Vol.923 俳優 上西雄大(映画『ひとくず』について)

上西雄大(映画『ひとくず』)

OKWAVE Stars Vol.923は映画『ひとくず』(2020年3月14日公開)にて脚本・監督・主演を務める上西雄大さんへのインタビューをお送りします。

Q 児童虐待をテーマに本作を作ったきっかけをお聞かせください。

A映画『ひとくず』上西雄大もともとは別の映画のための取材で精神科医の楠部知子先生という方にお会いした時に、先生は児童相談所の嘱託医をされていて、児童虐待の話を僕にしてくれました。それが本当におぞましい話で、どう自分の中に置けばいいのか分からなかったんです。虐待を受けている子どもがそういう地獄にいて、いま救えるとしたらどういう状況だろうと考えました。そこからこの映画のストーリーが思い浮かんで、その日の夜のうちに脚本を書きました。それで自分の中で、児童虐待というものをどういう目で見ているのか気持ちの整理ができたんです。楠部先生は、子どもが泣いているのはなぜだろう、いつも同じ服を着ているのはなぜだろう、とみんなが関心を持つことが抑止につながると仰っていました。だからこの脚本を作品にして世に出すことができたら、役者として人の世のためになると思いました。それで劇団テンアンツの仲間に話して、みんなが同じ気持ちになって、始まった映画です。

Q 脚本は虐待される子どもやその親を描きながらユーモラスな描写も多いですね。

A上西雄大“虐待はこうです”、という映画を作ったところで広がっていかないですし、啓発する映画は逆に見たくないと言われてしまいます。エンターテインメントのドラマとして世に広がっていくものにする方が効果的だと思って、努めてそんな作品にしていきました。

Q キャラクターが非常に濃いですね。

A映画『ひとくず』上西雄大僕の脚本の書き方は役者がエチュード(即興劇)で芝居を作っていくのと同じやり方です。エチュードでは役者がその人間を作っていくことで会話ができていきます。虐待や負の連鎖という大きなものを描こうとすれば、虐待を受けている人間はいびつなものになっていきますが、それでも根底にあるのは“人間”です。人間は親から生まれて、親の愛情を持ってこの世に出てきます。どんな形であれ、親との絆は断ち切れないですし、その絆があるから人間社会で生活していけると僕は思っています。だから家族との距離やスタンス、関係性というものと、人間は環境によって変わるから、そこに至ったことを想像していくことでそれぞれのキャラクターを描いていきました。

Q 虐待を受けてきた鞠役の小南希良梨さんの演技がとてもリアルですがどのような演出をされたのでしょう。

A上西雄大子役に演出する時に、子どもの自然な表情を切り取る、といった演出方法がありますが、僕はこの作品では全くそうしませんでした。鞠役を演じる小南希良梨さん自身を虐待の環境に置いてはいけませんよね。ですが虐待に遭っている子どもを演じてもらわないとならないので、鞠が今何を考えているのかを明確に伝えて、どういう演技をしてほしいかを細かく説明しました。たとえば、児童相談所の人たちが鞠の家に来るシーンは、鞠の表情を映して表現していますが、その時は、「この人たちは何度も家に来たけど、結局何も変わらず救われなかったし、この人たちに話したらお母さんと離れ離れにされてしまうから、いい人だと思わずに警戒してほしい」と伝えました。「目の前にいる学校の先生と優しそうな相談所の女性と男性の3人を、早く帰ってほしいと思いながら順番に見て、とくに男の人のことは嫌いだと思って見てほしい」と明確に伝えることで、その表情をカメラで抜くと、今言った表情を鞠のセリフ無しで表現できます。「役になりきる」ということをこの題材で子どもに要求するのは危険だと思いましたので、すべてそういった演出で進めました。小南さんは説明をしっかり理解して演じてくれました。彼女はオーディションの時からダントツに芝居ができたので、そういう要求をしてもちゃんと演じてくれる期待もありましたし、まさにその通りでした。

Q ユーモアのバランスについてどう考えましたか。

A上西雄大この映画では人間を描こうと思いました。人間は悲しい環境にあっても面白いことがあれば笑えるし、人間の心情が見えた時に笑えるものです。笑わそうと思ってあざとく作ったものはなく、そういう環境の人間だったらそういう行動をとるだろう、ということを積み重ねた結果です。カフェのシーンで鞠の母親の凜と金田の知人の水商売の女性が金田の目の前でケンカを始めたのに金田が止めもせずに出ていってしまうのは、店や他の客に迷惑だとは金田は考えていないし興味もないからです。女性二人はそれぞれの理由でお互いのことを怒っているので、そういった心情を俯瞰で見れば面白いシーンになります。焼肉屋のシーンはレイアウトを作った時に、鞠が金田のことを「どろぼうのおじさん」と呼べば、後ろの席にいる家族に絶対に聞こえているはずだから、その時のリアクションを現場で演出しました。競艇場のシーンに関しては脚本の段階から、金田を張り込む刑事二人の真剣な会話と金田の行動のギャップが笑いと救いになればいいなと思って書きました。

