OKWAVE Stars Vol.799は映画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(2018年11月16日公開)御法川修監督へのインタビューをお送りします。
Q 原作と出会って映画化を考えた時に、どんなことを中心に据えようと思いましたか。
A御法川修痛ましいネグレクト(児童虐待・育児放棄)の問題に関心の矛先が向かいがちですが、僕が原作から得た大きな気づきは、「人生を循環させる」ということでした。
誰だって思い返すことがつらい記憶や、かさぶたのまま放置している傷を胸に秘めていると思います。生身の人間が何も傷つかないで生きることなんて不可能ですよね。そういったネガティブな記憶を、断捨離のごとく切り捨ててしまうのではなく、今を明るく生きることによって得られた友情や愛情を、過去の愛されなかった自分の意識に渡していくことができる。人生を循環させていくことができる。嬉しいことも悲しいことも、丸ごと自分の人生を肯定できたなら、今日よりも明日、明日よりも明後日を少しずつ明るいものに変えていけるはずだと思いました。この前向きで明るい気づきを、自分の手で映画にしてみたいと思ったことが始まりです。
映画のラストで、再び冒頭のシーンへとつながっていくのも、円環する人生を描きたいという想いから発想した語り口です。映画を観終えた時に、まんまるく幸せな円が結ばれたような感覚を抱いてもらえたら嬉しいです。
児童虐待の問題に対する解答や成功譚だと受け止めてほしいわけではありません。
Q 太賀さんと吉田羊さんが演じた息子と母親のキャスティングについてお聞かせください。
A御法川修二人には本当に感謝しています。太賀さんと吉田羊さんは、演じる役柄の欠点を恐れずに、心と体を差し出してくれました。モラルに反する描写があると、たちまち総ツッコミを浴びるご時世に、負のイメージが付きかねない役柄に勇気をもって挑んでくれました。
人間の営みは、「良い/悪い」の二者択一で解決できない複雑さを抱えていますよね。吉田羊さんが演じた主人公の母・光子は、子供に手を上げるひどい母親です。その振るまいを擁護できませんが、単なる加害者として描くことはしたくありませんでした。女性たちは様々な岐路に立ち、不安を抱えながら生きているはずです。子供を産んだからといって、母親になれるわけではありません。「妻」や「母」といった役割を強いられる女性の重圧に光を当てたいと考えました。紋切り型の「毒親」ではなく、人間の掴みきれない複雑さを描くことで、観客の倫理観を揺さぶってみたかったのです。映画は「答え」を提示するのではなく、観客に「問いかける」表現だと思っているので。
Q タイジと友人の友情もグッときますね。
A御法川修ネット依存の日々に埋没している僕たちは、誰もがマスコミ目線で、何かひと言ツッコミたがる自警意識に縛られた窮屈さを感じています。実感ある人間関係が希薄で、いつもさびしい。だから逆に、映画が描く友情の在りようを暑苦しいほど濃く描いてみたかったのです。体温の高い人間関係を、ひとつの希望として観客に提示してみたいと思いました。
僕自身も現実社会では空気を読んでばかりで、本当の気持ちを抑え込んでいます。だからこそ、泣いたり笑ったり、飛び跳ねたり、友と体を寄せ合ったり、感情をストレートに発露させる人たちを描きたかったのです。その意図を汲んでくれた太賀さんをはじめ、森崎ウィンさん、白石隼也さん、秋月三佳さん、みんな全身全霊で演じてくれました。映画全体の体温が高いので、彼らの演技が自然に見えるかもしれませんが、撮影現場では「もっともっと!」と常にあおっていたんですよ(笑)。
Q 御法川修監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!
A御法川修今年、是枝裕和監督の『万引き家族』がカンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞しましたよね。是枝監督はTVドキュメンタリーからキャリアを築かれた方です。映画においても常にジャーナリスティックな眼差しで、人と社会との関係を描いています。そこで重要なのは、僕たちが生きる「現実」の捉え方だと思います。本作も児童虐待の「現実」に触れた作品です。しかも実話をもとにしているわけですが、報道のように事実を切り取る意識より、虚構の物語として再構成することを僕は選択しました。描写もドキュメンタリータッチではなく、誤解を受けるかもしれませんが、ただただ「おもしろい映画」を作り上げたい一心でした。おもしろい映画を観て心がざわめき立ち、スクリーンの中の躍動する肉体や愛くるしい表情に魅せられた時に初めて人は、作品の中に潜むテーマを探してでも掴みたいと思うのではないでしょうか。映画は、世の中にメッセージを伝える「手段」ではありません。どんな高尚なテーマを掲げても、映画自体が生き生きと躍動していなければ、人の心を打つことはできないと思うからです。
僕は助監督として働くことから映画に携わりました。震えながらカチンコを叩いた日から27年が経ちます。「これが映画である」と口にした時に、その映画の在りようが、かつてないほど変化してしまった時代に、映画のおもしろさってなんなのか、真摯に探求してみたいと、恥ずかしいモノ言いですが、勉強し直す心構えで、この作品に取り組んだつもりです。
笑って泣ける、心が沸き立つような明るいエネルギーに満ち溢れた映画に仕上がっていると思います。けなげな主人公の姿を、すなおに愛おしく感じてほしい。この映画を観ることで、人を慈しむ気持ちを実感してほしい。その実感を確かめられたら、あらゆる問題に立ち向かう力になると信じています。
Q御法川修監督からOKWAVEユーザーに質問!
御法川修この映画は母と子の物語ですが、「大好き」という気持ちを相手に伝えるために七転八倒するラブストーリーだと思っています。皆さんに質問ですが、相手に好きだと伝えるために、思わずやらかしてしまった恥ずかしい経験を教えてください(笑)。
■Information
『母さんがどんなに僕を嫌いでも』
タイジは幼い頃から美しい母・光子のことが大好きだった。だが、家の中にいる光子はいつも情緒不安定で、タイジの行動にイラつき、 容赦なく手を上げる母親だった。17歳になったタイジは、ある日光子から酷い暴力を受けたことをきっかけに、とうとう家を出て1人で生きていく決意をする。努力を重ね、一流企業の営業職に就いたタイジは、幼い頃の体験のせいでどこか卑屈で自分の殻に閉じこもった大人になっていた。しかし、かけがえのない友人たちの言葉に心を動かされ、再び母と向き合う決意をする。
太賀 吉田羊
森崎ウィン 白石隼也 秋月三佳
小山春朋 斉藤陽一郎 おかやまはじめ 木野花
監督:御法川修
原作:歌川たいじ「母さんがどんなに僕を嫌いでも」(KADOKAWA刊)
配給・宣伝:REGENTS
(C)「母さんがどんなに僕を嫌いでも」製作委員会
■Profile
御法川修
1972年生まれ、静岡県出身。
助監督経験を経て、映画『世界はときどき美しい』(07)で監督デビュー。『人生、いろどり』(12)、『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(13)、『泣き虫ピエロの結婚式』(16)を発表。劇映画のみならず、ドキュメンタリー映画『SOUL RED 松田優作』(09)やWOWOW放送の連続ドラマW「宮沢賢治の食卓」(17)、「ダブル・ファンタジー」(18)など幅広い話題作を送り出す。人間を優しく見つめる眼差しと、笑って泣ける王道の物語を描きあげる確かな手腕に注目が集まっている。