Vol.949 映画監督・脚本家 足立紳(映画『喜劇 愛妻物語』について)

映画監督・脚本家 足立紳(映画『喜劇 愛妻物語』)

OKWAVE Stars Vol.949は映画『喜劇 愛妻物語』(2020年9月11日公開)足立紳監督へのインタビューをお送りします。

Q 本作は監督自身の讃岐にシナリオハンティングに行った顛末がもとになっているそうですね。

A映画『喜劇 愛妻物語』足立紳8年前になりますが、さぬき映画祭でプロットコンペがあるというのを妻が見つけてきて「応募しろ」と言われて。応募条件が「香川県を舞台にしていること」でしたが、香川県には行ったことがなかったので、お金を妻が工面してくれて家族で青春18きっぷを使って乗り継いでシナリオハンティングに行ったんです。その3日間では結局何も見つからず、ひたすら夫婦喧嘩しているような旅でしたが、妻がとにかく応募しろと言うので、その道中の顛末をそのまま書いて応募しました。応募総数は50数件だったそうですが、一次通過20数作に自分のは入っていませんでした。半分近く一次審査を通っている中で落ちたので、このプロットはそのまま寝かしていました。
その後、僕が脚本を書いた『百円の恋』が評判になった頃に、出版社の方から「小説を書きませんか」と声をかけられて、「映画企画でボツになったものがあったら見せてほしい」と言われたので、2、3本見せたんです。「この2本を小説にしましょう」と、映画化と小説の同時進行になった『14の夜』とこれが選ばれて、まずは小説を書くことになりました。

Q では映画化についてお聞かせください。

A足立紳小説では旦那の心の声で進んでいくので、それを脚本に置き換えていくにあたって、夫婦喧嘩のところは妻と一緒にお芝居しながらシナリオにしていきました。もともと映画のためのプロットだったので、今回の脚本にするのよりは、小説を書いた時の方が難しかったです。
「監督もプロデューサーもバカばっかり」というセリフがありますが、脚本家はよく言っています(笑)。ちゃんとされた方はもちろんいますが、打ち合わせに行って、本当に脚本を読んでいるのか怪しいことは何度もありました。「クドカン(宮藤官九郎さん)のことは認めている」とか、飲み屋でするような会話もたくさん入れました。劇中の妻チカさんが「小説書いたら」と言っていますが、これも僕自身、妻からはずっと言われていたことです。
プロデューサーは別の監督を考えていたようですが、監督自体をやりたかったですし、この作品を自分以外がやるのも考えられなかったので自分で手を上げました。妻も「あんたがやりなさいよ」という感じで送り出してくれました。

Q 濱田岳さん、水川あさみさんのキャスティングについてはいかがだったでしょう。

A映画『喜劇 愛妻物語』足立紳水川さんのことはドラマ「33分探偵」で面白い役を演じていたのを見てずっとお仕事をしたいと思っていました。小説を書いている時から奥さん役は水川さんというイメージがあったので、映画化が決まってかなり早い段階で製作サイドに水川さんの名前を挙げました。濱田さんは映画『ポテチ』での泣き笑いのシーンがずっと頭の中にありました。僕の中では長いシーンのイメージでしたが実際にはちょっとしたシーンだったのに驚きましたが、とはいえ自分の中にずっと印象として残っていたので、この映画の終盤の家族3人のシーンの表情は『ポテチ』のような泣き笑いになればいいなと思いました。
豪太と奥さんの役柄についてはおふたりには特段話してはいません。単なる夫婦喧嘩では面白くはないのでどう作ってくるのか楽しみでした。ただ、本読みをする際に、自宅に呼んだんです。自宅で撮影することも決まっていたからということもありますが、こういうところに住んでいる夫婦の話ですよ、ということを知ってもらうつもりでした。それで自宅で本読みをしてもらったら、その時点で濱田さんの演じる豪太の役柄はハマっていました。ダメ男に加えてヘラヘラした感じがすごく出ていて、何も言うことがなかったです。僕が書く男性キャラクターは受け身なことが多いですが、濱田さんは他の作品でも変な小芝居で前に出てくるようなことをされないので、この役にはとても合っているのかなとは思いました。ただ、現場で僕の表情を観察して取り入れてもいたそうで、そこは水川さんも見ていて、僕のヘラヘラしたところにちょっとイラッとしたと言われてしまいましたが、その分、演技には良い作用をしたようです。
ちなみに妻は、水川さんのキャステイングを「ありあり」と上から目線でした。濱田さんのことはそれまで似ていると言われたことはありませんでしたが、豪太役を見て僕に似ていると言っていました。

