Vol.947 映画監督 原一男(ドキュメンタリー映画『れいわ一揆』について)

映画監督 原一男(ドキュメンタリー映画『れいわ一揆』)

OKWAVE Stars Vol.947はドキュメンタリー映画『れいわ一揆』(2020年9月11日公開)原一男監督へのインタビューをお送りします。

Q 2019年(令和元年)夏の参議院選挙に出馬した安冨歩さんに密着された本作のきっかけについてお聞かせください。

Aドキュメンタリー映画『れいわ一揆』原一男この映画の冒頭でも、なぜこの映画を撮ることになったのかの説明をしていますが、いろいろな出会いがあって実現しました。私は「原一男のネットde「CINEMA塾」」というインターネット番組をやっていて、安冨さんにゲストで来てもらったことがあるんですね。その時は安冨さんが東松山市長選に立候補した話をしてもらいました。前々から選挙を撮ることは面白そうだと思っていたので、話を聞いてさらにその気持ちが強くなったんです。それで番組の最後に「ぜひ今度立候補することになったら教えてください」と言ったら、「今は立候補する気持ちはない」と言われたので、「では映画に撮られるという前提で立候補してください」というやり取りをして番組を終えました。それから1年くらい経って、安冨さんがれいわ新選組から出馬を打診されて、このやり取りのことを思い出されて「原さんが映画に撮ってくれるなら出ます」と言ったそうです。私はその時アメリカにいて、安冨さんからメールが届いて、この映画の取り組みが始まりました。

Q 撮り始めた時には結末を想定されていたでしょうか。

A原一男ドキュメンタリーではラストシーンがイメージできる場合とそうではない場合があります。『ゆきゆきて、神軍』は前者でした。この時は被写体の奥崎謙三さんが「新しい宗教を作って教祖になる」と言っていたので、彼は神様になろうとしているから、そこに向かっていけばいいんだと思っていました。ところが撮り始めてみると、思いがけない方向に進んでいきましたが、それ自体は映画が面白くなるので構わないんです。ですが、ラストが予測できない場合もあります。今回は、選挙期間の17日間という区切りがありましたので、“どんな結末になるのか”という映画の作り方にはならないと予め思っていました。
選挙は立候補者が有権者に向かって公約を語るものなので、今回は“言葉”を撮る映画だと思いました。私にとって、それは冒険でした。ドキュメンタリー映画はもちろん映画なので映像が大事ですが、音が映像よりも大事な場合もあります。音によって映像に魂を吹き込まれる感覚があるんです。ですが、私自身は、登場人物が討論したりするような言葉が延々と続く映画は眠くなってしまうくらい苦手なんです。だから私が作る時は、絶対にお客さんを眠らせない映画にしようと、そのためには言葉のやり取りで進むような映画は撮らないと決めていました。それが今回は選挙なので、言葉ばかりになるので、自分が苦手だと思っていることから逃げずにきちんと言葉を撮ろう、と決心して撮りました。

Q 安冨さんの言葉はユニークで、後半にいくほど洗練されていきますね。

A原一男そうなんです。撮影している時は、面白がりながらカメラを回していました。普段は撮りながら、どこを使おうかという葛藤があるんです。ですが今回は素直に私の心の中に響いてきました。編集の段階で、前半と後半で安冨さんの発言はだいぶ違うということに気づきました。前半は言葉が少し硬いんですね。それが選挙戦の終盤に向かっていくうちに言葉が濃くなっていきます。わずか17日間で、聴衆の心に入ってくるので、こんなに変化があるのかと、私自身が驚きましたし、ドキュメンタリーならではの面白さを改めて感じました。もちろん、その濃くなっていく後半のために前半があるので、それもまたドキュメンタリーの面白さです。

