OKWAVE Stars Vol.978はドキュメンタリー映画『けったいな町医者』(2021年2月13日公開)毛利安孝監督へのインタビューをお送りします。
Q 2月20日公開の映画『痛くない死に方』原作の長尾和宏先生に密着した本作製作の経緯についてお聞かせください。
A毛利安孝『痛くない死に方』の高橋伴明監督とは20年来の間柄で、今回もお声がかかって助監督として関わり、2019年の8月に撮影しました。この『けったいな町医者』は当初は『痛くない死に方』がDVD化される際に特典映像として、原作者の長尾先生が町医者として奮闘している実際の姿を撮ろうという企画でした。僕がチーフ助監督だったことに加えて、関西の出身で、実家が長尾先生のいる尼崎からも近いということもあってやってみないかと打診されました。2、3日のスケジュールでは単なる取材になってしまうので、11月から2〜3ヶ月くらいかけてしっかり撮りたいと伝えて、長尾先生にも快諾していただいて撮り始めたのが経緯です。長尾先生は全面協力してくださって、患者さんを映すことについては、僕は長尾クリニックのスタッフということにして、一度編集でつなげた段階で、実際に映画に映る患者さんには先生から許可を取ってもらう、ということになりました。
Q 在宅診療や在宅で最期を迎える、という題材についてはどう感じましたか。
A毛利安孝“安楽死”という言葉は知っていましたが、『痛くない死に方』に携わるまでは“尊厳死”という言葉は知りませんでした。この映画を作るにあたって長尾先生や在宅医療や在宅死に携わっている方の書籍を読ませていただいて、在宅死、尊厳死、同じような意味合いの平穏死、自然死といった言葉を知っていきました。
また、“町医者”という言葉について先生は「大病院からしたら町の開業医はランクが下と見られているかもしれない」と仰っていて、それをエネルギーにしているのだとも感じました。『痛くない死に方』に関わり、『けったいな町医者』で長尾先生に帯同させていただいて、長尾先生の「医療とは往診である」という、人の生活圏に入っていって、医療や医師としての指導をするという考えにも触れました。病院で医者として構えるというやり方もあるけれど、病気に薬を与えることだけではなく、その人の生活を見てよりパーソナルな部分も含めて診療していくということが町医者のあり方なのかなと感じました。
Q ドキュメンタリー作品としてどうまとめていこうと思いましたか。
A毛利安孝僕の中で、当初は長尾先生へのインタビューやクリニックのスタッフさん、町中でのインタビューを行って先生の人となりを明らかにしていく、という手法も考えていました。ですが、初日に往診用の先生の車の助手席に乗った瞬間から、それどころではないということに気づかされました。患者さんのところに行けば、患者さんが納得するまで説明をしますし、クリニックでの診療も行っています。それで時間が足りなくなったらすぐに患者さんに電話をして往診の時間を夜に変更して伺う、ということもされていました。当日に何が起こるか分からないですし、落ち着いて話を聞けるものではないと直感したんです。そこで、とにかくカメラを回せば、2ヶ月後にどうなるかはともかく、このエネルギーを撮れば何かが分かると感じました。物語ではないので起承転結ではないですし、映画が公開される今も長尾先生は尼崎で患者さんのために動いていらっしゃるからです。
企画を立ち上げた時点で情報として聞いていた、毎年12月に長尾先生が「ひとり紅白歌合戦」を行っているということは終点の一つにはなるかなと思いました。先生自身の楽しみでもあると思いますが、患者さんが外に出て少しでも楽しい思いをして活力になるのなら何でもやる、という先生の意思が感じられました。
対面して一問一答という形のインタビューはしなかったですが、それでも車の助手席での会話を通じて、先生の考えだけではなく怒りや苦悩も伝わったかなと思います。今回の映画はこの2ヶ月の記録ですが、撮影時期が違えば、異なる作品になったかもしれません。僕の視点から見た長尾和宏という人物の2ヶ月になればいいかなと思いました。
編集段階で2時間くらいの長編になることは想定できて、こうして映画として公開に至りました。
Q 監督が撮影を通じてとくに驚いたことなどはいかがでしょう。
A毛利安孝『痛くない死に方』の撮影時には、長尾先生が1日20人を診ていると聞いていましたが内心、半信半疑でした。日々ブログを更新したり動画も撮っていますし、執筆やクリニックのスタッフへの講義も行っています。それが、実際に撮影に同行すると、これらが事実であり、しかも朝5時頃に先生から僕に電話がかかってきて「今から看取り(最期への立ち会い)に行くぞ」と。一体いつ寝ているのだろうと思うくらいでした。患者さんが求めている長尾和宏という公的な存在と、医者としての責務、そのようなエネルギーに圧倒されました。人の家に入るだけでもパワーが要りますし、何か糸口を見つけて、世話好きのおっちゃんのような立場を作ってでも、患者さんとの関係性をずっと作り続けています。長尾先生は24時間365日、仕事としてだけではなく生き様としても医師なんだと思いました。
Q 映画を観ると長尾先生は“けったい”という言葉がぴったりな生き様ですね。
A毛利安孝題名を考える中で、先生からの発案だったと思います。関西人としてはしっくりくる言葉です。褒め言葉でもあり「ちょっとややこしい人やな」という意味も含め、かたっくるしくもない、ニュアンスとしていい言葉だと思いました。
Q 毛利安孝監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!