Q 夫婦の会話劇、豪太は罵詈雑言を浴びせられっぱなしですがどのくらいが実体験なのでしょう。

A足立紳9割くらいは実体験です。この映画の一番の嘘はチカさんがだいぶ優しいところですね(笑)。この作品を「夫婦の罵り合い」と紹介されたことがありますが、一方的なんだからそんなことはないだろうと思いました(笑)。濱田さんを見ていると、演技が良いだけに「この男はダメなやつだ」と僕も感じてしまいました。そんな自分を支えてくれる相手を見つけられたのが豪太の一番良かったことなのだと思います。
会話の再現性は相当高いです。妻は普段は口が立つわけではないのですが、僕を罵倒する時だけ何かが憑依したかのように湯水の如く言葉が出てくるので、もはや一つの芸のようにも感じています。水川さんには罵倒するというよりは一つの型ともいうべき立ち回りのように演じてくださいと言いました。濱田さんは「途中から水川さんの罵詈雑言が気持ちよくなってきた」と言っていました。言われ始めは腹も立ちますが、段々と「今日は一段とキレているなぁ」と思えるようにもなるので、いろいろな罵倒芸ができたなと思いました。僕の娘も「またママのあれが始まった」と平然としているので子どもなりにたくましく育っているのだと思いますので、娘アキ役の新津ちせさんにはパパとママが言い合っていても不安そうに聞かないでねと伝えました。

Q 香川県での撮影についてお聞かせください。

A足立紳実際に現地で撮らなくてもいいのではという意見もクランクイン前にはありましたが、僕自身は、現地に行ってこの3人の家族を追いかけていくことに意味があるんじゃないかと思いました。プロットコンペに落ちた理由でもあると思いますが、香川ではなくても成立する話ですが、そこがこの映画のいいところなんじゃないかと思います。うどんの扱いひとつとっても香川県のPRはしていないですし(笑)。
現場はスムーズで、毎日夕方の4時くらいにはその日の撮影を終えることができていたので、スタッフは毎日のように飲んだくれていました。濱田さんがお酒好きで、演出部にもお酒好きが揃っていたので、濱田さんを毎晩連れ回すんです。濱田さんは「大丈夫ですよ」と演出部に毎晩遅くまで付き合っていましたが、翌日ちゃんとセリフが入ってしっかり演じられているのはすごいなと思いました。

Q 夫婦生活や性の描き方にこだわりが感じられました。

A足立紳普通に生きていたら避けて通れない、と言うよりも、すごく当たり前のことだと思うんです。性が題材でなければそれを描かなくてもいい、という考えも分からなくはないですが、当たり前にあるものだし、みんな興味津々のはずだから本作でも描いています。映画のベッドシーンは通り一遍になりがちですが、本来は人間の素の部分が出るところなのだから本当なら一番面白い部分だと思います。規制について言われがちですが、セリフではとくに気を使うこともなかったです。大人のおもちゃが出てくることも含め、普通にあるのだから普通に出せばいい、という考えで描きました。実在の俳優さんの名前も出てきますが、これも適当な名前では面白くないので原作通りにやっていますが、プロデューサーは「許可を取らないとダメかなあ」と気にしていました(笑)。
原作の小説を書いている時も、ある意味自分の性癖をそのまま書いてはいるのですが、抵抗も何もなかったです。出版されて表に出て、思いの外、それへの反応が大きかったので、その時になって変なことをしたのかなと僕も妻も思いました。ですが登場人物の性癖が見えないのはやはり嫌なので、映画でもそのまま描きました。

Q 登場人物の感情表現も豊かですね。

A足立紳『百円の恋』や『14の夜』でも感情が爆発する場面がありますが、これは逆に日常生活でそこまでのことは多くはないと思います。そこに興味があるから描いているのですが、作られたような感情の爆発にはならないようにちゃんとキャラクターを追い込んでいくことを意識しています。
終盤の家族3人が泣くシーンのロケーションについては制作部がちゃんと台本を読んでくれているなと感動しました。ト書きには「道」としか書いてないのをスタッフが読み取ってあの場所になったんです。映画に対してスタッフがすごくノッてくれているからなので、ロケハンしてきたスタッフに見せられた時には嬉しくなりました。撮影間際になってその道では撮影ができなくなるかもしれない、という話が出て、この時ばかりは粘りに粘ってあの場所で撮れるように考えを曲げませんでした。

