Vol.969 上坂浩光、小笠原雅弘(『劇場版HAYABUSA2~REBORN』について)

上坂浩光、小笠原雅弘(『劇場版HAYABUSA2~REBORN』)

Vol.969は『劇場版HAYABUSA2~REBORN』(2020年11月27日公開)上坂浩光監督と宇宙探査機「はやぶさ」「はやぶさ2」の開発・運用/広報に携わった小笠原雅弘さんへのインタビューをお送りします。

Q プラネタリウムフルドーム作品の1作目「HAYABUSA – BACK TO THE EARTH -」(2009年)と3作目の「HAYABUSA2~REBORN」(2020年)を基に劇場版として製作されてどう感じましたか。

A『劇場版HAYABUSA2~REBORN』上坂浩光「はやぶさ」と「はやぶさ2」を描いたプラネタリウム用の3作品(※上記と2014年の2作目「HAYABUSA2 -RETURN TO THE UNIVERSE-」)を作り、1作目と3作目を1本の劇場版として作りました。「はやぶさ」のことを全く知らない方が観てもよく分かるようにできたかなと思います。この作品は単に科学やミッションを伝えるものではなく、感情移入できるような演出を加えていますが、この2作品をつなげることで主軸がよりはっきりしたなと感じています。

小笠原雅弘「はやぶさ」初号機が飛び立ったのが2003年で、「はやぶさ2」が地球に帰ってくるのが2020年ですので、ここまで17年かかっていて、それだけ長い間、「はやぶさ」と「はやぶさ2」に関わってきたのだと、技術屋としての時間の流れを感じました。大団円という言葉も思い浮かびました。これで締めくくれるのかなという思いがあります。「はやぶさ」の一連のプロジェクトもそうですし、自分も昨年NECを離れましたので、二重の意味でそう感じました。

Q プラネタリウム投影作品を劇場版にするにあたって、演出的な違いはいかがでしょうか。

A上坂浩光プラネタリウムではその場に自分が行ったという環境を作る見せ方をするので、観客がどこを観るかは、演出による誘導はありますが自由なんです。映画は映像としてフレームで切り取るものなので見せ方が違います。プラネタリウムのドーム向けの映像を平面にする時、どこに焦点を当てて切り取るのか、カットごとに工夫を重ねました。

Q 「はやぶさ」/「はやぶさ2」の映像化について、実際の動きなどはどのように製作されたのでしょう。

A『劇場版HAYABUSA2~REBORN』上坂浩光小惑星探査機に関する細かな知識がない方が観ても大事なところが伝わるようにしました。「はやぶさ」に関してJAXAから公表されている資料を基にしています。もともと、JAXAから「はやぶさ」ミッションを事細かに映像化した『小惑星探査機はやぶさ「祈り」』という作品があって、そのCGも僕が作りました。この作品はそれを焼き直したものではなく、自分なりに感じたことを映像化しています。僕は「はやぶさ」を生き物のように捉えましたので、その考えに沿って作品にしていきました。
もちろん宇宙の彼方で「はやぶさ」自身がどう動いているかを見ているわけではありませんが、JAXAから公開されている「はやぶさ」の動きをできるだけ再現しました。例えば、「はやぶさ2」の四隅にはスラスターと呼ばれるエンジンがついていて、それを吹かしながら姿勢を制御します。その動きや噴射している時間をできるだけリアルに再現しました。実際にはスラスターが燃料を噴出しても宇宙空間に空気はないので目には見えません。そこに色を付けたり、光の効果を加えたりして何が起きているかを見て分かるような味付けをしています。もしそうしないと何が起きているか分からなくなるので、このような“ウソ”も映像表現には必要ですね。