Q 安冨さんは音楽を取り入れながら選挙活動をされていました。

Aドキュメンタリー映画『れいわ一揆』原一男今回は私の映画の中では音楽の占める割合がかなり多いです。通常、ドキュメンタリーに音楽は入りにくいものですが、安冨さんの演説には片岡さんという専属のミュージシャンがいて、演説が始まると音楽も始まります。音楽は不思議な力を持っているものなんです。映像を編集してそこに音楽を乗せてみると、どんなジャンルの音楽を入れてみても、その音楽の気分でそのシーンを見ることができてしまうんです。それを演説の現場では片岡さんが演奏をするので、私たちの思惑以上に音楽の多い作品になりました。安冨さん自身、音楽を聴いてしまって演説も聴いてしまうんだと理解されています。
それと、この映画の中のあるシーンでは、使いたかったマイケル・ジャクソンの「スリラー」が権利関係により使用できなくて、けれども安冨さんの主張を表現するためには不可欠だったので、私のアイディアで違う表現になりました。ただ、結果的に、安冨さんの主張を浮き彫りにするという意味ではうまくいったなとは思います。

Q れいわ新選組との距離感はどのように考えましたか。

A原一男私は被写体との距離感を考えながら撮っていくのは苦手ですし、そういう撮り方ならドキュメンタリーはやめた方がいいと考えています。カメラを向けている人や物に惚れ込まないと、カメラを回すエネルギーは出てこないからです。だから、ひとつひとつのシーンの目の前にいる相手や起きていることに深く入ろうとします。どこまで入れるのか、ということがシーンのディティールを作っていくものだと考えています。“作り手が自分のレンズを突き抜けて前に出たい”という欲求を持っていると言いましょうか。いつもそういう感覚を持っていますが、そんな風にうまく前に出られたり、出られなかったりと、結果は様々です。

Q れいわ新選組の選挙戦の様子がテレビなどでは報じられなかったことについて、身近にいてどう感じましたか。

Aドキュメンタリー映画『れいわ一揆』原一男テレビ局も取材に来てはいましたがテレビ番組で報道はされていませんでした。その結果が2議席なのかなと思います。
この映画の主人公は安冨さんなので、安冨さんに密着していましたが、地方での選挙演説に集まってくる人は最初は少なかったです。東松山市に行った時は本当にまばらで、この少なさをちゃんと撮らねばと思いました。それで少し離れたところにカメラを立てていたら、安冨さんの支持者の方か誰かに「人が少ないのを撮りたいんですか!?」と強い剣幕で言われました。ですが、安冨さん自身が人の多いところだけを狙って回っていたわけではないです。自分のパフォーマンスはカメラが撮っているんだというスタンスでしたので、私たちはやりやすかったです。それが、段々と安冨さんの話を聞きたいと意識的に集まってくる方が増えたという実感はあります。後半になるほど、場を重ねるほど、安冨さんの話を聞きたいという方は、中高年の女性層を中心に増えていました。選挙前日の通天閣での演説は安冨さんの話を聞きたくて集まってきた方々です。あれを見て私も感動しました。

Q 他の政党との対比も面白いです。

A原一男狙って撮ったものではないんです。れいわ新選組が街頭演説を行う日は私たちは3時間前に現場に入りました。れいわ新選組の事務局の方たちが観衆の立ち位置を決めて、その邪魔にならないような場所を私たちのカメラ位置として指示します。そこは他の映像メディアと同じ場所ですので、その中でより良い場所を確保するには3時間前には行かなければなりません。そうすると、だいたい自民党が先に演説をしているんですね。それが新宿と銀座での自民党の演説との遭遇です。せっかく早く来たのだから、自民党の演説も撮っておこう、ということで結果的に選挙戦全体を撮ることもできました。

Q 選挙戦を追いながら、監督自身はれいわ新選組の選挙結果を予測できましたか。

A原一男選挙の取材は初めてだったので私自身は想像できませんでした。だからインタビューでもしょっちゅう立候補者に「当選できそうですか」と質問しているんです。マスコミがれいわ新選組の報道をしない中、現場では熱気が段々と強くなっていくので、熱気とのその外の落差の中で、どれだけれいわ新選組は票を伸ばすのか、私たちには予測できませんでした。

