OKWAVE Stars Vol.800は5本のオムニバスでつづられる『十年 Ten Years Japan』(公開中)の「PLAN75」の早川千絵監督へのインタビューをお送りします。
Q 『十年 Ten Years Japan』というプロジェクトについてどう感じましたか。
A早川千絵香港で作られた『十年』のことは、日本での公開前から海外の映画ニュースを通じて、話題になっているということを知っていました。日本版も作るらしい、という噂も聞いていたので、まさかそのお話が自分のところに来るとは思いませんでした。プロデューサーから「プロットのコンペがありますが、出してみますか」というお話をいただいて、すぐに「出します」と答えました。
Q 「10年後の日本」が題材ですが、テーマへの制約などはありましたか。
A早川千絵「10年後の日本」というテーマで、社会的なテーマを扱っているのが望ましい、とのことでした。オリジナルの香港版のコンセプトを知っていたので、そこには納得して取り組めました。
Q 今回「PLAN75」の脚本と監督をされて、高齢者の安楽死の制度を描きましたが、その題材はどのようなモチベーションで出てきたのでしょう。
A早川千絵もともと、この「PLAN75」は長編を撮ろうと考えていて、それが今回のテーマに合うと思って短編としてのシノプシスを書きました。
「PLAN75」では高齢者の問題をモチーフにしていますが、高齢者に限らず、社会的に弱い立場にある方たちへの世間の風当たりが非常に強くなっているなと感じています。ここ数年、そのような社会の不寛容さを肌で感じていて、それに対する憤りがあって、この作品を作ろうと思いました。ですので、高齢社会というよりも、不寛容な社会への危機感が作る動機としてありました。
Q 選ばれた時はどう感じましたか。
A早川千絵声をかけてくださったプロデューサーにシノプシスを渡して、プロデューサーと是枝裕和監督(エグゼクティブプロデューサー)らで審査をされて、1ヶ月後くらいに「選ばれました」と連絡をいただきましたが、やはり嬉しかったです。
昨年の7月に結果をいただいて、8月に決起集会があって(笑)、その後、9月からスタッフを集めていって、12月に撮影に至りました。
Q 5人の監督のオムニバス映画ですが、撮るにあたって何か指示などはありましたか。
A早川千絵決起集会の時にそれぞれの監督がどんな作品を作るのかを話しましたが、それ以降はそれぞれに委ねられて、監督同士が相談することもなく、各自で進めていきました。
この映画ではプロデューサーやスポンサーなどからも内容に関する指示や変更を促すようなことが何もなかったので、本当に作り手が自由にやらせていただきました。
Q 映画として実際に撮影する段になって、何を中心に据えようと思いましたか。
A早川千絵コンセプトやメッセージを、セリフなどでわかりやすく説明しようとは思いませんでした。「75歳以上の方は安楽死を選べる」という法律ができてしまった10年後の日本の社会を、映像として美しく、かつ不気味に描ければいいなと思いました。
Q 役者への演出面ではいかがだったでしょう。
A早川千絵登場人物が誰も本心で喋っていませんので、表面のセリフではなく、その裏にある本心を感じて演じてもらうようにしました。例えば、「PLAN75」を受け入れようとするお爺さんは楽しそうにしていますが、本当は受け入れたくはありません。ですので、朗らかに演じていただいたことで、より悲しみが浮き立って、イメージ通りにできたと思います。
Q 「PLAN75」を撮ってみて、新しい発見などはありましたか。
A早川千絵冒頭、主人公の伊丹が老人ホームの入居者の方たちに「PLAN75」を説明するシーンがあります。そのシーンではシニア劇団の方々と、実際の老人ホームの入居者の方にもエキストラとして撮影に参加していただきました。20〜30人くらい集まっていただいた中で、撮影前に私がどういう映画のどんなシーンを撮ろうとしているかを説明しようとした段になって、目の前の方たちに「安楽死を選びませんか」という「PLAN75」の説明をするのは、かなりのプレッシャーだと感じました。言葉を選んで、ようやく説明できましたが、意外に「不安でいるよりはこういう制度があっても良い」「家族に迷惑をかける時には使いたい」という声もあって、その人の立場や環境によって、受け取り方や影響も変わってくるので、一概に、良い悪いとは言えない難しさも感じました。