Q 小惑星のタッチダウン制御の開発にも小笠原さんは関われていらっしゃいますが、その映像を観てどう感じましたか。

A『劇場版HAYABUSA2~REBORN』小笠原雅弘「はやぶさ」初号機の時はいろんな機械が壊れて計画した着陸ができませんでした。一回目は不時着ですし、二回目は離着陸に成功したものの、小惑星のサンプルの回収を計画した方法ではできませんでした。「はやぶさ2」は地上8.5メートルの位置から目標を捕捉して、着陸地点を修正してから降りました。「はやぶさ」初号機では小惑星にターゲットマーカーという目印を落としてそこにすっと着陸する、というのが本来の動きです。それが「はやぶさ2」になると、ターゲットマーカーを落としたもののリュウグウの地表は平らではなく着陸するにはふさわしくない場所だということで、「はやぶさ2」自身が姿勢と位置を直しながら安全な目標に降りるという動作をしています。それが緻密に描かれていて、僕らも「そうそう、そうだっただろうな」と感じました。着陸の一挙手一投足を我々がコントロールしているのではなく、「はやぶさ2」に内蔵のコンピューターが計算をして行っています。ですので、我々もリアルタイムに「はやぶさ2」がどう動いているのかを把握していたわけではありません。そんなところが映像化されていてひとつひとつ納得しながら観ました。

上坂浩光「リュウグウ」はとても小さい(直径1km弱)ので、地表は実際にはカーブしています。位置がずれれば、「はやぶさ2」の機体も地面に対して真っ直ぐになるように姿勢を変えなければなりません。そして「リュウグウ」はその間も自転していますから、非常に繊細な調整を「はやぶさ2」が自分でしているわけです。

小笠原雅弘ターゲットマーカーから数メートルの範囲内に降りなければならなかったので大変でした。「はやぶさ」の場合は小惑星「イトカワ」には平坦な土地があったので数十メートルくらいの範囲で降りればよいという条件でした。「はやぶさ2」では数メートル以内に降りるという、さらに難しいミッションでした。

上坂浩光最終的には目標地点から60cmの場所に降りることができましたからね。このタッチダウンは見どころの一つだと考えましたので細かく描きました。「はやぶさ2」が遠くの小惑星まで行って何をしたのか実際には誰も見ることができないので、その手応えを皆さんに感じてもらいたいと思いました。

Q 「はやぶさ」と「はやぶさ2」の性能の違いについて解説をお願いいたします。

A小笠原雅弘「はやぶさ」の初号機のプロジェクトの開始は1996年です。いろいろな事情でプロジェクトが二度延期になって打ち上げは2003年なので7年かかりました。「はやぶさ2」のプロジェクトは2011年に立ち上がり2012年に始まりました。そして2014年には打ち上げているので、そこまでにかかった時間も短いです。プロジェクトを始めるにあたって、「はやぶさ」の遺産を最大限に活かすことを条件としたため、「はやぶさ」でうまくいったところ、いかなかったところを徹底的に検討して改善しました。
先ほどお話ししたピンポイントタッチダウンのアルゴリズムも予め作られましたが、地表に対して垂直に着陸し、垂直に離陸をするという原則から、インパクタ(衝突装置/SCI)で「リュウグウ」の地表に開けた穴の真ん中にターゲットマーカーを落とせるわけではないので、微調整しながら降りるという設計になっています。これも「はやぶさ」のプロジェクトが活きた例ですね。映画の中で「はやぶさ2」が自動で修正しながら降りる様子が描かれていますが、これは地球から操縦しているわけではなく、「はやぶさ2」のコンピューターが計算してやっているんです。地球から指示を送って届くまでに15分以上かかりますので、ある高さまでは人間が介在しても、そこから先は「はやぶさ2」のコンピューターの仕事です。ですので、そこにどれだけの機能を盛り込むのかも技術的チャレンジでした。

Q 「はやぶさ」/「はやぶさ2」を生き物のように描かれたことについてお聞かせください。

A上坂浩光1作目を作る前に参加した『小惑星探査機はやぶさ「祈り」』製作の時点で、「はやぶさ」は満身創痍で地球に帰還する際には大気圏に突入して燃え尽きることが分かっていました。自分で作った、地球に向かう「はやぶさ」の後ろ姿のCGを見ていて、「はやぶさ」の人格を感じてしまって涙が出てきたんです。1作目を作り始める時も、最初は単純に科学ミッションを伝えるものにしようと思っていました。それがどうにもうまくいかなくて、自分の奥底にある感覚を全面に出して作り変えました。それがこのシリーズの特徴になりました。今振り返ってみると、その決断があったからこそ、10年間この作品を作り続けることができたのだと思います。
ミッションチームの方々に最初に「はやぶさ」を擬人化したシナリオを見せたところ、ほとんどの方に反対されました。ただ、「はやぶさ」の地球への帰還が迫ってくるにつれ、反対していた方たちも「はやぶさ」のことを生きているようにしか思えないと言い出したんです。プロジェクトマネージャーの川口淳一郎さんもそんな発言をされていましたので、それが人間の本質なのかなと思いました。
1作目を観た子どもからお年寄りまでたくさんの方が泣いてくれました。そういう意味でも間口を広げられてよかったと思います。アルミでできた機械が映画の最後には魂が宿っているように見えたなら、この映画は成功したのかなと思います。

