OKWAVE Stars Vol.912は映画『山中静夫氏の尊厳死』(2020年2月14日公開)主演の津田寛治さんへのインタビューをお送りします。
Q 題材についてどう感じましたか。
A津田寛治深くて重い題材だと思いました。「尊厳死」という言葉は日本ではまだ聞き慣れないです。「安楽死」とも違いますし、ホスピスのような緩和ケアだけでもないので、まずは調べるところから始まりました。
Q 医師の今井役についてどう感じましたか。
A津田寛治台本を読んで、今井はすごくいい役だと思いました。がん患者役は何度か演じたことがあるんです。看取る側の役は少なくて、医者としては初めてです。しかも、今まで見てきた看取る役とは全く違います。看取りながら、自分自身も病んでいく、しかもそれが医者なので、幾層にも立ち位置が変わるので、俳優としてすごくやりがいのある役です。どう演じようかと考えるのはとても楽しかったです。
Q 観客にとって、看取られる患者とその家族、看取る医者とその家族、様々な視点で観ることができますね。
A津田寛治そこを村橋明郎監督は描きたかったんだと思います。死は誰にでも訪れることですし、看取ることも誰にでも訪れることです。それを描いた映画が多いのは今の世の中の必然だと思います。死ぬ、看取るということはとても人間的な行為ですし、それによって高まる感情を描いていることが多いと思います。けれども、この映画はそれをできるだけ排して、動物的に描いているのではないかと思います。監督からは現場でいつも「泣かないでください」と言われました。人が死ぬイコール涙、ということがどうしても切り離せずに描かれてきた映画のセオリーのようなものがあったと思いますが、それを切り離すことで、生き物が死ぬということをすごく的確に、リアルに描くことができているんだと思います。監督が涙を切り離すというところから始めていただいたので、僕ら俳優にもその意図がよく分かりました。
Q 登場人物のセリフがとてもリアルです。
A津田寛治そうなんです。だからか、中村梅雀さんとの最初の芝居で思わず泣いてしまったんです。梅雀さん演じる山中静夫さんが自分が死ぬことへの恐怖を語る長セリフのシーンが最初の撮影で、僕は聞き役でしたが、気づいたら涙がポロポロと出てしまって。それで監督は「泣かないでください」と。そのシーンを泣かずに演じることで、自分は旅立っていく山中さんを見守っていく、最善のケアで見送ろう、という気持ちになりました。だから、今井を演じるにあたっては自分の芝居からではなく、山中静夫さんを見ていく立場なんですね。山中さんの家族や病院のシステムなどが関わってきますが、それをただ受け止めるだけなんだと、この最初のシーンを経て思いました。
また、僕が観た映画で名作だと思うものには名言が少ないというか、いいシーンの言葉だけを取り出しても平凡な言葉だったりします。この映画は普段みんなが使っている言葉で、その状況だからその言葉の持つ意味が大きくなるということがたくさんありました。
Q 今井医師と山中静夫さんとの関係性は医者と患者としてうらやましく感じます。
A津田寛治作品を作った側としては、今井をすごく素晴らしい仙人のような人物にしたかったわけではないんです。それはこの医者自身が心を病んでいくことにもつながっていきます。今井は医者として何人も看取ってきたと思いますが、その視点が今まであまり描かれてなかったと思います。どうしても一つの死に固執してしまいますが、医者の目には日常茶飯事です。それでもそのを一つ一つぞんざいにしてはいけないという当然の思いをもって向き合ってきた医者が描かれています。医者の側の視点で気づいていただけたらうれしいです。
Q 中村梅雀さんとの共演についてはいかがでしたか。
A津田寛治空気感のレベルがとても高い現場でした。そのレベルの高さは単なる緊張感、ということでなくて、こういった題材を幾層にも渡って描き出すということに対してです。撮影はパッと見は淡々と進んでいきました。僕自身、梅雀さんや他の人とは現場で世間話をしていなくて、だからといって、役に入りきって緊張感をみなぎらせているということでもなく。みんな表情は穏やかだけど、余計なことを言わずに淡々と仕事をこなしていました。そういう空気感が生まれている理由を思い返してみると、最近はなかなかない僕よりも先輩の俳優さんばかりの現場だったからです。皆さん現場に来るとすぐにどんな現場かを察して入っていくので、監督も梅雀さんも僕も変な気を使うことなく、作品のことだけを考えていられました。しかも変に一生懸命にならずとも、静かに目指すところを見据えていれば、たどり着ける現場でした。だから余分なコミュニケーションや監督からの細かな説明がなくても、足並みが揃っていました。こういう現場はその時あまりにうまく行き過ぎているので、後から思い返して気づくことが多いです。現場と映像の空気は違っていたりするものですが、この映画は現場の空気感がそのまま映像にも出ています。当たり前のようでいて珍しい作品だと思います。
