OKWAVE Stars Vol.843はドキュメンタリー映画『HOMIE KEI~チカーノになった日本人~』(2019年4月26日公開)サカマキマサ監督へのインタビューをお送りします。
Q KEIさんに初めて会った印象をお聞かせください。
Aサカマキマサ本人に会う前に原作を読ませていただきました。その原作本の表紙はKEIさんの似顔絵なのですが、あまり好印象ではなかったんです。それが実際に会ってみたらとても魅力のある方でした。話してみると、これまでに僕が知っていたヤクザ稼業のような方とは違う印象を受けました。
Q 本映画の企画の経緯をお聞かせください。
Aサカマキマサ原作本を出版されていた東京キララ社の中村保夫さんから制作プロダクションの戸山プロデューサーに話があって、戸山さんから僕が話を受けました。僕はもともとディスカバリーチャンネルで働いていて、戸山さんとは以前から知り合いでした。本作の背景にはヤクザという世界があるので、実は最初はお断りしました。それを引き受けたのはKEIさんの人柄です。「元ヤクザ」と一括りにしないで、「この人なら」ということで引き受けました。ただ、原作では壮絶なシーンばかりなので、踏み込む勇気が必要でした。
Q どんな方針で撮り始めましたか。
Aサカマキマサ僕のヤクザのイメージがあったので、最初はKEIさんとの距離感も保ちつつ撮りたいと思っていました。それがどんどん近くなってしまったのは自分でも予想外でした。僕は中野の出身で、KEIさんも中野に住んでいた時期があったり、KEIさんがアメリカの刑務所にいた時期と僕がアメリカにいた時期も塀の内と外ですがほぼ同じです。年齢はKEIさんの方が上ですが、同じ時代を経てきたような共通点がありました。KEIさんがヤクザ時代に活動していた歌舞伎町には、僕も小学校5〜6年生の頃にゲームセンターに遊びに行ったりしていて、当時の危ない雰囲気も知っていました。
ですので、あの頃の歌舞伎町であったり、昔の義理人情のヤクザといったものをうまく表現できないかと思いながら撮影に入りました。ただ、“義理人情”を映し出すのは難しかったです。どうしてもヤクザという悪い面が出ますし、ヤクザやギャングは結束が堅い反面、裏切りもありますので、どうしても汚いところも見えてしまいます。また、歌舞伎町時代と刑務所時代はエピソードとしては面白いのですが、過去の話のため映像にできません。KEIさんの昔の友人のインタビューなどで引き出していきましたが、出てくる人は、元刑事の北芝健さんも含め、とても癖のある人ばかりでしたので、面白いのですが、大変でした。
Q KEIさんの家庭環境に恵まれない子供たちの居場所としての施設の運営についてはどう描こうとされましたか。
Aサカマキマサ良いことをされているので、全面的に打ち出したかったのですが、実施されているイベントを撮影するだけでは表面的にしかなりません。ボランティア活動が実っているかどうかを描くのは難しかったです。湘南でジェットスキーをやっているイベントでは、参加者の皆さんのもっといい表情も映像に収めましたが、KEIさんが映画の中で話しているとおり、やっかみや昔を知っている人からの非難もあるとのことで、全面的に描くのは難しかったです。
Q 完成まで7年を要した理由は何でしょう。
Aサカマキマサメインのお話が過去の出来事であることに悪戦苦闘したことが一番の理由です。撮りたいけれど撮れない、ということが多かったです。それとKEIさんが次々と撮影のネタを出してきたのも理由です(笑)。それを片っ端から撮っていったので、すごく時間がかかってしまいました。もともと商業映画ではなく、自主制作という中で、編集にも時間がかかりましたし、エディターの方も何人も代わりました。企画立ち上げを含めると10年近いので、自分の人生のかなりの部分をかけたことにもなりますし、本当に難航しました。
結果としては、最初に僕が描きたいと思ったKEIさんの過去の話から、撮影期間中にKEIさんのお母さんが亡くなってしまったことなど、いくつかの経緯からKEIさんの家族の話へ視点を膨らませて完成させました。
Q チカーノのカルチャーについて監督自身が思うところはありますか。
