OKWAVE Stars Vol.984は映画『ワン・モア・ライフ!』(2021年3月12日公開)ダニエーレ・ルケッティ監督へのインタビューをお送りします。
Q 本作の映画化の経緯をお聞かせください。
Aダニエーレ・ルケッティフランチェスコ・ピッコロによるベストセラー「モメンティ ディ トラスクラビレ フェリチタ(取るに足らない幸せの瞬間)」と「モメンティ ディ トラスクラビレ インフェリチタ(取るに足らない不幸の瞬間)」という2冊の短編集を組み合わせた、ある意味リスキーな試みでした。この短編集は日常の些細な瞬間をスケッチした作品です。映画化はプロデューサーからの提案でした。映画にしていく上で、古いアメリカ映画から着想を得て、少年的だけど深いものも持っているシチリア人の中年を主人公に、人生の思い悩むことをテーマにしました。
Q 主人公パオロのキャラクター造形についてはいかがでしょうか。
Aダニエーレ・ルケッティ普段はあまりないことですが、プロデューサーから主演はピフ(ピエルフランチェスコ・ディリベルト)でいきたいと提案がありました。ピフはシチリア島のパレルモ出身なので、自分もパレルモの土地柄には詳しくないのでまず下見に行ったんです。そこからパレルモを舞台にしたシチリア人を描いていくことにしました。
Q パレルモでの撮影はいかがでしたか。
Aダニエーレ・ルケッティ死んでしまったパオロが92分だけ寿命が延長されるという設定ですが、パレルモは死を感じさせる町なんです。映画の中には出てきませんが、実際のパレルモには大きな墓地や地下墓地が結構あるんです。また、パレルモは大きな町で、迷子になるような感覚にもなります。それは隠れやすいと言い換えることもできて、パオロが浮気を繰り返すことができるのも土地柄と言えるでしょう。そんな甘い生活が送れる印象があります。これは犯罪とのコントラストとも言えて、事実、過去のパレルモはマフィアで有名でした。町中でのロケを見に来た人からは「これはマフィア映画か」と聞かれて、違うと答えたらびっくりされましたよ。
それと、パオロの家もそうですが、パレルモには広い家が多いです。物価が安いので大きな部屋でも安く借りられます。収入などの生活水準は低いようで物価も安いので人生を謳歌できる町なのだと思います。
Q 俳優らにはどのような演出を心がけたのでしょう。
Aダニエーレ・ルケッティ俳優には演じる役柄の人物像を撮影の前に確認するようにしています。俳優本人が役をイメージできていることで、撮影中にある程度自由に動くことができますし、そうすることで、そのシーンで起きていることに合わせた動きを引き出すようにしています。ある意味、ドキュメンタリーのようにその瞬間を撮るようにしています。そのためにはリハーサルはできるだけせずに、カットを多く撮るようにしています。撮った中で実際には合わないような組み合わせでコラージュのように違うものを作り出すこともしています。
Q 原作のエピソードを映像化する上で苦心したことは。
Aダニエーレ・ルケッティ入れきれなかったエピソードの方が多いです。そのひとつに「子どもを持つ親の悪夢」というエピソードがあって、子どもと出かけると親は退屈してしまうけれどなかなか帰れない、というよくある話ですが、そんなシーンを撮影してみたものの、原作のように面白くはならずにカットせざるをえなかったのが残念です。
イタリアでこの映画を公開してから、原作者のピッコロとピフと一緒に登壇して各自の人生の些細なエピソードを話す機会もあって、そうやって話すことも一つのカウンセリングのようなものだと感じました。
Q 92分だけ寿命が伸びる、というタイムリミットについて監督が思うところはいかがでしょう。
Aダニエーレ・ルケッティ誰でも自分の人生が限られていることは知っていますが、仕事の締切は分かっていても、人生がいつ終わるのかは誰も知りません。映画の中にも出てくるサッカーは90分という時間があることで試合という形が与えられていますが、もしも人生にも終わりが見えていれば人生の形もはっきりするでしょう。パオロは家族の絆を取り戻すというゴールに向かうわけですね。
Q 普遍的なテーマでもあり、シチリア人の悲喜こもごもを描いた本作ですが、イタリア人にとっての家族の絆についてお聞かせください。
Aダニエーレ・ルケッティ浮気、離婚、家族はイタリア人にとって大きな要素です。イタリアでは政治や政府は全く信じられていませんが家族の絆はいまだに信じられています。また、イタリアでは浮気に関しては寛容であると、これは簡単には説明できませんが、一種の神話のように言われています(笑)。大監督が亡くなるとたいてい秘密の家族が現れるものでした(笑)。カトリックの国なので夫婦のことには厳しいように思われがちですが、実際には正反対です。そして、家族の絆を壊すということもイタリアではありえないです。社会的に、と言うよりも心理的にありえないんです。恋愛関係は壊れても家族は決して壊されないと思っていて、私自身、それを信じて映画を作ってきました。
Q 監督の映画を作る意味についてお聞かせください。
Aダニエーレ・ルケッティ私の場合、幼少期の経験が大きいです。私は大家族で育っていて、みんな話好きでした。日曜にみんなで集まって食事をしながら話をするのですが、叔父や叔母の話は本当に面白かったです。ちょっと大げさな嘘っぽい話もよくしていましたが、日常から面白いものを引き出す力にはいつも感嘆させられました。食後にみんなで映画を観に行くのも恒例でした。そんな幼少期の経験が影響しています。それと、父方の親類同士では文学作品や小説を品評したり貸し借りをよくしていて、そこからも影響を受けています。
この経験から、物語を物語るということについて考えると、人生に結末はありませんが、物語には結末があるから、もともと意味のないような人生に意味があるかのように錯覚させて人を慰めてくれる力が物語にはあるのでしょう。この映画も、赤信号で止まるのか、止まらないのか、というところからパオロの人生を変える物語が始まりますが、それはまさに物語だからできることだと思います。
Q ダニエーレ・ルケッティ監督からOKWAVEユーザーにメッセージ!