A毛利安孝この映画は広い意味で言えば、人間讃歌の作品です。長尾先生と患者さんの人と人との向き合いは、尼崎という町だからからこそ浮き彫りになったのかもしれません。今の医療は、患者の立場、医師の立場、どちらもどこか凝り固まったところがあると思います。患者は「生きたい」「死にたい」ということをもっと主張してもいいと思いますし、長尾先生を見ていて、病気を治すのも医者だし、痛くならないようにその人の人生を全うさせるのも医者なんだと思いました。自分の死について目を背けてしまいがちですが、とくに自分らしく格好良く生きることは一人では無理ですので、家族や医者の存在も含めて、『痛くない死に方』『けったいな町医者』両作品を通してちょっとでも考える機会になればいいなと思います。
■Information
『けったいな町医者』
2021年2月13日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
1995年、病院勤務医として働いていた際に、「家に帰りたい。抗ガン剤をやめてほしい」と言った患者さんが自殺をした。それを機に、阪神淡路大震災直後、勤務医を辞め、人情の町・尼崎の商店街で開業し、町医者となった長尾和宏。病院勤務医時代に1000人、在宅医となってから1500人を看取った経験を元に、多剤処方や、終末期患者への過剰な延命治療に異議を唱える”異端”。
暦を過ぎた長尾は今も、24時間365日、患者の元に駆け付ける。そんな長尾の日常をカメラで追いかけたのは、新型コロナが猛威を振るう直前の2019年末。転倒後、思うように動けなくなり、以前自分の旦那を看取った長尾を往診に呼んだ女性や、肺気腫に合併した肺がん終末期の患者さんなどの在宅医療を追った。リビング・ウィル(終末期医療における事前指示書)と長尾の電話番号を書き残し、自宅で息を引き取ったばかりの方の元に駆けつけた際の貴重な映像も交え、昼夜を問わず街中を駆け巡る長尾の日々を追うことにより、「幸せな最期とは何か」「現代医療が見失ったものとは何か」を問いかける、ヒューマンドキュメンタリー。
出演: 長尾和宏
ナレーション: 柄本佑
監督・撮影・編集: 毛利安孝
配給・宣伝: 渋谷プロダクション
https://itakunaishinikata.com/kettainamachiisha/
(c)「けったいな町医者」製作委員会
■Profile
毛利 安孝(もうり・やすのり)
1968年生まれ、大阪府東大阪市出身。
映画監督の浜野佐知に師事。高橋伴明、黒沢清、廣木隆一、磯村一路、塩田明彦、清水崇監督作品など数多くの作品の助監督を担当する。
2010年『おのぼり物語』で長編監督デビュー。その後『カニを喰べる。』(15)、『羊をかぞえる。』(16)、『天秤をゆらす。』(16)、『逃げた魚はおよいでる。』(17)、 『探偵は今夜も憂鬱な夢をみる。2』(19)、『さそりとかゑる』(19)、TVドラマは、NETFLIX「火花」(2話担当)、「伊藤くんAtoE」(3、4、8話担当)、「僕らがセカイを終わらせる…たぶん」などを手掛ける。今後の公開待機作に、『トラガール(仮)』がある。映画『痛くない死に方』には助監督として参加。