Q 完成した「PLAN75」および『十年 Ten Years Japan』をご自分で観てどう感じましたか。
A早川千絵まず「PLAN75」については自分の中にある怒りのようなものや問題提起がよく出ているなと思いました。
他の作品は、希望を感じさせるものや、子どもたちが主役だったり、いいバランスで、それぞれ違う5本が集まったなと思います。香港版と日本版の決定的な違いは、香港にとっての中国のような存在が日本にはないので、共通認識としての自由のために抵抗すべき相手がいない中で、全く違う社会問題を描いているのが日本らしいなと思いました。人間を描きながら、その背後にある国のシステムや制度への漠然とした不安が見えてくるのが面白いなと思いました。
Q 『十年 Ten Years Japan』鑑賞ポイントをお聞かせください。
A早川千絵「10年後の日本」、というテーマで描かれた映画ですが、この映画がきっかけになって、10年後がどうなるかを想像していただいたり、10年後を描いていながらも、今が描かれているとも思いますので、今起きていることがどのような方向に進んでいくのか、どうしたいのか、どうなったらいけないのかを話し合うきっかけになってほしいなと思います。
Q 監督ご自身は今後の10年をどう過ごしていきたいですか。
A早川千絵10年前を考えても、今後テクノロジーが進化してどんどん便利になっていくと思います。それによって知らない間に失われていくものもあると思います。それを意識して無くさないようにしていきたいと思います。便利になることだけが良いことではないということを常に頭のどこかに置いておきたいです。
映画監督としては「PLAN75」の長編を考えていましたのでまずはそれを実現させたいです。
Q ちなみに映画の10年後はどうなっていると思いますか。
A早川千絵このプロジェクトの成り立ちもそうですが、多様な映画が作られていった方が良いと思います。日本映画に関しては、そのような映画は段々と作るのが難しくなっているので、作り手にとって多様な映画を作ることができて、なおかつ、お客さんに観てもらえるようになっていると良いなと思います。
■Information
『十年 Ten Years Japan』
公開中
10年後の香港を舞台に5人の若手新鋭監督たちが近未来を描き、世界の映画祭を席巻したオムニバス映画『十年 TEN YEARS』(15)。社会現象にもなったこの香港版『十年TEN YEARS』を元に、自国の現在・未来への多様な問題意識を出発点に、約5名の新鋭映像作家が独自の目線で10年後の社会、人間を描く国際共同プロジェクトが、日本、タイ、台湾で2017年始動した。
日本版のエグゼクティブプロデューサーは、日本映画界を牽引する映画監督・是枝裕和。杉咲花、國村隼、太賀、川口覚、池脇千鶴ら実力派俳優たちが各作品の主演に集結した。国際社会への理解を深めたいというオリジナル版スタッフの熱い想いを受け継いだこのムーブメントは、世界に広がり始めている。
国際映画祭を含む世界での上映をはじめ、日本映画業界に一石を投じる、前代未聞の国際プロジェクトが、幕を開ける。
「PLAN75」早川千絵監督×川口覚
75歳以上の高齢者に安楽死を奨励する国の制度「PLAN75」。公務員の伊丹は、貧しい老人たちを相手に“死のプラン”の勧誘にあたっていた。
「いたずら同盟」木下雄介監督×國村隼
「DATA」津野愛監督×杉咲花
「その空気は見えない」藤村明世監督×池脇千鶴
「美しい国」石川慶監督×太賀
配給・宣伝:フリーストーン
(C) 2018 “Ten Years Japan” Film Partners
■Profile
早川千絵
1976年8月20日生まれ。
NYの美術大学School of Visual Artsで写真を専攻。短編『ナイアガラ』が2014年カンヌ映画祭シネフォンダシヲン部門入選、ぴあフィルムフェスティバルでグランプリ受賞、他国内外多数の映画祭で評価を受ける。2016年ギリシアで現地スタッフと制作した『BIRD』がアテネ国際映画祭短編コンペティション部門入選。現在、『PLAN75』長編版を準備中。