小笠原雅弘僕は軌道やタッチダウンの制御などに携わっていたので、頭の中ではXYZの座標で考えているんです。だからといってその座標に「はやぶさ」は確かにいるという認識をしているので、監督のような擬人化とは違いますが、天上を動く生き物のように捉えています。

Q はやぶさ2がこれから小惑星から持ち帰るサンプルに何を期待されますか。

A小笠原雅弘「はやぶさ」が到着した「イトカワ」はS型(Stony/Silicaceous)と呼ばれる太陽系の内側でできた小惑星です。水や有機物は太陽系の内側の熱い部分では残っていないんです。「はやぶさ2」が行った「リュウグウ」はC型(Carbon)と呼ばれる、もう少し外側で生まれた小惑星です。だから、「リュウグウ」の中には誕生した初期の水や有機物がそのまま残っていることが期待されます。「イトカワ」では調査できなかった水や有機物の起源物質を地球に持ち帰ることが一番の目標です。そのために「はやぶさ2」では「はやぶさ」がやらなかった小惑星の表面にインパクタで穴を開け、穴の底の物質を持ち帰るというミッションをあえてやっているんです。表面にある物質は太陽に炙られ、宇宙線に当たることで変遷しています。そのため、地表を爆発させる危険を冒してでもサンプルを入手しました。1回目のタッチダウンでは表面の物質を、2回目のタッチダウンでは内側の物質を、それらを混在しないように分けて持ち帰ります。そこにこのミッション最大の価値があります。

上坂浩光地球も小惑星と同じようにできたので、地球ができた時も同じように水や有機物がありましたが、地球は小惑星よりもずっと大きいので、重力や放射性物質の崩壊熱で地表からは全部無くなってしまったと言われています。いま地球上にあるものはもともとあるものではなく、ある時期に大量に落下した隕石がもたらしたものだと考えられています。そしてその隕石は小惑星から来たのではないかと想像されています。今回「はやぶさ2」がサンプルを持ち帰ることで、その答えを出すことができるかもしれません。小笠原さんが仰ったように、46億年前の状態の物質が地球に届くんです。それを地球の研究者が直に分析することができるのはすごいことだと思います。

小笠原雅弘持って帰る最大の意義は、その時の地球上の最新の機器で分析するだけでなく、そのサンプルを10年後、20年後、さらに進んだ機器で分析することもでき、さらに新しい事実が分かるかもしれない、ということです。「イトカワ」から持ち帰ったサンプルからは本当にごく少量ながら水が含まれていることが最近分かりました。それは最新の機器を用いて分かったことなので、サンプルを持ち帰る意義は後の人類に遺産を残すことができるということです。

上坂浩光勘違いしてはいけないのは、「はやぶさ2」がサンプルを持ち帰ったら全てが分かるということではありません。アメリカの探査機「オサイリス・レックス」の採集した分を含めても、まだ小惑星3つのサンプルしかありませんので、入口に立ったばかりなんです。

Q 宇宙との関わり方について何かヒントお願いします。

A『劇場版HAYABUSA2~REBORN』上坂浩光映画の中で「私たち自身が宇宙なんだ」というナレーションを入れていますが、そもそも星が作り出した物質で自分たちはできている、ということを想像することはあまりないと思います。星が作った原子で人間は構成されていますので、僕は宇宙を知ることで自分自身を知ることができると思っています。宇宙探査もその一つだと思います。

