Vol.861 白石和彌、恒松祐里(映画『凪待ち』について)

映画監督・白石和彌、女優・恒松祐里(映画『凪待ち』)

OKWAVE Stars Vol.861は映画『凪待ち』(2019年6月28日公開)白石和彌監督とヒロイン美波役の恒松祐里さんへのインタビューをお送りします。

Q 本作立ち上げの経緯をお聞かせください。

A映画『凪待ち』白石和彌制作プロダクションから「香取慎吾さんの主演で映画を作りたい」と相談がありました。もともと、香取さんとの映画を作りたいと思っていたのですぐに「やりたいです。題材は何ですか」と答えると、「ネタはない」と(笑)。つまり自由にやっていいということでしたので、いくつかやりたかった企画候補の中から“喪失と再生”という題材を選びました。本当は脚本も自分で書こうと思っていましたが、準備期間が足りなかったので、先輩の加藤正人さんにお願いして共同作業で進めることができました。

Q 本作出演についてどう感じましたか。

A映画『凪待ち』恒松祐里白石監督の映画で、香取慎吾さん主演という、こんなにおいしく(笑)、光栄な話はないなと。そこに私の名前を挙げていただけたことがうれしかったです。台本を読ませていただくと、すごく静かで深い物語だったので、どのように撮られるのか楽しみでした。美波役として、若い自分の解釈で臨もうと、現場に入らせていただきました。

白石和彌恒松さんとは『凪待ち』撮影の1年くらい前に雑誌の企画でご一緒したことがあって、その時の印象がすごく良かったので、彼女が10代のうちに何か撮れればいいなと思っていました。とはいえ、キラキラ青春映画を撮る機会は僕にはなかなか無いので(笑)難しいかなと思っていたら、ちょうどこの作品の美波役がいて、他の候補は考えられませんでした。

Q 香取慎吾さんの演じる郁男をどう撮ろうと思いましたか。

A映画『凪待ち』白石和彌香取慎吾さんだから、ということではなく、あたかもそこにいるような、ドキュメンタリーを見ているんじゃないか、と思えるように登場人物を切り取りたいと思っていました。香取さんはスーパースターですし、オーラがすごいですが、この撮影ではそのオーラを完全に消していました。

恒松祐里そうなんです、逆にびっくりしました。香取さんが楽屋にいらっしゃったことにも気づかないくらい自然でした。でも、服装や靴はいつもちゃんとしていて(笑)、郁男モードのダメダメな感じと普段の香取さんは全然違いました。

Q 香取慎吾さんとの共演はいかがでしたか。

A映画『凪待ち』恒松祐里すごく楽しかったです。香取さんはフラットに演じてくださっていました。郁男はこれ、という固まった形ではなかったので、演技のワークショップのようにふたりで芝居を作っていくようにできました。香取さんの芝居の形もあると思いますが、柔軟に対応されていて、私もそれに応じて柔軟に対応していけたので、心地良いセッションという感じでした。

Q 美波役についてはいかがでしたか。

A恒松祐里美波は基本的には明るい子です。川崎に住んでいるときにはいじめられて、引きこもっていたという背景設定はありますが、大好きな郁男とお母さんに囲まれて、美波なりの自分の居場所を見つけられています。現場に入る前は、美波がいじめられていたときのことを想像したり、引きこもってゲームばかりやっている設定なのでモンハン(モンスターハンター)のやり方を覚えたりもしましたが、現場に入ってからは素直に明るい美波としてその場にいました。
また、この作品で、はじめて身内を亡くしてしまう役を演じましたが、その気持ちに近づくためにどこまで自分を追い込めばいいのだろうと、待ち時間に部屋に籠もったりもしていましたが、いざそのシーンを迎えると喪失感が大きくて、経験したことがない感情が生まれて大変でした。

Q 物語の舞台である石巻についてはいかがだったでしょうか。

A映画『凪待ち』白石和彌ずっと映画を作ってきて、社会派と言われながらも、東日本大震災とはあまり向き合えてなかったのと、助監督時代に大船渡でお世話になっていた時期があったので、東北を舞台にしたいとずっと思っていました。当初は大船渡を舞台にと考えていましたが、台本に書かれていることをやりきれないので、他のロケ地を探す中で石巻の町の大きさやエネルギーが合うと思って決めました。
物語の背景である土地で実際に撮影することで、震災のことも含め、取り入れられるものはすべて取り込んでいきました。

恒松祐里私自身はじめて津波があった被災地での撮影でしたが、美波が幼馴染の翔太と行く高台から見る景色には本当に何もなくて、雑草の長さだけが年月を物語っていました。現地に行って感じることもありましたし、この空気感でなければ成立しない映画なのだろうなとも思いました。

白石和彌『凪待ち』というタイトルですが、人の心にはなかなか凪ぎが来ませんが、実際の三陸の海は凪いでいました。それでも海を見ていたら、いつかは心にも凪ぎが来るんじゃないかと思えたので、やはり石巻や女川で撮影できたのは大きかったと思います。

Q どの登場人物も優しさと荒れた部分を持っているのが印象的でした。

A映画『凪待ち』恒松祐里美波役として誰かの荒ぶる姿を直接見る機会は少なかったのですが、初号試写を観て、とくに郁男がギャンブルに依存しているときの目が印象的でした。美波が知っている郁男との裏表を、私自身、現場では見ていなかったので、人の裏表を感じました。美波の年頃だと分かりやすい荒れ方をしますが、大人は荒れている姿を隠しているので、新鮮な驚きでした。

