Vol.938 小林空雅、常井美幸(ドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』について)

小林空雅、常井美幸(ドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』)

OKWAVE Stars Vol.938はドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』(2020年7月24日公開)、9年間にわたって密着取材を受けられた小林空雅(たかまさ)さんと常井美幸監督へのインタビューをお送りします。

Q 9年間の密着取材の最初のきっかけについてお聞かせください。そして小林さんは最初に取材を受けた当時にどう思いましたか。

Aドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』常井美幸10年前、性別に揺れている子供たちが、小中学校で辛い思いをしていると知ったことがきっかけです。学校は、制服や授業内容など、性別で振り分けられることが多いためです。当時私はテレビニュース番組のディレクターをしていて、性同一性障害という言葉は知っていたのですが、子どもたちの辛さに思いを馳せることはなくて、これは伝える必要がある、と思ったのです。
でも、未成年の方でTVの取材を受けてくれる方なんているのだろうか、と思ったのですが、次の日には、当時15歳の小林さんと知り合いになっていました(笑)。さっそく会いに行ったら、顔も名前も出して自分のことを伝えたい、と強い意志を持っていたので、その場で取材を申し込みました。

小林空雅取材が来たことで何か特別に感じることはなかったです。顔を出すことも名前を出すことも抵抗がなかったので、自分にできることなら、と引き受けました。それがこんな長いお付き合いになるとは思わなかったです。

常井美幸最初は5分程度のニュースリポートの中のさらに1分程度のVTRだけだったんです。その放送の2年後に小林さんのお母様から「いま高校生で、大勢の前で自分のことをカミングアウトするので、また取材に来てください」と連絡が来たので会いに行きました。再会した小林さんの2年間の成長ぶりがすごいと思ったんです。15歳の小林さんはまだ迷いも見て取れたし、暗い印象もあったし、自分のことを伝えたいという気持ちをまだ言語化できてないところがありました。それが2年後には表情もすっかり明るくなっていて、自分がどう生きていくかビジョンも持っているし、言葉で思いや希望を伝えられるようになっていました。2年間の成長を目の当たりにして、小林さんが今後どのように成長して、どんな大人になっていくのかを追っていったら、何か私たちに大切なメッセージを届けられるかもしれない、と思って、長く取材したいと思いました。

Q 自分をさらけ出されることについては怖くはなかったですか。

A小林空雅怖くはなかったです。

常井美幸会った時に「自分にはタブーがないから何でも聞いて」と言ってくれたので、この人なら深い取材ができると思いました。

Q 9年の映像を見て、ご自分のことをどう感じましたか。

A小林空雅映画が完成したものを最初に観た時は、ホームビデオのように感じました。中高生の頃の映像が多いので、逆に覚えていないシーンもあって、自分の記憶からは消えてしまっている当時の映像に、ただただ懐かしさを感じました。

常井美幸完成するまでは一切見せてなかったんです。「髪型も体型も毎回違う」と感想を言っていたのが印象的でした。

Q 「高校時代は楽しかった」と映画の中で仰っていますが、実際にはどのように溶け込んでいったのでしょうか。

Aドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』小林空雅当時は人見知りだったので、新学期に自分から自己紹介したり話しかけるのは苦手で、最初は地元の友だちとしか接していなかったです。声をかけてくれた人や友だちの友だちと少しずつ話せるようになったので、自分からアクションを起こしたというわけではないです。映画の中に出てくるのは、そんないろんなグループの友だちですね。充実していました。

常井美幸自由な雰囲気の学校で、小林さんも心地よい場所を探せただろうし、ありのままの自分を真正面からストレートに表現していくことで、周りを変えていったのだろうなと感じました。その周囲が今度は小林さんを明るく前向きにさせたのだろうと、傍から見ていても良い高校時代だったのだろうなと思います。

Q 性別適合手術や性別変更の申し立てなど、ターニングポイントが収められています。これらは計画的に自分で決めていったのでしょうか。

Aドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』小林空雅自分の身体に嫌悪感があったから手術をしたいと思っていました。日本のガイドラインで決められている手術を受けられる年齢を意識していただけなので、「遠足は来週だ」くらいの感覚で、いつそれをしよう、と計画的に決めていたわけではないです。

Q 心は男性、生物学的には女性という状態を整える選択をされましたが、そうせずにその状態を受け入れられることはあるのでしょうか。

A小林空雅それは人によると思います。自分の場合は身体への嫌悪感が強かったので精神的にそのままでは無理だと思ったので手術をしました。手術をしなくてもいいという人もいるし、社会的に自分が生きたい性別で生きられればそれでいいという人もいます。性別違和があると診断されたけれど、それが分かっただけでいいという人もいます。

Q 監督から見て、小林さんの大きな変化を感じた時期はありますか。

A常井美幸見た目の表現は違っていても、変わっていないところに気づくことの方が多かったです。小林さんの芯にある、自分に真正面から向き合って生き方を探していく様はずっと変わっていないです。誰かから言われたり、周りに合わせるのではなく、自分と向き合って模索し続けているのはすごいなと思います。

Q 映画の中でもいろいろな方との出会いがありますが、その中で八代みゆきさんとの出会いの印象についてお聞かせください。

A小林空雅八代さんはとても穏やかな方でした。

常井美幸八代さんにお会いして自分らしく生きたいという思いはいくら年齢を重ねても変わらないんだと思いました。男性としてキャリアを積んで、男性として78歳まで生きてこられた。そんな方でも最後は自分に戻りたいのだと、人間誰しもそんな願いがあるのかなと感じました。私がお会いした時には、女性らしい立ち振る舞いが本当に自然で、この方はずっと女性として生きたかったんだろうなと、戦前から男性として生きながらどんなに辛かっただろうと思わずにいられませんでした。

