Vol.993 映画監督 パオ・チョニン・ドルジ(映画『ブータン 山の教室』について)

映画監督 パオ・チョニン・ドルジ(映画『ブータン 山の教室』)

OKWAVE Stars Vol.993は映画『ブータン 山の教室』(2021年4月3日公開)パオ・チョニン・ドルジ監督へのインタビューをお送りします。

Q 作家、写真家としても活躍されている監督ですが、この映画を撮ろうと思ったきっかけをお聞かせください。

A映画『ブータン 山の教室』パオ・チョニン・ドルジ実はブータンでは辺境の土地に赴任した教師のドキュメンタリー作品はたくさん作られています。この映画の舞台であるルナナ村に赴任した教師のドキュメンタリーには「氷河にある学校」という作品があって、それにインスパイアを受けたんです。そのドキュメンタリーを撮った方に「このドキュメンタリーにいくつかのフィクションを加えると、本当に美しい物語になると思います」と申し上げたんです。人間は感情を好みますよね。何かの出来事に、人間の切望、幸せ、悲しみといった感情が加わると、より引き込まれるものになると思います。そんな提案をしたところ、「僕はもう若くないから君が作ればいい」と言われたんです。それで私が映画を作ることにしました(笑)。ドキュメンタリーにももちろん目的がありますが、この映画ではフィクションとして人間の感情に訴える作品にしようと思いました。ただ、この映画の多くの要素はドキュメンタリーそのものです。そこに「ヤクに捧げる歌」をテーマとして中心に据えて、フィクションを加えることでより感情に訴え、メッセージを強く伝えることができたと思います。

Q 監督やブータンの一般の方から見て、ルナナ村のような辺境の地域はどの様に受け止められているのでしょう。

A映画『ブータン 山の教室』パオ・チョニン・ドルジルナナは本当に僻地なので、ブータンの人でも行ったことがない人がほとんどです。グーグルで検索してもルナナ村の様子はなかなか出てきませんよ(笑)。ルナナという言葉自体が「暗闇の谷」という意味ですし、ルナナには神秘的なイメージを持たれているんです。
ブータンの人たちにもこの美しい地域を見せたいと思いました。それと同時に、映画の中でも伝えていますが、世界的な地球温暖化で氷河が溶け出していて、この土地自体が年々変化しているんです。東京のような都市部では地球温暖化の影響を直接は感じられないと思います。しかしルナナのようなところは直接影響を受けています。景色がどんどん変化していっていますので、完全に風景が変わる前にその姿を残しておきたいという気持ちもありました。

Q 現代のブータンでは公務員が人気で、教師もエリートとお聞きしていますが、教師のウゲンのキャラクターについてはどのように構築されたのでしょう。

A映画『ブータン 山の教室』パオ・チョニン・ドルジブータンの教育システムは公務員になるのが一番いいというように設計されています。良いところもありますが、欠点としては公務員の数は限られていますので、大学を卒業しても65%の人は公務員になれないのです。ちなみに私はブータンでは数少ない映画監督のひとりですが、映画学校があるわけではなく、映画が作りたいという情熱だけでこれまで携わってきました。
ルナナに赴くウゲンを例えば医師や郵便局員ではなく教師に据えたのは、教師の離職率が高かったからです。多くの教師たちが海外でUberのドライバーになった方がいいなんて思っているんです。ブータンのような若い国でこれからを担っていく若者を育てるには教育はとても大切です。それを担う教師がどんどん辞めていってしまうのが心配で、そこに光を当てるためウゲンを教師としました。先生たちに対して、教師とはとても素晴らしい仕事で、これからの若者の未来に触れることができるし、地方では今もとても尊敬されている仕事でもあるということを伝えたいという気持ちもありました。

Q ウゲンがルナナにたどり着くまでの道程もじっくり描いていますが、ルナナ村での撮影全般についてお聞かせください。

A映画『ブータン 山の教室』パオ・チョニン・ドルジ実際にルナナに着いてみるまで、本当にルナナで撮影できるのか確信は持てませんでした。というのもルナナには電気が通っていないからです。製作チームが1年かけて、太陽電池を使って撮影をする準備をしてくれていました。この太陽電池を運ぶだけでも、山の麓の街から馬の背に乗せて2週間かかるんですよ。現地に設置をして撮影に備えていてくれました。それでも私は撮影に事足りるのかずっと心配でした。ですので、こうして撮影ができて、映画が完成した事自体にとても感謝しています。
普通なら、その日撮った映像を編集してその日のうちにチェックをします。けれども太陽電池で供給できる電力はカメラを回し、録音する分まででした。だから、昔のフィルムカメラのような感覚で、全部撮れていればいいなと、もしうまくいかなくても、自分たちはCO2を削減しながら撮影ができたと誇りに思えばいいと思っていました。

