OKWAVE Stars Vol.811は『私は、マリア・カラス』(2018年12月21日公開)のトム・ヴォルフ監督へのインタビューをお送りします。
Q マリア・カラスを知って、探求する旅に出たのが2013年とのことですが、彼女の人生は過去に何度か映画化されています。今回はどのように描こうと思いましたか。
トム・ヴォルフ私にとって今回が初めての長編映画です。マリア・カラスの人生はいろんな人に感銘を与えるものだと思いました。まるでフィクションのように彼女の人生は波乱万丈です。ですが私はフィクションで描くのではなく、ドキュメンタリーにしました。ただ、関係者へのインタビューを用いたよくあるドキュメンタリーの手法ではなく、実在の素材を使って、マリア・カラス自身の映像と言葉だけで彼女の人生を表現したということがこの映画の特徴だと思います。
Q マリア・カラスの人生のどんなところに監督自身は惹かれたのでしょう。
Aトム・ヴォルフマリア・カラスはジェットコースターのような人生を送ってきました。しかも二重の人生です。マリア個人としての人生も波乱万丈ですし、アーティストとしてのカラスの人生も同様です。そんな公的な生活とパーソナルな生活両方ともジェットコースターのようなところに心惹かれました。
Q マリア・カラスという女性を描くにあたって、膨大な資料から何を残そうと思いましたか。
Aトム・ヴォルフ映画に入りきらないくらいの素材を集めました。40時間以上のフッテージ、400通以上の手紙、数えられないくらいのいろいろな録音。基準としては一つのスムーズなストーリーを作る、ということでした。単にファンがコレクターアイテムを紹介するようにいろんな素材を陳列するのではなく、お互いにつながっていて、一つの物語を語ることです。そして、未公開素材がたくさんあったので、なるべく皆さんに喜んでもらえるような素材を使いました。
Q 集めた資料の中で、監督自身がマリア・カラスへの印象が変わったものはあるでしょうか。
Aトム・ヴォルフアメリカの人気司会者デビッド・フロストとのインタビューに非常に感銘を受けましたので、この映画はそのインタビューを軸にフラッシュバックするようにマリア・カラスの人生をたどるものになっています。この映像は、むしろインタビューというよりも告白だと思います。それ以前にもそれ以降も、彼女がこんなに自分自身を晒しているインタビューは存在しないので、非常にいい証言だと感じました。1970年に生放送されて以来、約50年にわたって失われたと思われていました。それがこういった形で見つかって、今回の映画で使用できたのは奇跡だと思います。
それから彼女のプライベートなホームビデオです。マリア自身がとてもよく表れていて、女の子のような印象を与えてくれます。カラスというアーティストとは全く印象の違う、私たちが知らなかった彼女の一面がよく表れていると思います。
Q 映画の中で使用されている映像や写真に、マリア・カラスの生きた時代を感じさせるフレームがついていて印象的です。
Aトム・ヴォルフ実はあれは私が付け加えたものではありません。16ミリフィルムやSuper8カメラ(スーパー8mmフィルム)のフレームをそのまま使っているんです。通常、ドキュメンタリー作品で過去の映像素材を使う場合には、ああいった枠は取ってしまいがちです。だけど私はわざと残すことにしました。若い方はSuper8カメラなんて知らないでしょう。フレームを残すことで、当時の本物のフィルムを使っていることを表せると思ったからです。映画の黄金時代でもある50年代から70年代の空気感を紹介できるとも思いました。
それと、デビッド・フロストのインタビュー映像のフレームは当時の本物のテレビが映り込んでいるんです。あの素材は、マリア・カラスの友だちがTVで放送されているものをSuper8カメラでそのまま撮ったから、あのようになっているんです。あの当時はVHSもありませんので、TV局も録画を残していませんでした。たまたまマリア・カラスの友人が持っていた素材をフレームも含めて使用したんです。だから私は何も手を加えませんでした。この映画は何も手を加えていませんので、映画を観始めるとすぐに彼女の生きた時代を感じられます。劇場を出て、スマホの画面を見て、今と当時は違うんだと思い返すことができると思います。
