くことを大事にしています。彼女のキャラクターを伝える上でもその設定は大切でした。
Q 新垣隆さんの手がけた映画音楽についてお聞かせください。
Aチョン・ジェウンこの映画の音楽はクラシックでいきたいと当初から思っていました。私はこれまでオーケストラを使った映画音楽は経験していなかったので、はじめての挑戦でした。その方針で探していたところ、プロデューサーから新垣さんを紹介していただきました。新垣さんに初めてお会いした時に瞬間的に「この人なら大丈夫」と思えました。これまでクラシック畑の知人はいませんでしたが、お会いしてすぐに友だちのように思えたのです。
もう一つ決め手があって、それは握手をした時の手でした。ピアニストの方の手に触れたのは初めてで、深い印象を持ちました。ピアノを弾く方は手で全てを表現しますので、さわった感触も一般の方とは全く違いました。こんな手を持った方なら、繊細な映画音楽を作ってくださるのかなと思いました。新垣さんの作る曲には男性的な印象を受けましたが、手にはこの世の人の手ではないと思えるほどの印象を受けました(笑)。
主人公の二人が神社に出かけるシーンで流れてくる音楽を最初に聴かせていただいた時には鳥肌が立つくらい美しいと感じました。
Q 韓国では尊厳死の選択が可能になったとのことですが、監督のお考えをお聞かせください。
Aチョン・ジェウン私も非常に関心を持っているテーマです。社会的に見た時、様々な理由で自分で死を選んでしまった人のことを「良い選択をした」と言えるのかと聞かれると、答えるのは難しいです。ただ、高齢になって自分の意識がなくなっていくことにどうしてもがまんできないと思う人もいると思います。そういう人を看続ける家族もいます。これに限ってはそういう選択肢があってもいいのではと思っています。
■Information
『蝶の眠り』
売れっ子の女性小説家・涼子は、自分が母と同じ遺伝性アルツハイマーに侵されていることを知る。死を迎える前に、何かをやり遂げようと考えた涼子は、大学で文学の講師を務めることを決める。講義の初日、学生と訪れた居酒屋でアルバイトをする韓国人の留学生チャネと出会い、涼子は最後となるかもしれない小説の執筆を手伝わせることに。愛犬の死により正気を失う涼子、そこへ駆けつけたチャネといつしか二人は年齢の差を超えて恋人のように惹かれ合っていく。病が進行するにつれ、涼子は愛と不安と苛立ちの中、チャネとの関係を精算しようと決意するのだが、その思いは到底チャネには受け入れがたいものであった…
出演:中山美穂 キム・ジェウク
石橋杏奈 勝村政信 菅田俊 眞島秀和 澁谷麻美/永瀬正敏
監督・脚本・原案:チョン・ジェウン
音楽監督:新垣隆
配給:KADOKAWA
©2017 SIGLO, KING RECORDS, ZOA FILMS
■Profile
チョン・ジェウン
1969年生まれ、韓国芸術総合学校・映像院・演出制作科卒業。作家性の高い韓国屈指の女性監督。近年は建築ドキュメンタリーの分野で評価されている。2001年、社会生活を始めたばかりの20歳の女性たちの物語『子猫をお願い』にて長編デビュー。2012年、建築ドキュメンタリー『語る建築家』(未)は韓国で観客数4万を突破、2012年独立映画における興行1位を記録して底力を見せた。