Q 演技経験のないルナナ村民も出演されましたが、児童役のペム・ザムらへの演出についてお聞かせください。

A映画『ブータン 山の教室』パオ・チョニン・ドルジブータンにはそもそもプロの役者がいないんです。ですので、ウゲン役のシェラップ・ドルジもミチェン役のウゲン・ノルブ・へンドゥップもセデュ役のケルドン・ハモ・グルンもみんな演技が初めてでした。キャスティングをする際には役柄に近い人を選んで、自分自身のまま演じてもらいました。シェラップ・ドルジは役柄のウゲン同様にオーストラリアで音楽の道を追求したいと学業を中断しているんです。彼に会った時にオーストラリア移住のためのビザを待っていたとのことで、ウゲン役に選びました。
ルナナ村のキャストですが、脚本上にはルナナの児童が教師としてのウゲンの心を打つことは書いていました。ペム・ザムはルナナに滞在している私たちのところに自分からやってきて「映画に出たい」と言ってきました。その時に一曲歌ってくれたので、それを映画の中でも歌ってもらいました。大人びた歌詞の歌でしたが、こちらが用意したものではなく彼女なりの自己紹介の歌だったんです。ペム・ザムはルナナの外に出たことがなく、映画を観たこともありません。だから演技というものが分からないです。そんなペム・ザムに出てもらうことに決めたので、両親の許可を取ろうと呼んでもらったら、かなり高齢のおばあちゃんを連れてきました。「お母さんは出ていっていないし、お父さんは朝から酔っ払っている」と。そのような境遇の子でしたが本人は自信に満ちていました。それで彼女に決めてから脚本を書き換えました。ペム・ザムが演技をするのではなく、彼女が自分の話をすればいいようにしたんです。ペム・ザムには自分の感情をそのまま出していいと伝えたので、物語終盤のあるシーンで泣いてしまっていますが、それも芝居ではなく自然と涙を流していました。
脚本を書いている時には、プロの役者のいないブータンでこんな演技ができる人はいるのだろうかと思っていました。それがルナナでは、僕の描いた脚本の鏡写しのような人たちに恵まれてラッキーでした。

Qパオ・チョニン・ドルジ監督からOKWAVEユーザーに質問!

パオ・チョニン・ドルジ私は何度も日本を訪れています。社会のテクノロジーの発達に目を見張るばかりです。全てが近代化して、発展しています。
この映画の舞台は、世界でもっとも僻地のひとつであり、電気も電話もない所で、ここで一番貴重なものは、ヤクの糞です。
あなたが何もない、とても発展の遅れた場所にいることになったら、共感できる事を見つけることはできますか?

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■Information

『ブータン 山の教室』

映画『ブータン 山の教室』2021年4月3日(土)より、岩波ホール他にて全国順次公開

現代のブータン。教師のウゲンは、歌手になりオーストラリアに行くことを密かに夢見ている。だがある日、上司から呼び出され、標高4,800メートルの地に位置するルナナの学校に赴任するよう告げられる。一週間以上かけ、険しい山道を登り村に到着したウゲンは、電気も通っていない村で、現代的な暮らしから完全に切り離されたことを痛感する。学校には、黒板もなければノートもない。そんな状況でも、村の人々は新しい先生となる彼を温かく迎えてくれた。ある子どもは、「先生は未来に触れることができるから、将来は先生になることが夢」と口にする。すぐにでもルナナを離れ、街の空気に触れたいと考えていたウゲンだったが、キラキラと輝く子どもたちの瞳、そして荘厳な自然とともにたくましく生きる姿を見て、少しずつ自分のなかの“変化”を感じるようになる。

監督・脚本: パオ・チョニン・ドルジ
出演: シェラップ・ドルジ、ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム 他
配給: ドマ

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■Profile

パオ・チョニン・ドルジ

1983年6月23日生まれ、ブータン出身。
作家、写真家、映画監督。
映画『ザ・カップ~夢のアンテナ~』(1999)で知られるケンツェ・ノルブ監督作『Vara:A Blessing』(原題、2013)で監督助手として映画の世界でのキャリアをスタート。その後、同監督による『ヘマへマ:待っているときに歌を』(第12回大阪アジアン映画祭上映時タイトル、2017)をプロデュース。同作品はロカルノ映画祭でワールドプレミアされ、国際的にも高く評価された。『ブータン 山の教室』は、パオ・チョニン・ドルジ監督の長編デビュー作。


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