OKWAVE Stars Vol.953は映画『フェアウェル』(2020年10月2日公開)に出演の水原碧衣さんへのインタビューをお送りします。
Q 第77回ゴールデングローブ賞受賞をはじめ、全米さらに世界中で話題の本作ですが、出演の経緯をお聞かせください。
A水原碧衣実はすごく変わった経緯で、行きあたりばったりかつ多くの幸運が重なっているんです。
2018年の春、中国で別の作品の撮影を終えてちょうど帰国する前日の夕方に、知らない方から突然「今からカメラテストがあるから来られませんか」という連絡が来たんです。「26歳の日本人女性役」という情報だけで、映画なのかドラマなのか、現代ものか時代ものなのか、人物設定など詳細について尋ねても「26歳、日本人女性」という一言しか返って来ないので、さすがに怪しすぎて丁重にお断りしました。
ですが、何度やんわり断ってもその方は諦めないので、「今用事があって取り込み中なので今日はどうしても無理です、ごめんなさい!」とはっきり断ったんです。すると少し経ってからその方から「いま近くまで来たから用事が終わるまで待ってます」と連絡が来て…。さすがに仕方なく折れてその方に会ってお話を聞くと、最近成り行きでエージェントの仕事を始めたばかりらしく、業界のことについてはちんぷんかんぷんで特に興味もなく、ただその方自身が日本人に会ってみたかったという理由で、断っても必死に連絡してきたそうです。
生の日本人が見られてもう満足したというその方にオーディション会場に案内されました。前情報が何もないまま、渡された台本に書いてあった結婚式の挨拶の台詞をそのままやってみたら、キャスティングディレクターが「見たか!これこそが演技だ!」と飛び上がって喜んでくれたんです。正直その反応には自分でも面食らったのですが、帰国後、例のエージェントさんから役が決まったと連絡が。結局、どんな作品か全く分からないままだったのですが、私はとりあえず結婚式のシーンがあって花嫁衣装が着られるはずと、それが楽しみで引き受けることにしました。
だけどホッとしたのもつかの間、ある日突然例のエージェントさんからまた電話がかかってきて、「監督がやはり直接お話したいと言っているらしく、今からオンラインで最終オーディションやるから」といきなり言われたんです。私はその時新宿の街中で友人と食事中で、とてもオーディションができるような状況じゃなかったし、中国に滞在していた監督はこの後も予定は詰まっているし明日にも米国に帰国してしまうとのことで、もうどうしようもなくて諦める覚悟をしました。エージェントさんからは「今できないなら、その理由をビデオメッセージで送ってくれ」と言われたので、とりあえずレストランのお手洗いに駆け込み、中国語で「こういう状況のためどうしてもオーディション出来なくてすみません」という自撮り映像を撮影して、ダメ元で送りました。なんとそれでOKになり、決まったんです。
Q 何がルル・ワン監督に響いたと思いますか。
A水原碧衣自分でも何で決まったのかずっと不思議だったのですが、完成した映画を観ると、監督が思い描いていたアイコ役の人間像が、割と素で出ていたのかなと思いました。
それでも台詞がほぼないし演技の見せ場がある感じの役でもなかったので、私である必要があったのかと実は撮影が終わってもずっと自信がなかったんです。でも後でニューヨークプレミアの時にアメリカ人のプロデューサーさんが、「中国から『やっとアイコ役が見つかった!』と連絡が来た時みんながどれ程大喜びしたか!あの瞬間は決して忘れない。あなたが現れなかったらこの映画はどうなっていたか分からない、フェアウェルの一員になってくれてありがとう!」というようなことを言ってくださったんです。その意外な言葉に驚きましたし、本当に感激して涙してしまいました。
Q そのオーディションから撮影までの準備期間はどの程度だったのでしょう。
A水原碧衣そのオーディションが4月くらいの話で、6月くらいには撮影が始まりました。オーディション後も、どんな映画になるのかほとんど情報がないまま中国に向かうことになったんです。長春の撮影現場に入った初日からアイコ役としてウエディングドレスを着て、撮影が始まりました。私の出演シーンの長春での撮影は1ヶ月間ほどでした。
Q アイコ役についてお聞かせください。
A水原碧衣この映画は監督の経験や実在の人物が元になっていて、本当はアイコはビリーの従兄弟のハオハオと出会って3ヶ月の恋人同士で、結婚してもいいと思っているか、あるいはすでに籍は入れているという設定でした。ただ、二人の関係を説明する台詞がほとんどカットされているので、映画を観ると本当のカップルなのか嘘の結婚式のために連れて来られただけなのか、どちらにも取れるようになっています。
主役のビリーとそのおばあちゃんのナイナイが会話をしている後ろでアイコとハオハオがウエディング写真を色んな所で撮っている様子が映し出されていたり、アイコの台詞はほとんどないのですがうろうろしている出番だけはやたら多くて、ある意味印象には残る役にはなったかなと思います。
Q 監督の演出はどのようなものでしたか。
A水原碧衣監督はあまり指示をされない方でした。私が相談をしても「好きにしていいですよ」という姿勢で、それは私に限らず、主演のオークワフィナさんたちに対しても同じでした。役者さんに任せて、自分の欲しいものをうまく切り取るようなスタイルなのだと思います。