小笠原雅弘月を周回した人工衛星「かぐや」にも携わっていましたので、それを例に出すと、「かぐや」が地球を捉えた映像を観ていただくと分かりますが(https://www.youtube.com/watch?v=xq-2B6UxMXM)、宇宙は火星などを除けばほとんど灰色の世界なんです。そして地球だけが白、青や緑、茶色なのです。宇宙に行くということは地球を振り返るということです。こんなに灰色しかない孤独な宇宙に行くことで地球の豊かさに気づくんです。それだけでも宇宙に行く価値があると思います。

Q はやぶさミッションの次にはどんなものを期待しますか。

A上坂浩光僕は自分は何者なのかということを子どもの頃から考えていました。はやぶさミッションはそれを紐解く入口にもなりましたので、これからもいろいろな探査をしてほしいです。それと個人的には自分も宇宙に連れて行ってほしいです。地球を外から見てみたいと思います。

小笠原雅弘次は活動を終えた彗星に行こうというミッションや火星の衛星からサンプルを持ち帰ろうという、世界中の誰もやっていないミッションに日本は挑戦しようとしています。それを見守りたいですし、そこで得られる成果を伝えていきたいと思います。

Q OKWAVEユーザーにメッセージ!

A小笠原雅弘この映画は17年にも及ぶ長い物語の大団円までを描いていますのでそれを観て感じていただきたいです。それと、この映画でスイングバイという概念を分かりやすく示していただいたので、先ほどXYZの座標と言いましたが、そんな数字でしか表せないものを神の視点で追体験できる作品になっています。タッチダウンの様子ももちろんそうです。ぜひそういう目で見て、自分も将来やってみたいなと思ってもらえたら嬉しいです。

上坂浩光10年前にプラネタリウムで公開した1作目は累計100万人以上の方に観ていただきましたが、そこで観た子どもたちがJAXAに入ったり科学者や天文学者やプラネタリウムの解説者になっています。非常に嬉しいことですし、この作品を観てそんな人たちが増えればさらに嬉しいです。つないでいくということはとても大切ですし、はやぶさミッションの志はこの後も生まれ変わって新しい宇宙探査などにつながると思っています。
“REBORN”というサブタイトルをつけましたが、生命の本質とは何かということがこの作品のテーマです。生命の本質は「命を継ぐこと」「想いをつなぐこと」ではないかと思っていて、そんなメッセージを読み取っていただけたらと思います。

Q上坂浩光監督、小笠原雅弘さんからOKWAVEユーザーに質問!

上坂浩光皆さんは宇宙にはどんなイメージを持っているでしょうか。

小笠原雅弘皆さんは太陽系のどこに行ってみたいですか。

回答する


■Information

『劇場版HAYABUSA2~REBORN』

『劇場版HAYABUSA2~REBORN』2020年11月27 日(金)ユナイテッド・シネマ豊洲他全国ロードショー

小惑星「リュウグウ」のカケラを持ち帰るため、再び広大な宇宙空間へ飛び立った「はやぶさ2」。それから2年半、32億キロの距離を進み続けた孤独な旅路の末、待ち受けていたのは、想定外の「リュウグウ」の姿だった。あらゆる場所が岩で覆われ、 タッチダウンに最適な、平らな場所が存在しなかったのだ。「君を“また”失ってしまうかもしれない」小惑星イトカワでの悪夢が去来する。はやぶさ2はどのように困難を乗り越え、数々のミッションを成功させていったのか。そして彼が「リュウグウ」で見つけたものとは・・・

監督・シナリオ:上坂浩光
ナレーター:篠田三郎
配給・宣伝:ローソンエンタテインメント

http://www.live-net.co.jp/hayabusa2reborn_g/

©HAYABUSA2〜REBORN 製作委員会


■Profile

上坂浩光

上坂浩光、小笠原雅弘(『劇場版HAYABUSA2~REBORN』)映像クリエーター。プラネタリムのフルドーム映像作品「HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-」「ETERNAL RETURN」「MUSICA」「銀河鉄道999」「HAYABUSA2」「HORIZON」「剣の山」監督。『「はやぶさ」−2つのミッションを追って』を執筆。

小笠原雅弘

1982年、NEC航空宇宙システム入社。その後一貫して、ハレー彗星探査機「さきがけ」「すいせい」、スイングバイ技術試験衛星「ひてん」、月周回観測衛星「かぐや」そして「はやぶさ」など、太陽系探査機の開発/運用に従事。