Vol.967 映画監督 大庭功睦(映画『滑走路』について)

映画監督 大庭功睦(映画『滑走路』)

OKWAVE Stars Vol.967は映画『滑走路』(2020年11月20日公開)大庭功睦監督へのインタビューをお送りします。

Q 萩原慎一郎さんの「歌集 滑走路」を原作とした映画とのことですが、どのような経緯で本映画の企画が始まったのでしょうか。

A映画『滑走路』大庭功睦埼玉県とKADOKAWAがタッグを組んで映画を作ることになり、まずはその原作としてこの歌集が選ばれました。チャレンジングな取り組みだと思いますが、歌集をどう映画にするかを競う企画コンペが開かれることになり、僕の前作が「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」で上映されていた縁で「企画を出さないか」と声をかけてもらいまして。その企画が選ばれてこの映画を撮る機会を得ました。

Q 歌集を映画にするという試みを、どのように企画化したのでしょう。

A大庭功睦原作者の萩原慎一郎さんは、いじめの後遺症に苦しみながらも、短歌を詠まれて、その歌集を出版する前に自ら命を絶たれてしまった。しかし、そんな萩原さんの壮絶な人生と反するように、歌集に収録された短歌のほとんどはとても爽やかで瑞々しく、躍動感に満ちていて感銘を受けました。
映画化する上でまず考えたのが、この歌集を読者の方々がどう受け止めたのか、でした。SNS等で歌集についてのコメントを探してみると、たくさんの方々が萩原さんの詠まれた歌を我が事のように捉え、自分の経験も吐露しながら感想を書いていた。その有り様の多様さを一つに束ねるのは難しいと思い、それなら、群像劇という形でストーリーを拡散させて物語を描けばいけばいいんだと思いました。
脚本化する段階では、官僚の鷹野のパートのあらすじを僕が書いて、翠のパートは脚本家の桑村さや香さんが、そして中学生のパートは僕と桑村さん、プロデューサーの意見も入れながら膨らませていきました。

Q キャスティングの狙いなどお聞かせください。

A映画『滑走路』大庭功睦この映画の情緒的な軸は中学生パートになるだろうと思い、中学生パートの俳優はすべてオーディションで選びました。僕にとって商業で映画を撮る初めての経験になるので、オーディションからクランクインまでの2ヶ月くらいの間でコミュニケーションをとりながら信頼関係を築いていける人と映画作りがしたいと考えて。その中で寄川歌太くん、木下渓さん、池田優斗くんという3人を見つけられたのは、僕とこの映画にとってすごく幸せなことだと思っています。池田くんは実力も経験も兼ね備えた上手さがありましたし、寄川くん、木下さんの2人はまだ発見されていない原石のような輝きがあって選びました。

Q 商業映画デビュー作とのことで、これまでとの進め方や演出のスタイルなどに何か変化はありましたか。

A映画『滑走路』大庭功睦15年ほど助監督をやってきましたが、監督の方が楽だと感じたのは、他の人が考えていることを慮るストレスが減ったことです。助監督は自分に決定権がなく、監督や他のスタッフが仕事に取り組みやすくするためにどう振る舞えばいいかを考える能力が求められます。監督になると、「僕はこうしたい」と、気兼ねせずに言えるのが何よりもよかったです(笑)。
映画を撮る上では、僕はコンテを最も大事にしています。その次に俳優さんとのコミュニケーション。もちろん、画作りやロケーションなど、他にもこだわりがありますが、コンテと芝居がうまく組み立てられたら、映画の形になると思っています。

Q では撮影はいかがでしたか。

A大庭功睦何度か共に映画を作っているスタッフだったので、彼らの持っている能力をうまく活かせたのかなと思っています。俳優さんに関して、中学生役の子たちとは撮影前にリハーサルを重ねていたので、本番で彼らの芝居に不安になるようなことはありませんでした。水川あさみさん、浅香航大さんは非常に優れた俳優さんで、優れた俳優さんというのは何よりもまずコミュニケーションに優れていると僕は思いますが、彼らもまさにその通りで、その面では全くストレスを感じることなく撮ることができました。
中学生パートでは空が広い所が良いなと、つくばで撮影をしました。僕は福岡県の田舎の出身なので、原風景と重ねたいという思いもあって。

Q 印象的なエピソードなどお聞かせください。

A大庭功睦ラストの、寄川くんと木下さんの橋のシーンです。最後に、寄川くん扮する学級委員長がカメラの方に向かってくるショットがありますが、ということは、映画を観た方が最後に観るのは彼の表情ということになります。なので、「この映画で君が経験した全てを表現してほしい。そのために君をキャスティングしたんだ」と寄川くんに伝えたところ、見事に一発で決めてくれました。彼は真面目すぎるが故に表現が追いついかずテイクを重ねることがしばしばありましたが、一発目で最高の芝居をしてくれた。感動しました。