Q 信州のロケ地についてはいかがでしたか。
A津田寛治ロケ地の良さが最大限、引き出されていたのは、スタッフ、キャストみんながその土地をすごく大事にしていたからだと思います。そこもみんな言わずとも分かっているんですね。その土地が大事だということは役者を続けるほど分かってくることです。考えずとも体でわかっている役者さんばかりですので、佐久という土地が映画の中で有効的に描かれていると思います。全体に平べったい空気が漂っているというか、切り立った緊張感ではなく、優しさのようなものが横たわっているように見えるのはそういうことなんだと思います。始めから終わりまで、浅間山がずっと横たわっているような感覚がありました。
Q 病院と家庭の対比も興味深い要素かと思います。
A津田寛治今井のことを、当初はもっと家庭で一人ぼっちになっていくんじゃないかと思っていました。死者を看取ってきて、結果的に病気になってしまうので、その気持ちは同じ経験をした人にしか分からないと思います。家族といえども分かり合えないので、台本を読んだ時は孤立していくんだと思っていました。それが、やってみると、家族全員が一緒に寄り添ってくれてたのが予想外でした。妻も息子もそうですし、それがあったから今井の最後の決断にもつながったのだろうなと思いました。妻があれだけ明るくて、かつ出しゃばらない性格だから今井自身もうまく収まったのかなと思います。ラストは悲しいだけではなくて良かったと思いました。
Q 本作を通じて新しい気づきなどはありましたか。
A津田寛治尊厳死というものについて自分が向き合ったことでの気づきがありました。ホスピスや安楽死といったいろいろな最期のあり方が話題に上がりますが、尊厳死はやはり似て非なるものです。どこまで本人の意志や要望を尊重するのか。「楽にしてくれ」と言われたら、早く死にたいのかと思いがちですが、本当は本人ももっと生きたいんだ、という深さです。これは医者でなければ分からないことですし、たくさん看取ってきた医者だからたどり着いた心境なんだろうなと思います。原作には医者の仕事を「報われない」というセリフもあるのですが、これは原作者の南木佳士さん自身が感じていることなんだろうなと思います。
Q 山中静夫氏は故郷の佐久の家族の墓に入りたくて、家族から離れて故郷の病院に転院します。津田さんにとっての故郷とはどんなものでしょう。
A津田寛治僕は福井の出身ですが、役者を目指して上京する時は、故郷は捨てるものだと思っていました。新しい何者かになりたいという気持ちでいたので、古い自分を捨てる中に故郷も含まれていました。そういう気持ちでがんばってきましたが、ふと気づくと故郷にずいぶん助けられていることにも気づきました。故郷での仕事もそうですし、自分のがんばりをいつも見守ってもらえている感覚もあります。僕の場合、実家がそこになくなってしまってから、かえって故郷の力強さを感じていたり、さらに絆が深まったように感じます。年齢を重ねて思い至った、言葉に言い表せないような何かをいただいています。
Q 山中静夫氏は自分のお墓づくりに力を注ぎますが、もしご自分が残りの人生を宣告されたとしたら。
A津田寛治僕は映画を作りたいです。台本を書いて長編を撮りたいです。できれば現場で人生を全うしたいので、僕にとって大杉漣さんは本当に素敵な人生だったと思います。
Q 若い人にはこの映画をどう観てほしいですか。
A津田寛治日本映画でも若い人にはどうしてもハリウッド映画的な仕掛けがあるものが好まれますが、そこで起きていることの意味を考えながら観るという経験もしてほしいなと思います。CGや空中からの映像のような派手なものはその時は感動するけれど頭打ちも早いです。そういうものが元々ない映画はむしろ観る人の想像で、どこまでも思いを馳せられものです。そんな映画鑑賞の豊かさを味わっていただくにはこの映画はまさにストライクゾーンだと思います。人の生き死にを扱っているだけに、この映画を観て自分が何を思ったかということを大事にしていただきたいです。
Q 津田寛治さんからOKWAVEユーザーにメッセージ!
