OKWAVE Stars Vol.913は映画『静かな雨』(公開中)の音楽を手掛けた高木正勝さんへのインタビューをお送りします。
Q 映画『静かな雨』の音楽に携わるきっかけをお聞かせください。
A高木正勝チーフプロデューサーの和田丈嗣さんからお手紙をいただいて、企画書と第2稿くらいの段階の脚本を読ませていただきました。その時点では自分がどう関わればいいのか分からなかったので「映像ができてから検討させていただけますか」とお伝えして、そこからだいぶ待ちました。その間に「土祭(ヒジサイ)2018」というイベントで神社の境内にピアノを置いた2時間のライブをしました。そこには和田さんも来ていただいていて、ライブを終えた僕に「映画もこのライブのような感じなのでぴったりです」と言われました。そのライブはこれまでに手掛けた細田守さんの映画のようなメロディを重視したりオーケストラの演奏ではなく、それこそ蝉の声など周りから聞こえる音に合わせるように演奏した音楽だったので、そう言われても半信半疑でした。その後に音楽の入っていない映画の映像が届いて、それを観てお引き受けしました。
Q 音楽のついていない本編をご覧になって、携わろうと決めた要因は何だったのでしょう。
A高木正勝まったく音楽の入っていない映画を観る機会はあまりなかったのですが、いい映画だなと思いながらそのまま観ることができたんです。主人公の行助が足を引き摺って歩く音やこよみが働くたいやき屋から聞こえてくる音などが意味を持っている映画だと感じました。これに音楽を入れると消えてしまうなと。ラストシーンからエンドクレジットに至るところにも気づかないレベルですがそういった音が入っていて、この映画に合う音楽を考えると“音楽は必要ないな”と(笑)。映像の中にあったいろいろな良さに音楽をつけると、映像に加わるのではなく音楽自体が意味を持ってしまいます。ですので音楽を入れる位置をすごく考えました。
映画の行助は足を引き摺って毎日長い距離を歩いています。原作の行助は松葉杖をついているし、普通はそんなふうにして歩かないと思うんです。なぜそうするのか、その足を引き摺る音が何かを訴えているようにも聞こえてきて、心地よさを感じなかったのと同時に、そういう何かに抗議するような映画であってほしいと思いました。映画の前半の行助に音楽をつけるのなら、きれいなピアノや弦楽器の音ではないなと思い至りました。それでプリペアド・ピアノを使ったり、わざと響かない音を使って録っていったら、これはできそうだという感触が得られました。ですので、音楽としてはむしろ不快な音が1時間くらい流れているんです。それがこよみと出会うことで、『静かな雨』というタイトル通り、段々と潤っていくような、きれいなピアノの音に戻っていくような作りにしました。
Q 前半は打楽器風の音なども織り交ぜられていますが、そういった意図があったのですね。
A高木正勝それもすべてピアノで出しています。行助の心も動いていないギクシャクした状態を表現しています。リズムも一定ではないので、音符が鳴っていることが鬱陶しく感じられるくらいでなければ、音楽をつける意味がないし、逆にそうでなければ、音楽無しで観た方がいい映画だと、僕自身悩みながら作りました。
Q 結果的に前半は音楽が流れているシーンが多いのはその悩んだ結果なのですね。
A高木正勝東京フィルメックスで完成した映画を初めて観た時は「音楽がじゃまだ」と思ってしまいました(笑)。でも、こよみの事故の後にふたりが生活していく後半になると、ピアノの音がすごく馴染んでいて、“不快な”前半の音楽があっての後半なんだと、ねらって作ったわけではなかったので、映画音楽の新しい体験ができたなと思います。
Q 中川龍太郎監督からのオーダーは何かあったのでしょうか。
A高木正勝きっと監督も普通の映画音楽を作ってもらうつもりだったと思います(笑)。最初の打ち合わせの時も、僕は頑なに「音楽はいらないのでは」と意見させてもらうとともに、「どんな音楽をイメージしてますか」とも聞きました。すると、行助が歩いている時はアフリカの太鼓が鳴っているようなイメージだと。メロディのあるような一般的な音楽ではないんだということは理解できました。
また、監督は「恋愛の映画だけどそれだけではない」とも言っていました。「行助たちの後ろに映っている住宅地には、住宅が作られる前の風景が本当はあったのに、みんな忘れてしまっている。その覆い隠されてしまっている象徴としてこよみという人物を描いた」と聞いて只々感嘆の言葉しか出ませんでした(笑)。普通にこの映画を観たらそんなことを思うことはないと思うんです。さらに聞くと、「こよみは、『もののけ姫』で言えばこだまの生まれ変わりです。精霊だと思ってもらってもいいです」と聞き、絶句してしまいました。「こよみのお母さんも怖い精霊だし、もしかしたら教授役のでんでんさんも精霊だ」なんて言い出したので、いよいよどうしようかなと思ってしまいました(笑)。だから求めるのも精霊のような音楽だと(笑)。