白石和彌人間、誰しも裏表がありますが、登場人物は基本、みんな優しいです。皆さん役者としては楽しく演じていたと思います。

恒松祐里勝美おじいちゃん役の吉澤健さんは撮休日でもホテルのロビーで石巻弁を聞きながら役に浸るようにセリフを練習されていました。おじいちゃんはおばあちゃんを津波で亡くしているので、その気持ちをはじめ、役に入れ込んでいる時間が一番長かったと思います。それが画面に出る味わい深さになっているんだなあと思います。私はこの作品では、おじいちゃん推しなんです(笑)。

Q 本作を通じて、新しい発見などはありましたか。

A白石和彌人間、落ちるのも簡単ですが、そこから這い上がるのは難しく見えますが、見方を変えると、再生するチャンスは同じように転がっているんじゃないかと思いました。郁男は再生する道筋を何度も間違えてさらに落ちていきますが、そういう風に作っていたつもりはありませんでしたが、完成した映画を観て、そう感じました。

恒松祐里今回、お葬式のシーンをはじめて演じました。この現場に入る前にあるワークショップに通っていて、先生から「お葬式のときは悲しいから泣くというより、楽しいことを思い出していたら自然と涙が出てくる」と言われたので実践しました。今回、西田尚美さんとはすごく親しくさせていただいて、よくご飯にも一緒に行っていたので、そのときのことを思い出したら自然と涙があふれてしまって、先生の言っていたことがよく理解できました。
それと、監督がいま仰ったように、人は落ちているときにこそ這い上がるチャンスもくるだろうし、落ちているときにこの映画を観ると何かのきっかけになるだろうなと思いました。

Q OKWAVEユーザーにメッセージ!

A恒松祐里俳優陣は石巻で無理せずしっかり立ってお芝居をしました。観ていて違和感はないと思いますし、真実を語っている部分と、言葉では語っていないけれどそこにある真実が見つかると思います。20歳くらいの人がこの映画を観てどう感じるのか知りたいので、ぜひ若い人に観ていただいて、どんな考えが浮かんだかを聞いてみたいです。

白石和彌人生もそうですし、ニュースを見ていても心がざわつくことが多いので、心が凪いでいる時間はなかなか無いと思います。それでもどこかで凪いでいる時間、場所、人との関係性があると思いますので、映画を観て考えていただけたらと思います。

Q白石和彌監督、恒松祐里さんからOKWAVEユーザーに質問!

白石和彌皆さんの心に凪ぎが来るのはどんなときですか。

恒松祐里私がまた白石監督の作品に出させていただけるとしたらどんな役がいいと思いますか。
それと、監督は今日の帽子以外で、どんな帽子が似合うと思いますか。

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■Information

『凪待ち』

映画『凪待ち』2019年6月28日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

毎日をふらふらと無為に過ごしていた郁男は、恋人の亜弓とその娘・美波と共に彼女の故郷、石巻で再出発しようとする。少しずつ平穏を取り戻しつつあるかのように見えた暮らしだったが、小さな綻びが積み重なり、やがて取り返しのつかないことが起きてしまう。
ある夜、亜弓から激しく罵られた郁男は、亜弓を車から下ろしてしまう。そのあと、亜弓は何者かに殺害された。恋人を殺された挙句、同僚からも疑われる郁男。次々と襲い掛かる絶望な状況から、郁男は次第に自暴自棄になっていく。

香取慎吾 恒松祐里 西田尚美
吉澤健 音尾琢真 リリー・フランキー
監督:白石和彌
脚本:加藤正人
配給:キノフィルムズ

http://nagimachi.com/

©2018「凪待ち」FILM PARTNERS


■Profile映画監督・白石和彌、女優・恒松祐里(映画『凪待ち』)

白石和彌

1974年生まれ、北海道出身。
1995年、中村幻児監督主催の映像塾に参加。以降、若松孝二監督に師事し、フリーの演出部として活動。若松孝二監督『明日なき街角』(97)、『完全なる飼育 赤い殺意』(04)、『17歳の風景 少年は何を見たのか』(05)などの作品へ助監督として参加する一方、行定勲監督、犬童一心監督などの作品にも参加。2010年、初の長編映画監督作品『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で注目を集める。ノンフィクションベストセラーを原作とした『凶悪』(13)は、2013年度新藤兼人賞金賞をはじめ、第37回日本アカデミー賞優秀作品賞・脚本賞ほか各映画賞を総嘗めし、一躍脚光を浴びる。続いて、『日本で一番悪い奴ら』(16)、『牝猫たち』(17)、『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)、『サニー/32』(18)、『孤狼の血』(18)、『麻雀放浪記2020』(19)など多数の話題作が公開。公開待機作品として『ひとよ』(19/秋)などがある。

恒松祐里

1998年10月9日生まれ、東京都出身。
子役としてデビュー。主なテレビドラマの出演作は、NHK連続テレビ小説「まれ」(15/NHK)、NHK大河ドラマ「真田丸」(16/NHK)などがある。主な映画出演作は、『くちびるに歌を』(15/三木孝浩監督)、『ハルチカ』(17/市井昌秀監督)、『サクラダリセット前篇・後篇』(17/深川栄洋監督)、『散歩する侵略者』(17/黒沢清監督)、『3D彼女 リアルガール』(18/英勉監督)、『虹色デイズ』(18/飯塚健監督)などがある。公開待機作に、『アイネクライネナハトムジーク』(19/今泉力哉監督)、『殺さない彼と死なない彼女』(19/小林啓一監督)などがある。

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スタイリスト:武久真理江