Q 八代さんと同じ時代に生きていたとしたら、どんな生き方になっていたと思いますか。

A小林空雅戦前の方がいまより男と女の区別がはっきりしていたので、多分、もっと早く性別の違和感に気づいていたと思います。自分の母が男女の区別にこだわらないので、気づくのが遅かったんです。きっと、気づかされる場面が多かっただろうなと思います。でも、きっと殴られても自分はこうだと言っていたと思います。

Q 性別変更を経た後の気持ちの変化も映画の中で語られています。そこに至ったきっかけをお聞かせください。

A小林空雅自分が男性に戸籍を戻したことで気持ちが変化したのではないのですが、戻したからこそ男性、女性という2つの性別だけではないということを知りました。たとえばアルバイト先でも何度も「新しく入った男の子」と言われたことに違和感や疑問を感じるようになって、世の中が性別で分けられていることへの疑問が積み重なっていきました。幼い頃に自分が女ではないと気づくのは遅かったですし、男として生きても、周りは変わらず「お前はお前だよ」と言ってくれるような人たちが多かったので、性別を意識することはほとんどありませんでした。それが、自分が「男扱い」をされて分かったことです。

常井美幸私が取材を始めた当時はまだこの世は男と女しかいないという前提の社会でしたし、私もそう思っていました。それがこの9年間に少しずつその前提が崩れてきて、「Xジェンダー」という言葉もできて、考え方が柔軟になっていく人が増えたのかなと思います。

Q 小林さんの今後の人生の目標などはいかがでしょう。

A小林空雅先のことを考えているわけではないので、まずは食べたいものを食べたい時に食べられるくらいには金銭的な自立ができればいいです。

常井美幸小林さんのような方が幸せに生きられる社会になるのが願いですね。

Q この映画をどんな人に観てほしいですか。

Aドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』常井美幸性別についてあまり考えたことがない方には、この映画を通じてマイノリティ、マジョリティ問わず、ひとりひとりが異なる性別のありようを持っているということを知っていただきたいです。映画の中で、性別のありようを4つの指標で表していますが、観ていただいた方が自分自身をあてはめて考えていただけたらと思います。その時に性別はLGBTと呼ばれる方々だけの話ではなくなるだろうなと。性別という枠が外れていくと、性別に限らず私たちはいろんなものに枠をはめて普通か普通ではないという考え方をしていることに気づくと思います。それを変えていけば、世の中はもう少し生きやすくなるのではないかと思います。また、性別に限らず生きづらさを感じている方には、小林さんの生き方を通して、どう自分らしく生きていくかを考えるヒントになればと思います。

小林空雅マイノリティがどういうものかを考えたことがなくても、自分らしく生きたいと思っている人、あるいは自分らしく生きていると思っている人、自分のことを普通だと思っている人に観てほしいです。

Q OKWAVEユーザーにメッセージ!

A小林空雅この映画の中で同じ質問が出てきます。回答するたびに答えが違っていますので、それに注目してください。

常井美幸9年も続けるとは最初は思っていませんでした。いろんな事情で途中撮影がストップしたこともありましたが、9年かかったことで想定していたエンディングも変わって、そのおかげでより深いメッセージが伝えられたと思います。この9年間の時の流れを感じながら観ていただけたらと思います。

Q小林空雅さん、常井美幸監督からOKWAVEユーザーに質問!

小林空雅カレーライスを食べる時に上に載せる定番トッピングはありますか。私はツナが好きです。

常井美幸私は「普通」とは何だろうとずっと考えてきました。皆さんは自分を「普通」だと思っていますか。

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■Information

『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』

ドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』2020年7月24日(金・祝)アップリンク渋谷にて公開

女性として生まれたが、自分の性に違和感を持ち続けていた小林空雅さん。13歳のとき、心は男性/生物学的には女性である「性同一性障害」と診断される。17歳の時に出場した弁論大会では、700人もの観客を前に、男性として生きていくことを宣言。そして弱冠20歳で性別適合手術を受け、戸籍も男性に変えた。本作はそんな1人の若者の9年間の変化と成長を描いた《こころの居場所》についてのドキュメンタリーです。LGBTQやジェンダー、同性婚の問題など、いま性についての関心が世界中で広がっています。この映画は、性の違和に苦しみ、それでも自分らしく生きる人々の姿を通して《性別》に限らず、誰もが生きやすい社会に近づくための気付きを与えてくれます。

出演:小林空雅、八代みゆき、中島潤
監督:常井美幸
製作・配給:Musubi Productions

https://konomi.work/story/

©2019 Miyuki Tokoi


■Profile

小林空雅

小林空雅、常井美幸(ドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき』)性同一性障害(GID)の当事者として、中学の頃から自分の性をオープンにすることで、周囲を変えてきた。法律が定める最低年齢である20歳になった3日後に手術を受け本来の性別に「戻した」。学校や社会で、GIDに対する理解を深めてもらうため、弁論大会や講演会などにも積極的に参加している。登校拒否になった中学生時代から、自分の性に確信を深めた高校時代、胸や女性器の除去手術、裁判所への性別変更申し立てなど9年間にわたって密着取材。

常井美幸

国際基督教大学教養学部コミュニケーション学科卒業、ブリストル大学ドラマ学部映画学科修士課程修了。
子供のころから音楽と映像のダイナミズムに興味を持つ。 大学卒業後はイギリス系レコード会社で、洋楽ディレクターとして音楽ビジネスに関わる。その後、イギリスに留学、映像制作全般を学ぶ。 帰国後はエディターとして活動を開始、後、ディレクター、プロデューサーに転向。 ビジュアルと音楽にこだわりつつ、アート・デザイン・建築などのドキュメンタリーや、社会的弱者の視点を描くニュース・リポート制作を続ける。