Q れいわ新選組への聴衆の熱を監督はどう考えていますか。

A原一男山本太郎さんの言葉を借りると、“当事者”ということがキーワードなのだろうと感じました。「当事者を国会に送り込もう」ということで、貧困の代表として渡辺照子さんを、コンビニを辞めさせられた三井よしふみさんは最初から最後までコンビニの問題を発言していました。これも山本太郎さんの言葉ですが、“オリジナルメンバー”を当事者の代表として揃えたのが面白みかと思います。この10人のオリジナルメンバーが醸し出すアンサンブルに尽きるかと思います。今後、山本太郎さんはより多くの候補者を集めようとされていますが、当事者をそれだけ集められるかは分かりません。少なくともこの映画にすくい取られたこの10人が、面白さの最大の要因だと思っています。

Q 本作に携わって、監督自身の新しい発見などはありましたか。

A原一男今回の作品は言葉を撮る映画だと腹をくくりましたが、言葉の持つ力を再認識しましたし、言葉の持つディティールは多様だと改めて思い知らされました。安冨さんがスピーチする言葉は、もともと大学教授だけに、学問に裏打ちされていて論理的です。だから説得力があります。安冨さんの話は聞いていると、すっと入ってきて納得させられます。その安冨さんの対極が渡辺照子さんです。自分の貧困の体験の中から生まれた感情を言葉にして吐き出しています。それも強いですよね。貧乏体験を大なり小なり経験した人はすぐに感情移入できるでしょう。そういう感情の言葉の強さも感じました。感情がほとばしるとはこういうことなのかと。他にも、言葉にならない言葉や、字面の言葉の奥にある真意のようなものも。そんな言葉の様々な表情を体験することができて勉強になりました。

Q 原一男監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!

A原一男私たちは毎回面白い映画を作りたいと思っています。面白さは映画によって様々ですが、まずはエンターテインメントにしなければならないと思っています。今回の映画は言葉の映画です。言葉を全編に散りばめながらも、たとえばセミのシーンひとつとっても、その表現のためにクリエーターと何度もやり取りをして形にしています。一瞬でもクスッと笑ってもらえる工夫を、編集の間に可能な限り行いました。選挙戦を扱っていますが、理屈っぽいものではなく、楽しんで観てもらえる映画になっています。リラックスしてご覧いただいて、面白いところは笑ってもらえれば作り手としてはこれ以上の喜びはありません。

Q原一男監督からOKWAVEユーザーに質問!

原一男私は映画を観た方が元気になってもらいたいという気持ちで映画を撮っています。
この映画を観た方ならともかく、公開前から、れいわ新選組のPR映画だと言って、観てもいないものを非難するような風潮についてどう思いますか。
また、実際にこの映画を観ていただいた方には、面白かったシーンがあればその理由とあわせて教えてください。今後の映画作りの参考にしたいです。

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■Information

『れいわ一揆』

ドキュメンタリー映画『れいわ一揆』2020年9月11日(金)アップリンク渋谷ほか全国順次ロードショー

東京大学東洋文化研究所教授・安冨歩は2013年以来、「もっとも自然に生きることができる」スタイルとして、女性服を着る「女性装」を実践していた。彼女は、山本太郎代表率いるれいわ新選組から参議院選挙の出馬を決める。選挙活動を通して彼女が一貫して訴えるのは、「子どもを守ろう」。新橋SL広場、東京駅赤レンガ駅舎前、阿佐ヶ谷駅バスターミナル他都内各地から旭川、沖縄、京都まで。相棒「ユーゴン」とともに全国を巡っていく。そして雇用の大阪府堺市駅前に立った彼女は、美しい田園風景が無個性な住宅街に変わり、母校の校舎も取り壊されてしまい、喪失感を吐露し始める。

監督:原一男
製作:島野千尋
製作・配給:風狂映画舎

http://docudocu.jp/reiwa/

©風狂映画舎


■Profile

原一男

映画監督 原一男(ドキュメンタリー映画『れいわ一揆』)1945年6月、山口県宇部市生まれ。1972 年、小林佐智子と共に疾走プロダクションを設立。同年、『さようならCP』でデビュー。74年には『極私的エロス・恋歌 1974』を発表。87年の『ゆきゆきて、神軍』が大ヒットを記録、世界的に高い評価を得る。94年に『全身小説家』、05年には初の劇映画となる 『またの日の知華』を監督。2017年に『ニッポン国VS泉南石綿村』を発表。ニューヨーク近代美術館(MoMA)にて、全作品が特集上映された。