A津田寛治ハウツーものや職業ものとは対象的な、誰しもが経験する人の生死を扱っている映画です。地味ではありますが、絶対に人の心に届く作品です。観に来ていただけたら絶対に何かが残りますので、ぜひ観に来ていただけたらと思います。
■Information
『山中静夫氏の尊厳死』
2020年2月14日(金)シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー
ここに末期癌を宣告された男がいます。男は自分の最期を迎えるために、ふる里に帰り、自らの墓を造りはじめるのです。
静かに、楽に死んでいくことだけを願って・・・。
そして、そんな患者を最期まで見守る一人の医師。職業柄人間の死を多く見過ぎた医師は、やがて自らもうつ病になりながらも、尊厳死とは何か?果たして人間の尊厳死はありえるのかを考えるのです。
毎日のように報道される凶悪な殺人事件。人間の死があまりにも軽く扱われることに慣れすぎてしまった人々。そんな中に自分もいることに気付く時、言い知れぬ恐怖を覚えます。
こんな時代だからこそ、命の尊さ、大切さをちゃんと考えてみるべきなのではないでしょうか?
そして、人間が死んで行くということが、どういうことなのかということを・・・。
小説家であり、医師でもある南木佳士氏の原作『山中静夫氏の尊厳死』を得て、人間が死んでいくことの意味、そして、最期まで生き抜くことの意味を、信州の山深い自然の中に問いたいと思います。
監督・脚本:村橋明郎
出演:中村梅雀、津田寛治、小澤雄太、天野浩成、中西良太、増子倭文江、大島蓉子、石丸謙二郎、大方斐紗子、田中美里、浅田美代子、高畑淳子
原作:南木佳士「山中静夫氏の尊厳死」(文春文庫刊)
配給・宣伝:マジックアワー、スーパービジョン
公式サイト:http://songenshi-movie.com/
© 2019.映画「山中静夫氏の尊厳死」製作委員会
■Profile
津田寛治
1965年生まれ、福井県出身。
『ソナチネ』(93/北野武監督)で映画デビュー。以降、『模倣犯』(02/森田芳光監督)、『小さき勇者たちガメラ』(06/田崎竜太監督)、『Watch with Me 卒業写真』(07/瀬木直貴監督)、『人が人を愛する事のどうしようもなさ』(07/石井隆監督)、『トウキョウソナタ』(08/黒沢清監督)『シン・ゴジラ』(16/庵野秀明総監督)『名前』(18/戸田彬弘監督)、『ニワトリ★スター』(18/たなか雄一狼監督)、『空飛ぶタイヤ』(18/本木克英監督)、連続ドラマEX『特捜9』、BS-TBS『水戸黄門』、NHK『西郷どん』『ひよっこ』などに出演。また、自身の脚本・監督作『カタラズのまちで』(13)、『あのまちの夫婦』(18)が公開されるなど、多方面で活躍している。