Aサカマキマサ僕自身はL.A.に4年、N.Y.に10年いました。N.Y.ではイタリアンマフィアの末裔のような人くらいしか接触がありませんでしたが、L.A.時代には確実にこういった方たちはいました。とくにメキシコ系の方たちは表舞台になかなか出てきませんでした。僕が滞在している時には、それこそ12歳くらいの子がキッチンでアルバイトをしていて、最初は心を開きませんでしたが、話しかけていくうちに打ち解けてそれなりに仲良くなりました。昔の内向的な日本人のような気質がイメージに近いと思いますが、そういう人たちが一気に感情を爆発するのがチカーノのような存在だという印象です。KEIさんと一緒にL.A.に行って彼らと接しましたが、彼らは皆ギャングで、一線を越えてしまっているので、やはり怖さはあります。
Q 本作を通じての新しい気づきなどはありましたか。
Aサカマキマサ親から離れて育ったKEIさんは自分のことを「僕は諦めが早いんです」と言っていました。最初、正直その真意が分かりませんでした。KEIさんは刑務所生活を振り返って「ここで殺されるなら、それも運命だ」とも言っていましたが、では殺されるのをただ待っていて偶然生き延びたかというとそうではなく、諦めるからこそ逆に自分の気持ちや意思を貫き通して周囲の人々とぶつかり、生きてきたと思います。そこが普通の人と違うところです。KEIさんは一見すると、ある境遇に生まれて、その境遇から流されて生きてきて現在に至ったかのように見えますが、流されてきたわけではなく、自分がやりたいことがあって、それをやるために、立ちはだかる壁があっても自分を曲げずに向かっていきます。そこには僕には理解できないような壮絶な強い意志があるので、そういうところは勉強になりました。
Q サカマキマサ監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!
Aサカマキマサ変わった人たちしか出てこない、変わった人生が描かれた映画です。それを楽しんでいただくのが一番ですが、自分との距離も感じていただきたいです。「抗うのであれば、最初に抗え」とKEIさんは言っていて、普通の人ではなかなかできない生き方をしているので、それを観ていただいて、いろいろな生きる道があることを感じていただけたらと思います。
■Information
『HOMIE KEI~チカーノになった日本人~』
2019年4月26日(金)ヒューマントラストシネマ渋谷公開他全国順次
バブル時代にヤクザとして大成功を収めるも、FBI囮捜査にはめられてアメリカの極悪刑務所へ。そこでは日々抗争、殺人が絶えず、たった一人の日本人はすぐに殺されてもおかしくない最悪の状況だった。しかし、己の力と精神力で闘い生き残った男は、いつしかチカーノという刑務所内最強のギャンググループと通じ合うようになる。メキシコ人でないと受け入れられないチカーノギャングの世界で、仲間として、家族として受け入れられたのだ。彼らと強い絆で結ばれたまま、男は出所し、日本へ帰国した。この壮絶な過去は多数のメディアで取り上げられ、原作者として別冊ヤングチャンピオンにて連載された『チカーノKEI』(秋田書店)の単行本は、5巻合わせて発行部数50万部を突破。アパレルブランドを立ち上げ、日本のチカーノ・ブームの牽引者としても知られる。そんな輝かしい活躍の裏で、帰国後は引きこもりなど問題を抱える少年少女を救済する団体を立ち上げ、自らの家族関係を見つめ直す時間を過ごしている。
そんなKEIへの7年にわたる取材をもとに、ドキュメンタリー映画『HOMIE KEI~チカーノになった日本人~』が完成した。
出演:KEI
監督:サカマキマサ
原案:東京キララ社『チカーノになった日本人』『アメリカ極悪刑務所を生き抜いた日本人』
配給:エムエフピクチャーズ
■Profile
サカマキ マサ
ロサンゼルスで映画を学んだ後、NYへ。そしてCMプロデューサーを経て、アメリカの撮影現場で演出や制作など多種なポジションで活躍。帰国後、2003年に日本人写真家、荒木経惟氏についてのドキュメンタリー映画『アラキメンタリ』を制作。この作品は2004年に日本全国劇場公開、続いてアメリカやヨーロッパにおける劇場公開・DVDリリースと展開。ディスカバリーチャンネルにてクリエイティブディレクター/プロデューサーを経て、現在は海外作品の制作などをしている。