Q 撮影現場の様子をお聞かせください。ちなみに言葉は何語での会話だったのでしょう。
A水原碧衣多国籍な現場で言語は英語組と中国語組に分かれていました。撮影スタートの掛け声も英語と中国語両方でした。私は孤軍奮闘と言いますか、ハオハオたち日本に移民した家族は旦那さん役含め全員中国の役者さんが演じていましたし、スタッフの方含めて日本語が話せるのも日本文化が分かっているのも私だけでしたので、アドリブも全然入れられなかったんです。皆さん日本語が分からないので、私が日本語で例えば「えっ…」とちょっとリアクションしただけでも音声さんに「今つぶやいたのはどういう意味?」と聞かれて声を撮り直したり、訳を作ったりと工程が一気に増えるんです。日本人には意味のある言葉なのではと思われてしまって、自然なリアクションどころか、最終的には声も一切出さないようにするしかありませんでした。
私自身は中国語を話せますので、共演者の方やスタッフさんとは中国語でコミュニケーションを取っていました。
Q 共演者の方々についてお聞かせください。
A水原碧衣新郎のハオハオ役のハン・チェンさんはとても気さくな方ですぐに仲良くはなれたのですが、事前に演技についての打ち合わせを一切しないというポリシーをお持ちで、どう演じるかを事前にしっかり研究して設計したがる私とは真逆のタイプの役者さんだったんです。でも設定ではハオハオは中国生まれ日本育ちでむしろ中国語がカタコトレベルにしか話せない位に日本人全開なはずなんですが、ハン・チェンさん自身は日本語が分からないし日本的背景を持っていない役者さんなので、日本的なリアクションやアドリブ、日本人同士特有の阿吽の呼吸みたいなものは打ち合わせないと出来ないはずなんです。でも彼はそうすることで予定調和な芝居にしたくないと。日本人カップルの彼女としてアドリブで動いても彼がどんな反応をするのか全く未知数で、私も恐ろしくてうかつに動けなかったんです。本当はラブラブなカップルを演じるはずだったのが、後で聞いたら彼も「照れていた」と仰っていましたが、すごくぎこちなくて、結果的に嘘か本当か分からないカップルになってしまいました。
主演のオークワフィナさんはすごくフレンドリーでしたし、ダイアナ・リンさんとは二度目の共演だったので「またお会いしましたね」とお互いに打ち解けていました。ツィ・マーさんは『ラッシュ・アワー』が好きで観てもいたのに、お会いした時にはそのことを失念してしまって「どんな作品に出ていらっしゃるのですか」と大御所の方に聞いてしまって…。それにも関わらずとても気さくで親切に接してくださりました。
おばあちゃんナイナイ役のチャオ・シュウチェンさんは中国で誰もが知っているすごく有名な方ですが、本当に優しくて素敵な方でした。私は現場でウエディングドレスを着ていることが多かったので、大変でしょうと言ってわざわざ椅子を探して来てくださったり、ドレスの着替えまで手伝ってくださって。大御所の方のそんな行動に本当に感動させられました。
Q 撮影現場での思い出深い出来事などお聞かせください。
A水原碧衣ルル・ワン監督はとても家族思いで、監督自身の家族愛が映画にも反映されていて、小道具に監督の実の祖母が使っていたものを用いたり、監督の祖父、祖母の若い頃の写真が使われていたり。映画の中でお墓参りに行くシーンも、実際に監督の祖父のお墓のところで撮影しているんです。ナイナイの妹役に至っては、監督の祖母の妹さんが本人役で出演されているんです。撮影しながら自分の家族をケアしたり、家族に縁のある方を現場に招いたりもしていました。監督は小柄な方ですが、とてもパワフルで、撮影期間中は一番疲れているはずなのに、いつも現場を明るく盛り上げて、さらに自分の家族のことも常に気にかけて大切にしているので、何て素晴らしい方なんだろうと女性として人として憧れの存在でした。しかも撮影の後にはキャスト全員にプレゼントをされたり、直筆のお手紙もいただいたんです。
Q 水原さんは中国を拠点に活躍されていますが、今後の展望などお聞かせください。
A水原碧衣私が本格的に女優として仕事を始めたのが中国です。これからも中国でいい作品があれば参加したいと思っていますし、日本でもチャンスがあれば参加したいです。
この映画が全米で大ヒットしたのは予想外でした。中国でオーディションを受けて、中国で撮影をした作品がなぜかハリウッド映画になっていたという感覚なんです。ロサンゼルス(LA)でのプレミア上映や授賞式にも参加させていただいて、LAで活動している俳優さんたちのポジティブさや夢を追う姿や明るさに感銘を受けました。自分もこういう場で可能性を求めて真っすぐ前に突き進んでみたいと心打たれたんです。LAでは皆さん純粋に演技のレッスンに通い続けたりアクションを練習したり、オーディションをどんどん受けて結果がダメでももっと頑張ろうというポジティブなオーラに満ち溢れていました。私も初心を忘れないようにしたいですし、今は英語の勉強もしているので、もっと上達させていずれ米国でも挑戦してみたいです。
色んな国へ旅行に行ったり英語を勉強してみると、世界は英語に収束していると感じます。中国にいる中国人の方でも英語が流暢な方がたくさんいますし、英語が出来ると世界とつながることが出来ると思うんです。
Q 水原碧衣さんからOKWAVEユーザーにメッセージ!