Q 映画を観られた奥様の反応はいかがだったのでしょう。

A映画『喜劇 愛妻物語』足立紳編集ラッシュを見せて、その様子を離れたところから眺めていましたが、後半は涙ぐむこともあって、当時のことも思い出したのだろうなとシメシメと思っていたら、観終わった後は、「あのシーンは寄りを撮ってないの?」と冷静な意見を言いはじめて、自分でも撮っておけばよかったと思う部分でもあったので、結局喧嘩になってしまいました。そういったところでもしっかり見てくれていたのと、「小説よりは断然面白い。私は映画向きだと思っていた」と言っていました。

Q 年収が50万だったという監督の当時のお話ですが、いまはさすがに罵詈雑言は無くなりましたか。

A足立紳それが無くならないんですよ(笑)。今度は「年収が増えたからお前、調子に乗っているだろう」と(笑)。鼻がちょっとでも伸びようなら叩き折ると言われていて、それもはたして愛情なのか(笑)。ものすごく感謝しているんですけど、伝わっていないのか、恥ずかしがっているだけなのか、どうすればそれが伝わるのかは考えないといけないところですね。

Q この映画を通じて新しい気づきはありましたか。

A足立紳濱田さんを通して豪太はダメな奴だとあらためて思いました。でもこの家族を受け入れてほしいと思いました。夫婦のなし崩し的な絆もひとつの強靭な絆の形なのではと世に問いてみたいです。こういう夫婦の一対一の関係を延々と描くものを見てみたいと思っていましたし、自分でもやってみたかったことのひとつです。

Q 監督と脚本家としての道を歩まれています。

A足立紳もともと監督志望で映画業界に入りました。宮藤官九郎さんが深夜ドラマで活躍し始めた頃だったので、自分も脚本家で売れた方が早く監督にもなれるのではないかという、今思えば甘い考えでしたが、先輩が監督デビューする際にシナリオを書かせてくれて、27歳くらいで脚本家デビューできたんです。このままいけるんじゃないかという気持ちになってしまったので、その後しばらく、まさにこの映画の中で起きているような大変な思いをしました。もちろん脚本家も難しいことは分かっていましたし、早く監督になるための手段だと思っていましたが、途中からは監督の夢を諦めかけて、脚本家として食べていければいいかと思う時期もありました。
自分のオリジナル脚本や原作で撮っていますが、自分のオリジナル脚本でなければやりたくないということではなく、やってみたい原作もあります。それとこの夫婦に限らず、夫婦関係は面白いと思うので、今後も夫婦の映画も撮りたいですね。

Q足立紳監督からOKWAVEユーザーに質問!

足立紳夫婦間のセックスレスの悩みがあるとしたら、どうすれば解消できると思いますか。

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■Information

『喜劇 愛妻物語』

映画『喜劇 愛妻物語』2020年9月11日(金)全国ロードショー

結婚して10年。いまだにうだつの上がらない脚本家の豪太と、トキメキを失って久しい妻のチカが、幼い娘と三人で旅に出た。四国を舞台にしたシナリオを書くための五日間の取材旅行。しかし豪太にはもうひとつの重大ミッションがあった。旅の間になんとしても、「セックスレスの妻とセックスする」という悲願を達成するのだ!

濱田 岳 水川あさみ 新津ちせ
大久保佳代子 坂田聡 宇野祥平 黒田大輔 冨手麻妙 河合優実
夏帆 ふせえり 光石 研

脚本・監督:足立 紳
原作:足立 紳「喜劇 愛妻物語」(幻冬舎文庫)
配給:キュー・テック/バンダイナムコアーツ

http://kigeki-aisai.jp/

©2020『喜劇 愛妻物語』製作委員会


■Profile

足立 紳

映画監督・脚本家 足立紳(映画『喜劇 愛妻物語』)1972年生まれ、鳥取県出身。
日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作『百円の恋』が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。同作と『お盆の弟』にて第37回ヨコハマ映画祭脚本賞受賞、NHKドラマ『佐知とマユ』にて第38回創作テレビドラマ大賞受賞、第4回「市川森一脚本賞受賞。ほか脚本作品として『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(17)『こどもしょくどう』(19)『嘘八百シリーズ』など多数。『14の夜』(16)で監督デビューを果たす。原作、脚本、監督を手がける『喜劇 愛妻物語』(第32回東京国際映画祭最優秀脚本賞受賞)が2020年に公開。著書に「それでも俺は、妻としたい」(新潮社)「喜劇 愛妻物語」(幻冬舎)「弱虫日記」(講談社)などがある。