Q 撮影を通じて印象的だったシーンはいかがでしょう。

A映画『ひとくず』上西雄大クライマックスのシーンです。一度撮影をして、納得がいかなくて再撮影したんです。この映画は大阪で撮っていますが、工藤俊作さんは東京から来てもらっていたので、「まだ大阪にいますか」と電話して、「もう1回撮りたいのですが」と言ったら、工藤さんは何も言わずに「いいよ」と。それで翌日に撮り直して、良いものにできました。鞠が走ってきて転ぶところも、怪我しないようにマットを敷いていましたが、何度もやってもらいました。
凛と鞠が抱き合って泣くシーンを撮影している時は現場で僕も泣いたし、編集中に何回見てもそのシーンで泣いてしまうんです。凛役の古川藍さんの芝居は素晴らしかったです。

Q 自らの脚本が映像になって新しい発見はありましたか。

A上西雄大撮影している時は金田の気持ちで現場にいました。撮影が終わって年月が経って金田と僕の間に距離ができると、より俯瞰で見ることができるようになります。脚本の段階で考えていた鞠の表情なども、俯瞰で見ることでひとつひとつ再確認できました。

Q 海外の映画祭でも受賞されて、改めてこの映画のことをどう受け止めていますか。

A上西雄大英語の字幕付きで上映されましたが、日本人と同じところで笑うし、同じところで泣いていただけるので、人間は国を問わず心は同じだと感じました。海外の映画祭では日本の方よりもダイレクトに観た感想を寄せていただけたり、スタンディングでの拍手をいただいたりもして、環境は違っていても同じ気持ちに至れるものなんだと思いました。

Q 上西雄大さんからOKWAVEユーザーにメッセージ!

A上西雄大僕らはこの映画を一人でも多くの人に観てもらえるように劇団のメンバーと力を合わせました。虐待という酷い出来事の中に閉じ込められているのは人間ですし、その人間を救えるのも人間です。人間が何をするにもその幸せの基準は家族だと思いますので、この映画を観て感じ取っていただけたらと思います。虐待は見て見ぬフリがいけないのでこの映画を通じて皆さんの気持ちの中に少しでもその気持ちが芽生えてくれたら嬉しいです。そして虐待の被害に遭っている方や、虐待をしてしまっている親御さんにとっても、少しでもいい方向に向かってくれれば心から嬉しいです。

Q上西雄大さんからOKWAVEユーザーに質問!

上西雄大僕は子どもの頃に観た映画は映画館とリンクして記憶に残っています。
最近は映画も配信で観ることが多くなっていると思いますが、皆さんが映画館に行こうという気持ちになるのはどんな時でしょうか。

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■Information

『ひとくず』

映画『ひとくず』2020年3月14日(土)渋谷ユーロスペースほか全国順次公開

生まれてからずっと虐待される日々が続く少女・鞠。食べる物もなく、電気もガスも止められている家に置き去りにされた鞠のもとへ、犯罪を重ねる破綻者の男・金田が空巣に入る。
幼い頃に虐待を受けていた金田は、鞠の姿に、自分を重ね、社会からは外れた方法で彼女を救おうと動き出す。そして、鞠の母である凜の恋人から鞠が虐待を受けていることを知る。
虐待されつつも母親を愛する鞠。鞠が虐待されていると確信した担任教諭は、児童相談所職員を連れてやって来るが、鞠は母の元を離れようとせず、保護する事ができずにいた。
金田は鞠を救うため虐待をする凜の恋人を殺してしまう。凜を力ずくで、母親にさせようとする金田。しかし、凜もまた、虐待の過去を持ち、子供の愛し方が分からないでいた。そんな3人が不器用ながらも共に暮らし、「家族」の温かさを感じ本物の「家族」へと近付いていくが…。

出演:上西雄大 小南希良梨 古川藍 徳竹未夏
工藤俊作 堀田眞三 飯島大介 田中要次 木下ほうか
監督・脚本・編集・プロデューサー:上西雄大
配給:渋谷プロダクション

https://hitokuzu.com/
Twitter:@hitokuzu_movie
facebook:hitokuzumovie

(c) YUDAI UENISHI


■Profile

上西雄大

上西雄大(映画『ひとくず』)1964年生まれ、大阪府出身。
俳優、脚本家、10ANTS(テンアンツ)代表。
2012年劇団テンアンツ発足後、関西の舞台を中心に活動を始める。
また、他劇団への脚本依頼を受けた事を起点に、現在では劇映画・Vシネマ「コンフリクト」「日本極道戦争」シリーズの脚本などを手掛け、脚本家としての活動も並行して行う。2012年、短編集オムニバス映画「10匹の蟻」を手始めに 映画製作を開始する。
映画第2作『姉妹』が第5回ミラノ国際フィルムメイカー映画祭・外国語短編部門グランプリ受賞、監督賞ノミネート。第3作『恋する』で第4回賢島映画祭・準グランプリ、そして役者として主演男優賞受賞。短編『ZIZIY!』が、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭にて上映。現在、次回作『悪名』の撮影を控えている。

http://10ants.jp/talent/10yudai.html