Q 萩原慎一郎さんの人生が映画の内容に及ぶことはありましたか。

A大庭功睦この映画は萩原さんの実人生の映画化ではないと、僕もプロデューサーも意識していました。そうしてしまうことで歌集が持っている幅の広さが失われてしまうことを危惧したからです。しかし、物語を編んでいくうちに、どうしても引き寄せられてしまう。その距離感をどう取るか苦慮した部分はありますが、萩原さんご本人と重なった部分にこの映画特有のメッセージを込める事も出来た。その部分を劇場で感じていただければと思います。

Q この映画を撮り終えて、新しい発見はありましたか。

A映画『滑走路』大庭功睦僕は今まで、映画は2時間の長さならそれだけ持続する時間の芸術で、短歌はそういう意味では無時間の芸術だと思っていました。しかし最近、歌人の知花くららさんと映画について対談をさせていただく機会があって、知花さんから「短歌は一瞬湧き上がった感情をフリーズドライしたもの」という言葉をいただきました。その時に気付いたんですけど、自分がある映画の印象に残っているシーンを思い返す時に胸に去来する気持ちは、短歌をよんだ時の心情とそっくりなんです。とすると、人の心に残り続ける映画を作るには、短歌的な瞬間をいかに映画に取り込むか、というのが大事なのではないかと思うようになりました。

Q ちなみに今後どのような映画を撮りたいですか。

A大庭功睦僕はジャンル映画が好きなので、ホラー映画や戦争映画、サスペンスなどにも挑戦したいです。三池崇史監督はどんなジャンルの映画でも自分の映画にしながら上手に撮るので、そんな良い意味での雑食性のある監督になれればと。

Q 大庭功睦監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!

A大庭功睦この映画は、名も無き原作読者の方々の色々な思いを集約するように作られました。それを今度は原作読者の皆さんにお戻しするような気持ちでいます。ご覧になった方によって印象に残るシーンや感情移入するシーンはそれぞれだと思いますので、ぜひ自分にしかない見方で自分だけの映画にしていただければと思います。

Q大庭功睦監督からOKWAVEユーザーに質問!

大庭功睦東京都内で食べられる美味しい豚骨ラーメンのお店を教えてください。今のところのベストワンは、渋谷の「唐そば」です。あの、豚骨を丁寧に煮出した繊細で優しい味が大好きで。よろしくお願いします。

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■Information

『滑走路』

映画『滑走路』2020年11月20日(金)ロードショー

厚生労働省で働く若手官僚の鷹野は、激務に追われる中、理想と現実の狭間で苦しんでいた。ある日、陳情に来たNPO団体が持ち込んだ“非正規雇用が原因で自死したとされる人々のリスト”の中から自分と同じ25歳で自死したひとりの青年に関心を抱き、死の真相を探り始める。
30代後半に差し掛かり、将来的なキャリアと社会不安に悩まされていた切り絵作家の翠。子どもを欲する自身の想いを自覚しつつも、高校の美術教師である夫・拓己との関係性に違和感を感じていた。
幼馴染の裕翔を助けたことをきっかけにいじめの標的になってしまった中学二年生の学級委員長。シングルマザーの母・陽子に心配をかけまいと、攻撃が苛烈さを増す中、一人で問題を抱え込んでいたが、ある一枚の絵をきっかけにクラスメートの天野とささやかな交流がはじまる。
それぞれに“心の叫び”を抱えた三人の人生が交錯したとき、言葉の力は時を超え、曇り空の中にやがて一筋の希望の光が射しこむ。

水川あさみ 浅香航大 寄川歌太
木下渓 池田優斗 吉村界人 染谷将太
水橋研二  坂井真紀

原作:萩原慎一郎「歌集 滑走路」(角川文化振興財団/KADOKAWA刊)
監督:大庭功睦
配給:KADOKAWA

公式HP:kassouro-movie.jp

©2020「滑走路」製作委員会


■Profile

大庭功睦

映画監督 大庭功睦(映画『滑走路』)1978年生まれ、福岡県出身。
2001年、熊本大学文学部卒。2004年、日本映画学校(現・日本映画大学)映像科卒。以降、『シン・ゴジラ』や『マチネの終わりに』など数々の映画・TVドラマにフリーの助監督として携わる。2010年に染谷将太主演『ノラ』を自主製作し、第5回田辺・弁慶映画祭にて市民審査員賞、第11回TAMA NEW WAVEにてベスト男優賞(染谷将太)を受賞。2018年には『キュクロプス』を自主製作し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018にてシネガー・アワード、北海道知事賞をダブル受賞。第18回ニッポン・コネクション&SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018の国内長編コンペティションでも正式上映された。