Q マリア・カラスの表情など、集めた素材の中で個人的に気に入っているものはありますか。
Aトム・ヴォルフ難しい質問です(笑)。全部気に入っています。3年間の探求の旅を経て見つけた素材ですし、それを6ヶ月間、毎日編集室で見つめていました。それぞれに深い思い入れがありますし、その素材を貸してくれた方々との思い出もあります。個々の素材についてよりも、最終的にひとつにまとまった統一感のある作品という結果に私は満足しています。
Q マリア・カラスが演じた蝶々夫人(マダム・バタフライ)の映像について何か秘話はあるでしょうか。
Aトム・ヴォルフマリア・カラスの「蝶々夫人」は有名ですが、それはレコードになったもののことで、オペラとしては1955年にシカゴで上演された4晩しかないんです。彼女の人生の中でも4回しか演じていない「蝶々夫人」のオペラのリハーサル風景があの映像です。日本人女性の仕草はヨーロッパの人間には分かりません。なのに彼女はそれを正確に取り込んでいるんです。公演を実際に観た人以外には今回初めて公開される姿なので非常に貴重なものだと思います。
ところでどうやってマリア・カラスは日本人女性の仕草を知ることができたと思いますか。1955年当時は、日本映画も観ていないだろうし、まだ来日もしていません。日本人女性を見たこともなかったと思います。蝶々夫人の音楽はイタリア人が作曲しています。しかし彼女はその曲の中から日本の芸者の女性というものを自分の本能で嗅ぎ取って、表現しているのです。まさに彼女の天才ぶりを証明するものだと思います。
Qトム・ヴォルフ監督からOKWAVEユーザーに質問!
トム・ヴォルフマリア・カラスはいつも自分の人生で起きていることにちなんだアリアを選んでいます。だから楽曲と彼女の人生はいつもリンクしています。では皆さんが好きなマリア・カラスの楽曲は何でしょうか。
■Information
『私は、マリア・カラス』
2018年12月21日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー
むき出しの魂で歌い、愛した世紀の歌姫マリア・カラス。没後40年、未完の自叙伝や封印された手紙、映像・音源の数々が紐解かれる。マリア・カラス本人の「歌」と「言葉」だけで綴られる“真実の告白”。そこには、プロフェッショナルとしての信念と、ひとりの女性としての幸せに揺れる姿があった。
監督:トム・ヴォルフ
配給:ギャガ
公式サイト:gaga.ne.jp/maria-callas
© 2017 – Eléphant Doc – Petit Dragon – Unbeldi Productions – France 3 Cinéma
■Profile
トム・ヴォルフ
ロシア、サンクトペテルブルグ生まれ、フランス育ち。
2006年に映画作りを始める。カメラマンとしても活躍。手がけてきたのは、ファッション広告、国際的組織や企業のPR映像のようなものから、オペラをテーマとする短編映画など多岐にわたる。シャトレ座ではオーディオビジュアル・コミュニケーションを3年に渡り担当し、さらに、プラシド・ドミンゴ、スティング、デヴィッド・クローネンバーグなどの数々の偉大な人物や作家のインタビュアーとしても活躍。
2013年にニューヨークに移り、マリア・カラスの歌声に感銘を受け、マリア・カラスを探求するプロジェクトを開始。3年間にわたり世界中を旅し未公開の資料や映像、音源を探した。またカラスの近親者や仕事相手にも会いに行き、60時間以上のインタビューを実施。そこで得た貴重な情報や素材は初の長編監督映画となる『私は、マリア・カラス』(原題:Maria by Callas)、3冊の書籍、2017年9月パリで開催した展示会などでみることができる。マリア・カラスの資料を保存する財団にも新たにメンバーとして名を連ね、彼女の伝説の普及に貢献している。