A水原碧衣この『フェアウェル』はオークワフィナさん演じるNY在住のチャイニーズアメリカンが中国に戻ったことでの東洋と西洋のぶつかり合いのようなものが描かれていますが、実は3カ国の話で日本の家族もその中に関わってきます。東洋の中での日本と中国の微妙な違いも日本の皆さんにはさらに楽しめるところだと思います。
また、長春ではずっとシリアスなドラマだと思って撮影に臨んでいたのですが、完成した映画はアメリカの映画館では爆笑の連続で、シュールなコメディータッチに仕上がっていて驚きました。意外なところで笑わされて、意外なところでホロリとさせられるので、単なる心温まるドラマと言うより、もっと新しいジャンルに属する映画になっていると思います。ぜひ映画館でご覧いただければと思います。
■Profile
『フェアウェル』
NYに暮らすビリーと家族は、ガンで余命3ヶ月と宣告された祖母ナイナイに最後に会うために中国へ帰郷する。家族は、病のことを本人に悟られないように、集まる口実として、いとこの結婚式をでっちあげる。ちゃんと真実を伝えるべきだと訴えるビリーと、悲しませたくないと反対する家族。葛藤の中で過ごす数日間、うまくいかない人生に悩んでいたビリーは、逆にナイナイから生きる力を受け取っていく。
思いつめたビリーは、母に中国に残ってナイナイの世話をしたいと相談するが、「誰も喜ばないわ」と止められる。様々な感情が爆発したビリーは、幼い頃、ナイナイと離れて知らない土地へ渡り、いかに寂しく不安だったかを涙ながらに母に訴えるのだった。
家族でぶつかったり、慰め合ったりしながら、とうとう結婚式の日を迎える。果たして、一世一代の嘘がばれることなく、無事に式を終えることはできるのか?だが、いくつものハプニングがまだ、彼らを待ち受けていた。
帰国の朝、彼女たちが選んだ答えとは?
監督:ルル・ワン
出演:オークワフィナ(『ジュマンジ/ネクスト・レベル』)、ツィ・マー、ダイアナ・リン、チャオ・シュウチェン、水原碧衣
配給:ショウゲート
■Profile
水原碧衣
2月14日生まれ。
中国を拠点に活躍するバイリンガル日本人女優、本作では言葉が通じない日本人花嫁をコミカルに演じる。京都大学法学部卒業。早稲田大学法科大学院休学中に、チェンカイコーやチャンイーモウを輩出した超名門北京電影学院の演劇科に留学、史上初留学生が首席卒業という快挙を果たす。卒業後すぐにTVドラマの準主役が決まり、翌年にはオスカー受賞監督が製作に携わるロシア中国合作映画にメイン出演、主演女優の中国語と日本語の吹き替えも担当。2016年東京国際映画祭の東京・中国映画週間で初主演映画『海を超えた愛』が金鶴賞を受賞し、中国で大きく報じられた。胡軍、カリーナ・ラウ、「空海」のホアン・シュアン等数々のトップスターと共演し、本作のダイアナ・リンとは2度目の共演となる。中国で活躍する日本女性声優の代表的存在としても数多くの大作に参加し、北京国際空港の日本語アナウンスも担当。国際高IQ組織MENSAの会員であり、中国の超人気クイズ番組をはじめバラエティ等にも出演しマルチに活躍している。