行助が大学の研究室に向かう時に、その背景に映し出される坂道と住宅地の意味や、こよみがひとり川辺に佇んでいる時の表情の意味は、普通にストーリーを追っていたら分からない部分なので、監督がそう言うなら、僕も音楽で自分なりに物語の別方向をつけようと思いました。音楽をよく聞いていただくと、前半のピアノの音はわざと響かない音にしていますが、こよみが川辺で真剣な表情を浮かべている時に普通のピアノの音に切り替わるのは、そんな意味も隠されています。実際には使われませんでしたが、監督は音楽に女性の声を入れたいと言っていて、それも精霊を音楽で表現したいということだったのだと思います。
Q 作り上げていかがでしたか。
A高木正勝監督とは10歳離れているんですが、作業をしている時は年齢差をあまり感じませんでした。監督くらいの年齢の頃に僕もそういう同じようなことを考えて作品作りをしていた時期があるので、懐かしさや自分の年齢を感じつつ(笑)、久しぶりにそういう考え方で音楽に取り組めたのも楽しかったです。
最初に渡したパターンがほぼそのまま使われていますが、もう少しやってみませんかと監督から話があったので、その場合も差し替えるということではなく、最初から通しで作り直すということをしました。それは映画だからできる贅沢な取り組みでした。
今回2ヶ月くらいの製作期間をいただきましたが、集中して一気に作る進め方でした。でも手法としては今回限りだと思います。だからか、完成したものを観る前は本当にこれで良かったのかという不安は大きかったです(笑)。
Q あらためて映画をご覧になられての印象をお聞かせください。
A高木正勝自分のことしか見えていなかった行助が最後にいろんな考え方や生き方があることに気づくので、行助とこよみの恋愛映画のはずが違うところにたどり着いているので、監督はすごいなと、いい映画を観ることができたと感動しまた。
監督とはこの映画は時間の話かもしれませんねという話もしていました。人によって流れている時間は違うので、星の周期がそれぞれ違うように、ふと立ち止まってみると、みんなそれぞれなんだと気づくことができます。音楽でも時間を感じさせないような長音や逆にリズムを細かく刻んだりという表現を入れました。
Q 完成した映像を見て音楽を作られたとのことですが、撮影中や製作中のものを見ようとは思いませんでしたか。
A高木正勝最初にお話を聞いた時点と完成版とは登場人物も違っていました。セリフにだけ出てくる行助のお姉さんがお話をいただいた時の台本には登場していました。音楽を作っていると自分の考えだけでもいろいろ変わってしまうのに、まして脚本や編集で変わってしまうところには関与できないので、作る側としては時間は十分に欲しいけれど、ふわっとした段階で聞かせていただいて、後は完成したものをいただければいいのかなと思います。
Q 高木正勝さんからOKWAVEユーザーにメッセージ!
A高木正勝この映画は音楽を聴かなくても聞こえてしまうと思うので、鳴っている音に耳を傾けてもらうのがこの映画の見方としては良いと思います。本来はうるさいはずの雨がそうではないのが『静かな雨』というタイトルの象徴的なところです。せっかく2時間の映画を観ていただくので、そういう見方をしてみると、映画が終わった後も、自分の暮らしにいい気づきが得られると思います。
Q高木正勝さんからOKWAVEユーザーに質問!
高木正勝音楽以外での皆さんの好きな「音」は何ですか。
僕は飛行機が過ぎる音が好きです。録音している時は困りますが、ピアノを弾いている時に飛行機の音が聞こえてくると音の空間が広がったような気持ちになります。
■Information
『静かな雨』
2020年2月7日(金)よりシネマート新宿ほか全国順次公開中
たとえ記憶が消えてしまっても、ふたりの世界は少しずつ重なりゆく
大学の研究室で働く、足を引き摺る行助は、“たいやき屋”を営むこよみと出会う。
だがほどなく、こよみは事故に遭い、新しい記憶を短時間しか留めておけなくなってしまう。
こよみが明日になったら忘れてしまう今日という一日、また一日を、彼女と共に生きようと決意する行助。
絶望と背中合わせの希望に彩られたふたりの日々が始まった・・・。
キャスト:仲野太賀 衛藤美彩
三浦透子 坂東龍汰 古舘寛治 川瀬陽太 村上淳 河瀨直美 萩原聖人 でんでん
監督:中川龍太郎
原作:宮下奈都『静かな雨』(文春文庫刊)
脚本:梅原英司 中川龍太郎
音楽:高木正勝
配給:キグー
https://kiguu-shizukana-ame.com/
Copyright © 2019「静かな雨」製作委員会 / 宮下奈都・文藝春秋
■Profile
高木正勝
1979年生まれ、京都出身。
長く親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手掛ける作家。『おおかみこどもの雨と雪』『夢と狂気の王国』『バケモノの子』『未来のミライ』の映画音楽をはじめ、CM音楽、執筆など幅広く活動している。最新作は、自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、6年間のエッセイをまとめた書籍『こといづ』。