Aダニエーレ・ルケッティ私は日本には何度か行ったことがあるので、表面的かもしれませんが多少、日本人の気質について知っています。この映画では、理想の自分と実際の自分との折り合いをつけなければならないことを描いています。イタリア人は思い通りにいかない不完全なことに対しては寛容です。日本人は正反対に、完璧でなければならないし、そうでないと罪悪感を感じてしまうのかなと思います。人生はそんなパレルモの気質と東京の中間くらいがちょうどいいと思います。そうすればみんなもう少し幸せになれて自分自身に忠実な存在になれるのだろうと思います。
それと最後に小話ですが、パレルモと東京には実は強い絆があるんです。それはマグロです。ある時、鮮魚市場でいいトロを見つけたら「これは日本人に売らずにとっておいた良いやつだ」と言われたんです。パレルモでは一番いいマグロは日本人に売るそうですよ。
(筆者注:1970年代から、とくに1990年代から2007年頃まではイタリア産のクロマグロはほぼ日本への輸出だったそうです。)
Qダニエーレ・ルケッティ監督からOKWAVEユーザーに質問!
ダニエーレ・ルケッティこの映画の主人公パオロは火遊びを繰り返して家族サービスをしないような人物です。そんなゆるいモラルの人物がもしも身近にいたら日本ではどう見られるか知りたいです。
■Information
『ワン・モア・ライフ!』
2021年3月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
中年男のパオロは、いつもの交差点で交通事故に遭ってしまう。予想外に短い寿命に納得できないパオロは天国の入口で猛抗議。すると、前代未聞の計算ミスが発覚し、92分間だけ寿命が延長され、地上に戻れることに。傷心のパオロは、それまで勝手気ままに生きてきた自分を戒め、家族の絆を取り戻すと一念発起。92分一本勝負の人生やり直しが始まる!
監督・脚本: ダニエーレ・ルケッティ(『ローマ法王になる日まで』)
出演: ピエルフランチェスコ・ディリベルト(ピフ)、トニー・エドゥアルト
配給: アルバトロス・フィルム
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■Profile
ダニエーレ・ルケッティ
1960年7月25日、イタリア、ローマ生まれ。
マルゲリータ・ブイを起用した長編デビュー作『イタリア不思議旅』(88)でイタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀新人監督賞を受賞、第41回カンヌ映画祭<ある視点>部門ノミネート。長編3作目『Il portaborse』(91)では、ドナテッロ賞の最優秀脚本賞を受賞、第44回カンヌ映画祭コンペティション部門にノミネート。『Arriva la bufera』(93)、『La scuola』(95)、ステファノ・アコルシを抜擢した『I piccolo maestri』(98)と長編作品を発表した後、一時期は現代美術を題材にしたドキュメンタリーなどを手がける。再び長編作品を撮り始めると『マイ・ブラザー』(07・第20回東京国際映画祭ワールド・シネマ部門にて上映)で第60回カンヌ映画祭<ある視点>部門出品。『我らの生活』(10)で第63回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品、主演のエリオ・ジェルマーノに男優賞をもたらした。同作はドナテッロ賞で8部門にノミネートされ、監督賞など3部門で受賞を果たした。さらにはローマ教皇フランシスコの知られざる激動の半生を事実に基づいて描いていた『ローマ法王になる日まで』(17)は日本でも公開され好評を得た。
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